影の王者と呼ばれた男

 戦いそのものを楽しむデス、相手を打ち負かすことに快感を覚えるシラスナと違って、影の王は「本物」だった。つまり彼は強い相手を残虐な方法で殺すことだけを生き甲斐としていた。緑色の目を持ち、足がなく宙に浮いている不気味なそのロボットは、相棒のアルトとともに針のように細い剣を握りながら小さな部屋で獲物を待っていた。


 ザイガードは彼らのことを全く知らなかったが、二人は彼よりもはるかに強く、裏の社会で名が知れていた。ゲルラ・メロクのような有名な賞金稼ぎを何人も始末したことで名声をあげ、世界的な犯罪組織にもスカウトされたほどだ。しかし二人の関心は略奪や密売には全くなく、ただひたすらに純粋な殺意だけが彼らの心を支配していた。二人はどこで生まれ、誰によって何のために作られたのか分からない。生まれた時には既にお互いが傍にいて、まるで兄弟のように育った。戸籍も身寄りもない影の王とアルトが長い間住んでいたのは、共存軍司令部のある都市ダゴヤのスラム街だった。今でも司令部の裏手にあるその場所は地獄と形容するにふさわしい。雨が降れば機械の体に雨粒が染み、弱いロボットならば密売目的で誘拐され改造して奴隷にされるような場所だ。二人はそんなスラム街で、コンクリートがひび割れた屋根の上からいつも宇宙へ向かう艦を見つめていた。




「俺たちはなぜ生まれてきたのだろう?」




星が瞬くある寒い夜にアルトは影の王に尋ねた。




「こうして毎日毎日を必死に生きて何になるのだろうか?」




二人の足元には血が広がっていた。彼らは毎日殺人を犯し、財布を盗むことで食いつないでいた。




「……分からない。最近、俺は生きるために殺しているのか、殺すために生きているのか分からなくなってきた」


「俺も同じだ」




 影の王は頷くアルトを見る。彼だけが唯一の理解者であり、世界のすべてだった。




「答えなど見つからないのかもしれない。なぜなら俺たちは誰かによって作られたロボットなのだから」




 影の王は虚しくそう吐き出した。それからも二人は殺しを続けた。剣術で抵抗する者から、仲間や家族の名を叫ぶ者、金を出して許しを請う者まで、殺した相手の最後の反応は様々だった。どんな相手であろうと、命乞いをして頭を下げようとも二人は容赦しなかった。そこに二人は快感を見出したのだ。


 影の王という名も彼が自ら名乗りはじめた名であった。影はやがて邪気へとかわり、絶望の中で死を待つだけの苦しみを今まで彼に殺された全員が味わった。影の世界の王者として戦場では影を操り、支配してきた。やがて二人はスラム街を飛び出し、より強い快感を求めて南方戦線へと赴く。皇帝軍でも共存軍でもない影の王が、両軍の兵士を皆殺しにし、謎の存在として恐れられた。そして共存軍最強の剣士であるシラスナとも対峙し、彼女をも血まみれにして敗走させた。


 シラスナにとってはじめての敗戦であったが、影の王にとってもはじめて獲物を殺すことができなかった戦いだった。それは影の王の心に屈辱と怒りを生み出させ、修行と称して彼を様々な戦場へ向かわせる動機にもなった。総理大臣や空港の経営者、そしてゲルラ・メロクのような強い相手を殺す中で影の王はかつての自分の問いにある答えを見つけた。そうして今、皇帝の戦艦でアルトに向けて静かに呟いた。




「アルト。以前、お前が言っていた何のために生きているのかという問い。俺にはその答えが分かった」




アルトは剣を研ぎながら答える。




「答えは見つからないんじゃなかったのか。なぜなら俺たちはロボットであるのだから」


「いいや見つかったさ。俺たちは誰かによって、人を殺すために作られたロボットだったんだ」




暗殺用ロボット。その存在は遥か昔に法律で禁止されていた。しかし影の王はおのれの本能と向き合い自らの正体に気が付いた。だが一体、誰が、何のために。その答えは出なかった。




「そうか。そうだったか」




あくまでも冷静にアルトは頷いて続け、




「だからこんなにも俺たちは強いんだ」




と納得した。皇帝軍のロボットたちの多くは民間用として生まれ、人間と同じように訓練を受けて剣術を習得していく。はじめから戦闘用として作られたアルトや影の王には訓練など必要ないのだ。もはやこの世で彼らを倒せる可能性を持った存在がいるとしたら、血まみれになりながらも敗走を遂げたシラスナだけだろう。影の王は静かに聞こえてくる二人の足音に笑みを浮かべた。




「……やっと来たか。待ちわびたぞ」




 まるで惹かれるように小さな部屋の扉を開けたのは、髪を逆なだせリベンジに燃えるシラスナとその新たな弟子ホージロだった。




「それ私のセリフなんだけど」




 シラスナが笑うように挑発したとき、四人は一斉に剣を抜いた。


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