決戦前

 共存軍南方戦線最高司令官のシラスナ大佐は焼け落ちた司令部の前で悔しそうに歯を食いしばった。そのあまりにも惨たらしい現場を目の当たりにして、皇帝軍への怒りと共に自分がここにいなくてよかったという安堵感が沸いてくるほどだった。攻撃された時、シラスナとホージロは偵察のため二人で司令部を離れていたのだ。




「本当に酷いですね」




 背後に立っていたホージロが言った。真新しかった軍服は度重なる戦闘でボロボロだ。




「……許せないわ。ラークス、いる?」




 シラスナは眉尻を上げた後、近くでダゴヤと連絡をとっているラークスを呼んだ。




「はい、シラスナさん。どうされました?」


「応援はいつになりそう?」


「もう間もなくこちらに艦が着くみたいです」


「そう。まだ戦えそうな兵士はいるかしら?」


「十数人ですね。今回は私もでますよ」


「あら、戦闘は苦手ではなかったの?」




 ラークスは腰の剣を撫でながら言った。




「部下たちをこんな目に遭わせた皇帝軍が許せないんです。それにいざという時は戦いますよ。戦闘で敵を斬るのが苦手なだけなので」


「頼もしいわね。とにかく皇帝の艦を宇宙に逃がしちゃ駄目よ」


「わかっています。やってやりましょう」




 ラークスがそういうと遠くに大きな機影が見えた。共存軍宇宙艦の≪流雨≫だ。




☆☆☆




「今回は白兵戦になる」




≪流雨≫のブリーフィングルームでシラスナは言った。レッドたち第一小隊も合流し、ホージロやラークス、アロスと言った面々がスクリーンを取り囲む。




「皇帝の戦艦は今、この艦の上空、成層圏にいるわ。各小隊はジェットヘリに乗り込み、戦艦より高い位置まで高度を上げる。そこでホバリングして、あなたたちは一気にジェットパックで降下するの。そして皇帝の艦内に入り奴に止めをさす」


「質問があります」




 イメクが説明するシラスナに向かって手を挙げた。




「何かしら?」


「ジェットヘリや降下する部隊の隊員が敵の副砲に狙われることはないのですか?」


「宇宙艦のレーザーは宇宙空間でしか使えないから心配いらないわ。皇帝も主砲は今回の攻撃に向けて大気圏内でも発射できるように改造したみたいだけど副砲までは手が回らなかったみたい。ちなみに主砲でヘリを狙うなんて不可能に近いから安心してちょうだい」




 シラスナの回答にラークスは付け加えた。




「攻撃された際に敵艦が副砲を使えないのは確認済みです。ただ副砲が使えないとなると皇帝軍もジェットパックを付けた兵士を空中に投入してくるかと」


「そうだから白兵戦になるって言ったのよ。空中にいながら剣と剣がぶつかることになる」


「剣と剣……」




 アークは不安そうに両手を胸の前で組んだ。




「作戦は私の小隊、ラークス少佐の小隊、メカド大尉の小隊の三隊に分かれて行うわ。後方支援および全


体の作戦指揮はアロス大佐、お願いします」




 シラスナはアロスの方を向いた。




「ああ、任せてくれ」




 アロスは蓄えた髭を触りながら答えた。




「時間がないわ。作戦会議は終わり。必ず皇帝を倒して仇を討ちましょう」




シラスナがそういうと会議は解散し、各々作戦準備を始めた。




「ついに初陣だな」




 格納されたヘリへと向かおうとしたレッドにアロスは声をかけた。


「父さん」


「あんなに小さかったのにこんなに立派になった」


「特別扱いはよしてよ。僕は父さんの部下の一人に過ぎないんだから」




 レッドの指摘にアロスは恥ずかしそうに笑った。




「そうだったな。期待してるぞ」


「うん、頑張るよ。行ってくる」




 レッドは父の言葉を自信のある目つきで受け取った。待ちに待った戦いだ。レッドは自分を鼓舞し恐怖を打ち消した。兵士たちの親子の物語。それはレッドとアロスだけではなかった。戦いを前に震えるアークもまた、母を想っていた。




「アーク。おふくろさん大丈夫だったか?」




 事情を知るフダカが準備を進める格納庫で聞いた。




「あ、うん。一応、この戦いが終わったら休みをとって会いに行くつもりだよ」


「おふくろさん何かあったのか?」




 隣で準備していたギイトはアークに質問をぶつけた。




「ちょっと倒れちゃったみたいで、入院してるって昨日連絡が来たんだ」


「そうなのか。それなら今すぐにでも行くべきだろ」


「いやそれはみんなに悪いし、母さん大事ではなかったみたいだから」


「そうは言ってもよ……」




これから戦争に行くんだぜ。仕事に出るのとはわけが違うよ。ギイトは心の中でそう付け加えた。しかしアークのように考えている兵士は少なくなかった。自分だけ特別な理由で戦争から逃げるわけにはいかない。新兵時代から訓練をともにしてきた集団としての責任感が悪い意味で命を粗末にし始めていた。


 シラスナは空中戦闘用の服に着替え、ホージロの隣にいた。ロボットである彼女も同じく空中用の服を身にまとっている。兵士のほとんどは男性であり、女性用ロッカールームには二人しかいなかった。




「ホージロ、空に出たら私についてきなさい。皇帝の部下たちが出てくるより先に奴らの戦艦の内部に侵入するの」


「でもシラスナさん。他の小隊のメンバーはどうするんですか? 私たちのスピードに彼らは着いてこられるとは思いませんけど」




 ホージロはただ事実を述べただけだった。新兵を中心に構成されたメカド小隊や生き残りの寄せ集めであるシラスナ小隊、ラークス小隊の兵士たちにそんな技術も能力もない。




「そんなもの置いておけばいいわ。雑魚の相手はあいつらに任せるの。私たちは、私たちでしか倒せない相手を倒しましょ」




 置いていく、雑魚の相手、上官とはいえ仲間を何とも思わない態度にホージロは少し嫌な気持ちになった。シラスナの弟子となり、南方戦線で何度も一緒に戦ってきたが、いつもこの人は自分のことしか考えていない。その時なぜかレッドの顔が浮かんだ。シラスナよりも彼と共に戦いたいと思った。




「どうしたのホージロ? 浮かない顔をして」


「え。いえ」


「何も考えこむことではないわ。いつも言っているでしょ、戦場の命は平等ではないの。弱い兵士がいて、はじめて強い英雄が輝く」




シラスナが言い終える前にバードがロッカーに入ってきてしまった。シラスナは気まずそうに口を窄めた。




「さあホージロいきましょ」




 バードを無視して出て行こうとするシラスナとホージロに、バードは失望した顔で言う。




「今の、どういう意味ですか?」


「あら聞こえてたの。言ったまんまよ。弱い奴の居場所は戦場にはないわ」




 シラスナはすました顔で言い放つとそのまま出て行った。ホージロはなにか口を動かしたが声にはならなかった。




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