別れ
レッドとイメクは焦げ臭い格納庫で無線に耳を傾けた。
『レッド、イメク。聞こえるか?』
低い声。時より入るノイズ。後方の爆発音。今まさに地上へ墜落しようとする戦艦≪流雨≫にいるアロスからだった。
「聞こえます、アロス司令官」
イメクが応答する。二人はその荒れた通信にただならぬ事態を感じ取った。
『そちらは無事か?』
「はい。私たち二人はシラスナ大佐を追って敵艦を探索中です」
『無事で何よりだ。こちらは敵艦隊の奇襲を受けてな』
「大丈夫ですか?」
イメクの問いに少しの沈黙がおりた。
『いいや、じきにこの艦も落ちる。君たちだけが最後の希望だ』
「艦が落ちる……」
レッドは父と愛着のある戦艦が墜落していく様を想像し、ぞっとした。
「僕たちが最後の希望って、どういう意味ですか?」
イメクが神妙な顔つきで尋ねる。
『皇帝の旗艦上空にいた突撃小隊は壊滅。ラークス少佐は戦死した』
「なんだって……」
二人が黙った瞬間、戦艦内で爆発がおこったらしく、スピーカー越しに大きな音とアロスの悲鳴が聞こえた。
「父さん!」
「アロス大佐! 脱出できませんか?」
『……無理だ。足をやられて動けそうにない。他の艦員はみな脱出している』
「今から助けに行くよ、父さん」
レッドはもう涙目になりかけていた。戦争が終われば父との剣修行の旅に出かける。そう約束したはずじゃないか。
『もういいレッド。ここからは軍人としてではなく、父として話す。辛いだろうがしっかり聞くんだぞ』
レッドは衝撃と悲しみにうなだれた。焼け焦げの床面が眼前に広がる。
『戦争を言い訳にしてお前との時間を作れなかったことは本当に申し訳ないと思っている。でもお前はそんな関係でいながら、落ち込んでいた俺を励ましに来てくれた。あの時の感謝は一生忘れることはない。最後に父親と息子という関係に戻ることができて俺は幸せだ』
「だって父さんは立派な軍人だから、僕の誇りの総司令官で父親だから」
ずっと前からレッドは父のことが大好きだった。こんな関係であっても、共存軍宇宙艦隊最高司令官という特別な父親が何よりも自慢だった。
『そんな風に思ってくれていたんだな。ありがとう』
父の少し照れながらの感謝の言葉を、レッドは泣きながら受け取った。
『あとのことは任せる』
父としても、司令官としても。アロスの思いは短い言葉にすべて詰まっていた。
『イメク、レッドのことをしっかりサポートしてやってくれ』
「はい!」
イメクも目に涙を浮かべて頷いた。そこで無線は一方的に切れてしまった。
「父さん!」
「アロス大佐!」
ただノイズだけの返答に二人は悲しみに包まれる。突然、訪れた別れの瞬間をレッドはまだ受け入れることはできなかった。
「なんで、こんなに……」
仲間を。大切な人を失ってしまうんだろう。なんでこんなに自分は無力なんだろう。アーク、フダカ、ラークス少佐。そして父、アロス。レッドは悔しさに歯を食いしばった。イメクはそんなレッドの様子を見て、アロスに託された自分の役割を理解した。彼はうなだれるレッドの肩を手で撫でる。
「レッド、行こう。僕たちにはまだチャンスがある。ここで立ち止まっていてはこれまでに失ったみんなの思いを無駄にすることになる。それにまだ救える命だってたくさんある」
ホージロやメカドが懸命に戦う姿が目に浮かんだ。そうだ、まだ終わりじゃない。作戦を遂行することが今の自分に与えられた役目だ。
「そうだな。イメク、ありがとう」
レッドは右手で涙を拭うと、イメクを見て頷いた。黒焦げの格納庫の向こう、艦員用の食堂で二人の剣士が死闘を繰り広げる音が微かに聞こえていた。
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