メカドの過去

 メカドは迷っていた。このままバードたちを守りながら勝てるほど甘い相手ではない。真剣勝負の一対一に持ち込んで刺し違えることができるかどうか、デスはそれくらい強い相手だ。




「みんなよく聞け、作戦変更だ」




 決断を下したメカドは決意を固めるように静かに小隊のメンバーに言い聞かせた。




「お前たち4人でシラスナを追え。あいつは俺が斬る」


「でもメカド隊長……」




ギイトは消えゆく語尾にいくつかの思いを込めた。隊長は怪我しているじゃないですか、それに俺たちだけで戦うなんて。




「信じろ。俺たちは一つだ。アークとフダカの思いを無駄にするな」




レッドはメカドのただならぬ決意を感じていた。デス以上の強敵がこの先待ち構えているかもしれない。それでも自分たちを信じてこの先を託してくれたのだ。レッドは胸に秘めた思いをたった一言で表す。




「わかりました」




その言葉にイメク、バード、ギイトもまた決意を固める。




「頼んだぞ。俺もすぐに追いつく」




 メカドの言葉にイメクの合図でレッドたちは一斉に走り出し、格納庫の扉から廊下に出た。不思議なことにデスは追ってこなかった。彼にとっては一対一でメカドを殺せることが楽しみだったからだ。




「仲間かあ。隊長さんよ、泣かせるねえ。そんなもの殺した後がドラマチックになるだけなのにねえ」


「自分しか見えていないお前には、今の会話の意味がわからないだろうな」




メカドは両手で剣を構えるとそう言い放った。




「それに俺はお前みたいな戦いを楽しむやつが嫌いでね」




デスは口元を抑えて笑いながら答えた。




「でたよ、無駄に正義漢ぶってる野郎だ。お前みたいなタイプほど死ぬ前はよく泣くんだよなあ」




目を見開いて威嚇してくるデスに対して、メカドは絶対に負けられない理由があった。その理由はメカドの信条であり、シラスナとは永遠に分かり合うことができないものであった。


 軍隊に入隊する前、メカドは小さな村の剣士だった。妻と生まれたばかりの息子と三人で幸せな暮らしをしていた。戦争はすでに始まってはいたが、メカドの暮らす村は平和そのもので、争いやそれによる憎しみはスクリーンの中のお話だった。しかしあの日を境にその幸せは戦争によって奪われた。皇帝軍の兵士たちが村を略奪しに現れたのだ。この村には存在すらしなかったブラスターや剣で無実の村人たちを次々に殺していった。メカドは大きな街へ夕食の買い出しに出ていて難を逃れたが、妻と息子は無情にも皇帝軍の餌食となってしまった。人間への憎しみがピークに達していた時期だったのだろう。殺された村人たちは頭を切断され、見せしめとして村の門の前に置かれた。それは女性も老人も、そして子供ですら例外ではなかった。その様子を唖然とした表情で見つめていたメカドは、ついに一番見つけたくなかったものを見つけてしまった。そこにあったのは愛する妻と息子の首だった。すべてを失った喪失感がメカドを重く地面に押し付け、その日は翌日の朝まで泣き崩れていた。


 家族や友人、居場所までも失ったメカドが、程なくして軍隊に入ったのは言うまでもない。はじめは皇帝軍への復讐に燃えていた。初々しい若者の中に一人だけ浮いた中年の新兵がいる、と兵士たちの間では話題になった。シラスナと出会ったのもこの時で、彼女もまた新兵だった。




「おじさん、教官だと思っちゃった。新兵なのね」




 はじめて会った時、シラスナは生意気にもそう言った。だがメカドは年相応の嫌味をいう同期だと思ったくらいで特に気にしてはいなかった。メカドとシラスナを決定的に分かつ出来事があったのは、それからしばらくして二人が同じ小隊となり実戦でともに戦っていた時のことだ。それは嵐の日の戦場だった。


 当時、シラスナとメカドは小隊の二大エースとして活躍していた。その日も二人で敵基地を攻略し、制圧した基地跡に味方が展開していた。




「最近、敵が弱くてつまらないわ。どうしちゃったのかしら」




雨の中、傘もささずにシラスナが言った。




「それだけ俺たちが強くなったってことだろ」




メカドもまた雨に濡れながらそう言ったが、シラスナは返事をしなかった。そしてふらふらと敵の死体の元へ歩いていき、剣で首をもぎ始めた。




「おい、シラスナ。何をしている?」




 メカドには見たくもない光景だ。あの日の惨劇を思い出してしまう。




「パフォーマンスよ。こうやって首とって、並べて皇帝軍に見せつけてやれば、あいつらの士気も上がるでしょ」


「なんでそんなことするんだ?」


「私が強い相手と戦えるからに決まってるわ」




 敵ながらその心理をもてあそぶシラスナにメカドは怒りを覚えた。これでは皇帝軍とやっていることが同じじゃないか。いや皇帝軍のパフォーマンスが人間への怒りからおこるものだとしたら、シラスナのこれは皇帝軍以下だ。彼女が個人的に楽しむためだけにやっているのだから。




「今すぐやめろ。こんなことしても誰も幸せにならない」


「説教はやめてよ、メカドおじさん。私が幸せだからそれでいいの。文句があるなら私より活躍して見せなさいよ」




 メカドはシラスナの言葉に絶句した。どうしてこんな怪物が生まれたのか。メカドはその場で深く考えこんでしまった。おそらくシラスナは生まれ持って得た特異体質の所為で命の重みを知らないのだろう。自分の命の価値を知らなければ、当然仲間や敵の命の価値なんて測ることはできない。こうしてできた深い溝は今も埋まらぬまま二人の間にある。そしてこの溝が埋まることはおそらくないだろう。メカドもシラスナも埋めるつもりはない。




「なんだ≪刺苦≫がそんなに怖いか」




 デスの笑い声にメカドは我に返った。今の敵はこいつだ、小隊の仲間のためにもこいつを倒して追いつかなくては。それがメカドに課せられた使命だった。デスは刀を持つ右手を小刻みに震わせながらニヤついていた。武者震いが止まらないのだろう。デスは今、人を殺したくて殺したくて仕方がないのだろう。そうメカドが思っていると突然右手の震えが止まる。




「怖気づいたか、間抜けな隊長さんよお」




 次の瞬間、デスはメカド目掛けて斬りかかった。メカドも瞬時に反応し、剣と剣がぶつかって火花が散る。≪刺苦≫からは青紫色の毒が出ている。それを見たメカドはデスが言った「死」という単語を思い出し、少し動揺して剣先がブレる。デスはいったいこの剣で何人殺してきたのだろうか。その一瞬の隙をデスは見逃さなかった。強い力を入れられたデスの渾身の突きはメカドの手首を深く切り裂いた。




「うあっ」




珍しく悲鳴をあげたメカドにデスは笑った。




「フフフ、当たりだ」




デスがそう言った訳はすぐに分かった。≪刺苦≫はメカドの静脈を斬りつけ、紫色の毒が血液に混じっていた。




「もうすぐお前は死ぬ」




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