機械皇帝と邪気の王
それは突然の奇襲だった。
『敵襲です! 皇帝軍が南方戦線共存軍司令部を攻撃しました!』
海の上に浮かぶ南方戦線の司令部を目指しジェットヘリを飛ばしていたレッドたち第一小隊は、揺れる機内の中で慌ただしい無線に耳を奪われた。
『メカド大尉、応答……応答願います』
聞きなれた声の無線が入った。ラークス少佐だ。
「ラークス少佐。こちらメカド大尉。何があったのですか?」
メカドは無線を握りしめ、取り乱すことなく言った。
『皇帝が、自分の宇宙艦で攻撃を仕掛けて来たんです。今はシラスナさんと反撃の準備をしています』
「みんなは無事ですか?」
『いえ……』
ラークスの重い声と少しの間にヘリの機内は静まり返る。
『援軍を、お願いします』
「わかりました。すぐに行きます。それまで持ちこたえてください」
レッドはホージロの安否が気になった。しかしこの状況で誰か一人の名前を出して無事かを尋ねることはできなかった。
『ありがとうございます。今、ダゴヤの司令部にこちらも宇宙艦による援護を行うよう要請しました。南方戦線司令部の上空、宇宙艦≪流雨≫の中で落ち合いましょう』
「わかりました。お気をつけて」
メカドはそう言うと無線を切って、パイロットであるバードに指示を出した。
「至急、宇宙艦隊のアロス司令官に連絡だ。南方戦線へ向かう途中でこのヘリを拾ってもらう」
「了解しました」
メカドは全員に聞こえる大きな声で言った。
「みんな聞いての通りだ。これからダゴヤの司令部から来る艦に乗せてもらって南方戦線へ向かう。おそらくすぐ戦場に出ることになるだろう。みんな心しておけ」
小隊は全員小さくうなずいた。
「南方戦線のみんなは大丈夫でしょうか?」
イメクも心配そうな顔で見つめる。
「わからない。とにかく無事を祈るしかない」
本当の戦争が始まった。レッドは揺れるヘリの中で胸の奥のモヤモヤを抑え込む。仲間の身を案じているのだ。これからは何度もこういった感覚になるのだろう。死と隣り合わせの戦場。大切な仲間を突然失うことも、もちろん自分が死ぬことだってあり得る――。
「メカド隊長。艦が見えました」
バードの声にレッドは我に返った。今は作戦に集中する時だ。窓から外を見ると、雲を切るように宇宙艦が大空を進んでいる。
「よし、アロス司令官に連絡だ。ヘリを格納してもらう」
☆☆☆
南方戦線の上空、皇帝の旗艦≪クッスエ≫では玉座の間で皇帝とデラストラ将軍、アルバスター総督が戦局の好転について話していた。
「よくやったぞ、アルバスター。お前の作戦のおかげだ」
「お役に立てて誠に光栄です陛下」
アルバスターは小さく頭を下げた。
「共存軍の奴らも、まさか宇宙から攻撃してくるなんて夢にも思わなかっただろう」
皇帝がそういうと二人は笑い声をあげた。アルバスターの立てた作戦とは、皇帝の旗艦で宇宙から共存軍の司令部上空まで降り立ち、直接司令部を主砲で攻撃するというものだった。しかしこの作戦には大きな「穴」あった。それは半年前の敗戦で皇帝軍は宇宙艦をほぼ失っており、皇帝の旗艦で直接戦場に出ねばならないこと。そして攻撃から撤退までの大気内にある間、艦はシールドを厚くすることができず、しかも護衛もないため丸腰になってしまうことだった。捨て身ともとれるこの作戦だが皇帝にはそのリスクが伝えられることはなかった。アルバスター総督は乾坤一擲、この作戦に賭けたのである。
「皇帝陛下、邪気の王殿がいらっしゃいました」
歓喜をあげる三人のもとに伝令の男がそう伝えた。
「ついに来たか。通して差し上げろ」
皇帝は苦い顔をして伝令に言い放った。皇帝も邪気の王のことはよく知っていた。「機械皇帝」なんて大それた肩書を作ってもその名の前では呆気なく霞んでしまう。この世界の邪気を持つ者をすべて束ね、闇の世界を牛耳る。その存在は皇帝にとっては面倒で厄介ものでしかなかった。
デラストラ将軍とアルバスター総督を後ろに引き連れ、皇帝は玉座に座ったまま邪気の王を迎え入れた。
「よくぞいらしてくださいました、邪気の王さま」
偉そうに座ったままそう挨拶する皇帝に邪気の王は少し苛立ちを覚えた。彼の後ろには鉤爪を持つ大柄のロボットのシャドゥーが立っている。
「ああ、戦局はあまり芳しくないと聞いてな」
「まずまずです」
「邪気の発展のため、我々も貴様らに協力することにした。私の部下で神官のシャドゥーだ。貴様らのために精一杯働いてくれると思う」
邪気の王に紹介されたシャドゥーは小さくお辞儀をする。
「はじめまして、シャドゥーと申します」
「地獄樹海七神官に味方についていただけるなんて心強い。嬉しい限りです」
皇帝は心にない言葉を口から放ちながら思った。
(邪気の王め、俺を監視するつもりで神官を送りこんできたに違いない。だがその手には乗らんぞ)
「ではまた会おう」
邪気の王は皇帝を睨みつけるように言うと一瞬で消え去った。
「早速、シャドゥー殿には前線に出てもらおう。信頼できる部下たちを預ける」
「わかりました」
シャドゥーは表情を変えずに言った。
(お前のかわいい部下は使えるだけ使わしてもらう)
皇帝の読みは間違ってはいなかったが考えが甘かった。すでに邪気の王の暗殺部隊の面々は皇帝のスパイとして軍隊に入隊していた。皇帝軍に顔の割れていないデス、影の王、アルトの三人である。人間という共通点を武器にアルバスターに近づき、彼に無謀な作戦をそそのかしたのもデスだった。一連の出来事はすべて邪気の王の思うままに進んでいたのである。皇帝の旗艦は今回の作戦で孤立し、逃げ道はなくなっていた。暗殺の瞬間はもう間もなくだった。
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