最期の命令

 数分前、アロスの母艦≪流雨≫はデラストラ将軍の小型艦隊の奇襲を受けていた。艦長室で戦局を心配そうに見守っていたアロスのもとにススが緊迫した表情で敵襲を告げた。




「アロス艦長! 右後方に敵艦隊です」




 大気圏内は安心だと高をくくっていたアロスは予期せぬ事態に顔をこわばらせた。




「何?! 小型機だけで攻撃を仕掛けてくるとは」




 焦る気持ちをまず静め、アロスは艦長席に深く座りなおす。




「総員直ちに戦闘配置につけ! 敵は小型機だけだ。副砲で撃ち落とせる」


「了解しました」




 ススがアロスの指示に答えると、艦長室の人員もそれぞれ配置に着く。アロスの直属の宇宙艦隊の隊員たちも副砲の銃座に座り敵艦隊に照準をあわせる。




(来るなら来い。俺たちはもう何も恐れない)




 月での戦いを終えて一段とたくましくなったアロスと部下たちに、デラストラ将軍の小型艦隊は勝負を挑もうとしていた。ただし、正攻法ではない方法で。




「アロス艦長、敵艦が突進してきます」


「特攻か!」




 大量の爆弾を積んだ小型艦が全速力でアロスの戦艦を目指してむかってくる。デラストラ将軍はこの戦力では勝てないと諦め、軍事的に禁止されていた特攻での作戦を思いついたのだ。敵艦の操縦席には少なくとも一人はパイロットが乗っているはずだ。




「なんて惨いことをするんだ……」




 アロスはそう呟いてから、こんな状況でも比較的冷静なススに指示を出した。




「特攻してくる一機に集中砲火を浴びせろ」


「了解しました」




 これで大丈夫だ。アロスが一安心した瞬間、ススの声に緊張が走る。




「艦長、敵艦が何機も同じような攻撃を」


「なんと無謀な」




 まるでやけにでもなっているかのようだった。デラストラ将軍が乗る母艦も含めてすべての戦艦が同じように特攻をしてきた。さすがの共存軍もすべての艦を一度に撃ち落とすことなど不可能だった。




「一旦、退避して体勢を立て直すぞ。すぐにダゴヤの司令部にも援軍を」


「わかりました」




 慌ただしくなる艦長室。アロスは部下に指示を送るのに必死で、飛んでくるレーザー光線に全く気がつかなかった。




「アロス艦長、危ない――」




☆☆☆




 白い世界、そして耳鳴りが止まらない中で、アロスはススの声に目を覚ました。艦長室は焼け焦げ、あちこちから火花が出てしまっている。体中に怪我を負いながら必死に逃げる乗組員たちの姿もある。アロスはススに抱えられ、壊れた艦長席の横で倒れていた。




「艦長、大丈夫ですか?」




 ススがアロスを心配そうに見つめた。彼女も顔に火傷を負っている。




「ススか、ああ大丈夫だ」




 アロスがそう言い立ち上がりかけた時、足に激痛が走った。




「うっ!」


「艦長! どうやら敵レーザー砲の直撃を受けたみたいで」




 ススが言うようにアロスは艦長室を狙われたレーザーを直に足に浴びていた。もう足の感覚もなく、二度と立って歩けることはできないだろう。




「アロス艦長、しっかりしてください」




 ススの励ましにアロスは少し笑顔を見せた。奇しくもあの時と同じ状況になった。自分は負傷し、艦はピンチだ。続いて大きな爆発が起こり、戦艦全体が揺れる。




「敵艦が特攻したようです」




 火花が散る中で必死に作業していたオペレータの一人が叫んだ。




「水平維持装置が破壊されました」




 またか、とアロスは思った。そして彼はススの手を握ると彼女の目を見て言った。




「スス、二つだけお願いがある」


「はい、なんでしょう」


「私を艦長席に座らせてくれ」


「わかりました」




 ススはアロスを持ち上げると、痛む足を刺激しないようにゆっくりと慎重にアロスを座らせた。




「ありがとう」




 ススはアロスの両足を見て目を背けた。もはや足の体をなしていないのだ。




「もう一つ、お願いだ。みんなはこの艦から退避しろ」




 それは共存軍最高司令官としての最後の命令だった。艦長室の面々はその言葉に驚き、動きを止める。




「嫌です。できません。アロス艦長を置いてはいけません」




 それまで冷静で命令に背くことのなかったススが初めて反対をした。ロボットであるにも関わらず目には涙を浮かべている。




「そうです。私たちも同じです」




 他のオペレータたちも口々に叫んだ。アロスは彼らの思いを十分に汲み取り、傷つけないように静かに語りかけた。




「ありがとうスス。それにみんなも。だがどのみちもう私は助からない。誰かがこの艦の水平を維持し、脱出ポッドを敵艦から守る盾にしなければならない。それができるのは私だけだ」




 揺れ始めた艦の中では言い争う時間などないに等しかった。ススは濡れた頬を右手で拭う。




「アロス艦長。ご一緒できて光栄でした」




 ススは代表して頭を下げると、後ろにいる艦長室のオペレータたちも続いた。




「こちらこそ、本当に頼もしい艦員たちだった。君たちのことを誇りに思う」

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