父と大佐

 上官たちが命を散らす中、レッドたちは戦艦の暗い廊下を進んでいった。しばらくすると突き当りに差し掛かり、道が二手に分かれている。レッドが立ち止まると、他の三人も続けて足を止めた。すぐにイメクが手元の携帯端末で地図を確認し、現在位置を報告する。




「まっすぐ行くと艦長室だね。左に行くと格納庫と食堂がある」


「じゃあここもまっすぐかな」




そうレッドが言った時、格納庫の方角から物凄い爆発音が聞こえた。




「なんですかね、今の?」




 揺れる艦内でバードが驚いた。ここまで揺れが伝わるのだ、相当大きな爆発だったに違いない。




「わからない、すごい爆発だな」




 ギイトも動揺したようにバードと顔を見合わせる。




「戦闘だとすれば、先に向かったシラスナ大佐が誰かと戦っているってことだよね」




 イメクが顎に手を当てて言った。




「でも敵の罠って可能性もあるんじゃないか。途中で道草食ってたら間に合わなくなるかも」




ギイトが不安そうな顔をした。このまままっすぐ艦長室を目指すべきか、爆発の原因を確認しに行くべきか、4人は迷っていた。するとイメクが




「よし、二手に分かれよう」




と言い、みんなが彼を見ると話を続けた。




「僕とレッドで格納庫の方を見てくる。バードとギイト、2人はこのまま艦長室を目指してほしい。僕らも後で追いつく」




 副隊長に相応しい適切な指示だった。




「わかりました」


「了解、イメク副隊長」




 3人は納得し、ギイトはイメクに対して敬礼してみせた。




「何か動きがあれば随時、連絡をしてほしい。特に敵と遭遇した場合はすぐに合流しよう」


「そうだな。了解」




 ギイトはそう言うと




「みんな無事でな」




と3人を見回して頷いた。




「ああ」




 レッドが手を伸ばすと、四人は円になって手を重ねた。




「必ず帰ろう」




☆☆☆




 レッドとイメクは分岐点でバードとギイトと別れ、薄暗い廊下を走り続けた。爆発音が聞こえてから二人の間にも緊張がはしる。お互いに一言も話すことはない。しばらく進んだところでレッドはふと嫌な感じを胸に抱いた。ホージロやメカド大尉、ラークス少佐は無事なのだろうか。レッドには信じるしかなかった。みんな強いからきっと大丈夫だろう。仲間を信じ、全員で戦う精神は父であり、上官でもあるアロスから受け継いだものだ。レッドは遠くの戦艦≪流雨≫で待つアロスのことを考えた。


 レッドの母は幼い頃に亡くなり、アロスは一人っ子だったレッドが10歳になるまでオズカシ村で一緒に暮らした。その後、アロスは村の剣士として軍隊に入隊し、戦争に向かっていった。若くして出世し、今では共存軍宇宙艦隊の総司令官まで務めるアロスは、レッドにとって自慢の父親以外の何物でもない。しかし誇りに思う一方で父親と作った思い出の少なさを彼は心のどこかで嘆いていた。決してアロスの愛を受けずに育ったわけではない。ただその時間があまりにも少なすぎたのだ。そんな中でレッドはある思いを抱いていた。月の裏側での勝利の後、レッドはアロスを寮の自室に招待した。




「いい部屋じゃないか」




 コーヒーカップに口をつけながら、アロスはソファーへと深く腰を掛けた。




「そうだね。思ってたより広いでしょ」


「ああ。俺が新兵の頃はこんなにいい部屋じゃなかったぞ」




 レッドは机を挟んでソファーに座っていたが、コーヒーのおかわりをとりに行ったタイミングでアロスの横にあえて座った。二人がけだが小さめのソファーに大人二人が狭苦しく腰掛ける。




「ねえ、父さん」


「どうしたレッド?」


「戦争が終われば、軍隊も無くなるのかな」


「そうだな……。もともと機械皇帝カルナと戦うために生まれた共存政府だ。この軍隊も解体されるだろうな」


「そうなったらどうするの?」


「剣の修行でもするかな。剣士としてはまだまだ半人前だし」




 アロスは背中を大きく反らしてから笑った。




「俺もついていっていい?」




 父の顔を見ることなく言う息子の照れ臭い思いにアロスは気づいていた。




「ああ、もちろんだ」




 親子二人で剣修行の旅。どんな困難が待っているのだろうか。きっと厳しい旅になるだろう。でもどんなに辛い旅だったとしても二人にとって大切な、かけがえのない旅になることは分かっていた。何十年も空いた親子としての関係を取り戻す、必要な旅なのだから。


 そんなことを想いながら走り続けると、黒く焼けた格納庫にたどり着いた。広い空間一面に炎が広がったようで、あちこちが焼け焦げた跡に白い消火剤が撒かれている。ここには誰もいないようだ。




「なんなんだここは」




 レッドは格納庫に入って焦げ臭さに鼻をつまみながらあたりを見回した。




「まだ鎮火して間もないね」




 イメクがそう言って格納庫に入ろうとした時、通信端末に連絡が入った。アロスのいる共存軍の母艦≪流雨≫からだった。


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