最期

 それは突然の悲鳴だった。玉座の間を目指し薄暗い廊下を進んでいたレッドとイメクはその尋常じゃないほどの叫び声に思わず足をとめた。




「なんだ、今の悲鳴は?」




 レッドが動揺してイメクに尋ねる。




「……わからない。玉座の間の方からだね」


「とにかく行ってみるしかないな」




 レッドとイメクは顔を見合わせまだ見ぬ敵の恐怖に立ち向かった。食堂から玉座の間までは割と近く、血まみれになった護衛の死体の脇を走りながら、玉座の間の銀色に輝くスライド式の扉に手を掛ける。自動ドアのはずなのだが、電源が切られておりレッドは手動で重い扉を押し開ける。敵の反撃に備えて、二人は慎重に扉の影に隠れながら開いていく。




「開いたら、一気に突入しよう。僕は皇帝をやる」




 レッドがドアの影から剣を抜きながら言う。イメクも軽い剣を構えて、




「わかった。僕は護衛を片付けてから援護に向かうよ」


「よし、今だ!」




 二人が勢いよくドアを開き切った時、あの赤い粉末が鱗粉のように宙に舞っていた。その光景はとても美しく、そして儚ささえあった。部屋の中には玉座の前でうろたえる皇帝とそこを目指し短い階段を登る邪気の王、そしてアルバスターを殺害したばかりの影の王とアルトの4人の姿があった。レッドとイメクは二手に分かれ、レッドは玉座にいる皇帝を、イメクは影の王とアルト目掛けて奇襲攻撃を仕掛けた。




「なんだこいつら」




 アルトが驚きつつも剣を構えるとイメクの剣を受け止める。影の王も目つきを変え、突然現れた第三者の登場に自身の剣を尖らせる。




「皇帝! 覚悟!」




 レッドは叫びながら玉座前の階段を一気に駆け上がり、邪気の王を無視して皇帝に斬りかかる。みんなの思い。メカド、ラークス、アロス、ホージロ、ギイト、バード、フダカ、アーク。そして平和を願うこの世界中の人々。たくさんの思いが込められた一撃はあまりにも重く、咄嗟に右腕を盾にして身を守ろうとした皇帝は、その腕を失うことになる。切りおとされた右腕は驚きと痛みで悲鳴をあげる皇帝の足元に金属音をたてて転がっていく。




「うわあああっ」




 皇帝はよろめいてその場に倒れ、玉座にすがるようにもたれかかった。レッドは権威を失ったこの哀れな中年のロボットに風の刃を突き付ける。




「お前が始めた戦争で多くの人が死んだ。人間とロボットの間にも深い溝ができてしまった。その責任は何よりも重い」




 皇帝は痛みに耐えながら、レッドを睨みつける。




「お、おのれ人間め。貴様らなんぞに、このわしが……」




 皇帝は腕を振るわせながら気合で立ち上がった。邪気の王は剣を手に静かに階段を登りきる。皇帝は涙目になりながら、声を荒らげ熱弁をはじめた。




「誰もが幸せに暮らせる世界など、貴様ら人間がいてはありえないのだ! わしがロボットだけの国を作り、プログラムされた完璧な国民たちと一つの共同体になる! それこそが真の平和だ!」




 レッドはその声に怒りで拳を震わせ、皇帝を睨んで言った。




「それはお前の独裁だ。意思を持たない国民などいないのと同じだ」




 邪気の王が皇帝の視界に入る。皇帝はレッドとの問答をとりやめ、悔しそうな顔をした。




「……ちくしょう。どいつもこいつもわしの邪魔ばかりしおって」




 皇帝は残されたもう一方の片腕で、玉座のひじ掛けにあるリモコンを操作する。




「こうなったら全員道ずれにしてやる!」




 彼の左腕はすでに航路を設定された脱出ポッドの発射ボタンに向けられていた。この部屋は皇帝の旗艦の先端部にあり、緊急時にはこの部屋そのものがそのまま脱出ポッドとなって宇宙に放たれる仕組みになっている。ただ主要な基地や戦艦をすべて失った皇帝が逃げられる場所はもうどこにもなく、その行先は宇宙の遥か彼方へと設定されていた。




「終わりだ」


「よせ!」




 レッドが止めるよりも先に邪気の王が無言で皇帝を剣で串刺しにし、ボタンを押すのを阻止した。レッドは突然現れた謎の男に驚いていると、彼はレッドの顔面を思いっきり殴りつける。




「ぐはっ」




 レッドはなすすべなくその場に倒れこみ、受け身をとりながら顔を抑える。その姿のレッドに邪気の王は静かに言い放った。




「とどめは私が刺す」


「うっ……うぅ」




 もはや虫の息となった皇帝を邪気の王は剣で引き寄せると、彼の頭を掴み顔を近づけて睨みつけた。




「なぜ、弱いくせに私に逆らった?」


「ひいぃ……たすけてぇ、ころさないでぇ」




 皇帝はもう小さな声で命乞いをするだけである。邪気の王は苛立ちを募らせ、胸に差している剣をぐりぐりと回した。皇帝の体内のパーツが飛び、油が漏れ始める。




「なぜだ、カルナ。聞かせておくれ?」




 あまりにも容赦ない邪気の王に玉座の下で見ていた影の王も




「ふっ、邪気の王さまも惨いことをなさる」




と小さく呟いた。ここにスパイとして乗り込む前、影の王とアルトは邪気の王になぜ皇帝を暗殺するのか尋ねたことがあった。邪気の王は薄暗く不気味な地獄樹海の遺跡で古い石段に座り込みながら語った。




「なぜそこまでして皇帝を暗殺されたいのですか?」




 アルトがふと尋ねた疑問に邪気の王は




「私が最も優れているからだ」




と話を切り出すと、こう続けた。




「もし、最も優れた人物が支配者でなかったとしたら、その支配者は支持されるだろうか。私が皇帝を消す理由は簡単だ。世界がやつによる支配を望んでいないからだ。この世界の支配者は一人だけでいい。最も優れた一人だけでな」




 邪気の王。邪気を持つ者の中で最も知力と武力に長けたものだけが名乗ることのできる称号。その名は襲名制であり、彼の本名はケビンと言った。だが彼はその力のない名前と人間の顔が気に入らなかった。そして何よりも自分より能力の低い者の下で働くことを嫌っていた。若くして邪気を手に入れ、地獄樹海入りをした彼は前任の邪気の王の部下となり、仮面を被って暗殺を繰り返していた。しかしある時、彼は気づいてしまったのだ。自分の方が前任の邪気の王よりも能力が高いことに。




「私こそ、王の器に相応しい」




 その夜、彼は前任の邪気の王を暗殺し、7代目邪気の王となったのであった。それから5年、邪気の王はついに表社会に姿を見せ、皇帝をも殺害しようとしている。




「も、もうしわけ、ありません、でした」




 涙を浮かべ、うつろになりながら皇帝は邪気の王に謝罪した。その言葉を聞くと邪気の王は静かに頷き、皇帝を串刺しにしたまま剣を頭の上まで持ち上げた。




「うっ、ううぅ」




 皇帝はうめき声を上げながら、邪気の王によって玉座の裏側へと連れていかれる。そこには皇帝が気に入っていた戦場を見渡せる大きなガラスが張られていた。




「いい景色だな、お前の最後にお似合いだ」




 邪気の王は剣から皇帝の体を抜き、ガラスに叩きつけると、ガラスはその重みで粉々に割れてしまう。とたんに冷気と風が室内に流れ込み、片腕を失った皇帝は叫び声をあげて大気圏のなかに吸い出されてしまった。重力が彼を死へ引き寄せ、皇帝は部下たちが戦いを繰り広げる中を真っ逆さまに地上へと落ちていった。だがその姿はあまりにも惨めで、誰も機械皇帝カルナだとは気づくことはなかった。


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