いざ南方戦線へ
長い間、戦争という現実が人々の心を支配していた。レッドたちが月の裏側での戦いに勝利してから半年の月日が経ち、ダゴヤには短い春がやってきた。戦局は共存軍優勢だったが、機械皇帝カルナは次第に民間人への攻撃を強め、多くの罪のない人々が命を落とした。さらに皇帝軍ではないロボットが迫害され、市民の間で対立も起こり始めた。レッドは強い相手と戦うためではなく、平和を掴むために戦う勇敢な戦士に成長を遂げていた。一刻も早くこの戦争を終わらせるんだ。
着慣れた軍服に着替えて、レッドはコーヒーを啜りながらパワーバーをかじった。立体新聞で今朝の二ユースをチェックする。連日、内容は戦争のことがほとんどである。共存政府が力を尽くして行っているからだろう。市民からの支持を得たいのだ。
『南方戦線に新たな英雄 その名はホージロ少尉』
見飽きた見出しの中に知っている名前を見つけた。
「あいつ、出世しやがった」
レッドは複雑な思いだった。月での戦いの後、ホージロはシラスナ大佐に見いだされて南方戦線に向かった。シラスナの弟子となり剣術を磨きながら敵と戦っている。もちろん同期が活躍して出世することは嬉しいし、戦争を共存軍の勝利に近づけてくれているのはわかっている。だが同時に悔しさもあった。レッドの高い自然治癒力を持つ体は特異体質としてありふれたものであると処理された一方で、ホージロの索敵能力はシラスナに認められて能力を最大限に発揮させている。とにかく今はこの悔しさを晴らすため早く南方戦線に行きたい。訓練しながらの艦隊勤務はもう飽きた。
「さあ行きますかね」
飽きた飽きたと思っていても今日は変わらず始まる。レッドはパワーバーをコーヒーで流し込むと愛刀を腰に下げ、寮を出た。
☆☆☆
宇宙艦隊の格納庫とは離れた場所にある小隊のロッカールームにはレッドの所属する第一小隊のメンバーが集まっていた。隊長はメカド大尉。副隊長にイメク。それにお調子者のギイト、ナカラ育ちのフダカ、小柄なアークだ。
「おはようございます」
「おはよう」
レッドはまずメカドに挨拶をする。メカドは自身の愛刀を研ぎながら不愛想に言った。厳しかった教官時代から変わらず、小隊長になっても軍人らしく怖い雰囲気だ。しかも作戦の指示以外は口数が少ない。レッドは少しメカドが苦手だった。
「よおレッド。おせーぞ」
「遅刻だ、遅刻」
室内からギイトとフダカがはやし立てた。
「うるせえ、どうみてもセーフだろ」
レッドはロッカーに荷物を仕舞いながら言った。隣に立つイメクが苦い笑みを浮かべる。
「ははは、朝から喧嘩しない。おはようレッド」
「ああ、おはようイメク」
レッドはイメクに顔を向けて挨拶を交わした。いつもの朝の変わらない光景である。南方戦線に向かうため小隊別に分けられた新兵たちは艦隊勤務の傍ら訓練に励んでいた。小隊の同期たちの雰囲気はとても良く、ギイトやフダカがみんなを盛り上げイメクがそれをまとめる。
「7時50分にブリーフィングルームに集合だ。みんな遅れるなよ」
ざわついたロッカールームがメカドの一声で静かになる。
「はい!」
全員が大きな声で返事をするとメカドは一足先に出て行った。
「おい聞いたか、ブリーフィングルームだってよ」
メカドがいなくなったのを見計らってギイトが話を始めた。
「それがどうかしたのか?」
フダカが愛刀を腰につけながら訪ねる。
「いつもは練習所に直行だろ。今日は何かある」
「何かって?」
「そっか、今日は誰か上官から話があるってことだね。もしかしたら南方戦線に行くことになるかも」
察しが悪いフダカの代わりにイメクが答えた。
「ついに白兵戦で実戦なんだね」
今まで黙っていたアークが口を開いた。やっと戦場へいける喜々とする面々とは別にどこか寂しそうな顔をしている。レッドはそれを自信がないと解釈した。
「大丈夫さ、俺たちがついてる」
「そうだよ、アーク。一緒に頑張ろう」
イメクも元気よく励ました。体格も小さく度胸もないアークは訓練でみんなから遅れをとることが多い。体力のあるギイトやレッドがアークを担いで運んだこともある。だが誰も置いていかないというメカドの強い意志が小隊のみんなにも受け継がれているのだ。体力に優劣があるのは当たり前で、それはみんなで助け合えばいい。逆にアークは極限状態のサバイバル知識が豊富で、何度も小隊を救ったことがある。
「うん、ありがとう」
小さな頭に大きめの帽子をかぶり、アークは笑った。
レッドはいよいよ南方戦線に行けるのかと胸を躍らせた。それもこんなにも信頼しあった仲間とだ。イメク、ギイト、フダカ、アーク。それからもう一人……。
5人がブリーフィングルームに着くと、黒髪のポニーテールで軍服を着た女性がもう席についていた。
「おはようバード」
「おはようございますイメク。それにみんなも」
バードは晴れ晴れとした笑顔をみせた。新兵一の美少女と噂された彼女がメカド小隊の紅一点にして6人目の仲間だ。トレードマークの赤いリボンを今日はなぜかつけていない。
「あれバード、今日はリボンつけてないじゃん」
フダカがそういうと、ギイトがからかうように言った。
「もしかして寝坊とか?」
「ちっ違います! これは気分転換です」
バードの慌てようをレッドは不審に思って彼女の顔を見つめた。よくみると髪はぼさぼさでメイクもなんか雑だ。
(バードのやつ、ほんとに寝坊したんだな)
レッドは顔を赤くするバードを見て思った。初めて彼女に会ったときは美人で頭も切れるのでみんな近づきがたかったが、訓練を重ねるうちに本当のバードが分かってきた。普段は真面目でしっかり者だが時々抜けているところがある。今ではギイトにいじられるくらいだ。
そんな6人が揃うとメカドがブリーフィングルームに戻ってきた。全員が立ち上がり敬礼をする。
「改めておはよう」
「「おはようございます!」」
「この後、メコ将軍閣下からお話をいただく」
メカドがそういうと扉が開き、メコ将軍が入ってきた。
「「おはようございます!」」
「おはよう諸君。掛けたまえ」
メコ将軍は小隊の前に立ち、レッドたちは背筋を伸ばして椅子に座った。
「君たち第一小隊には南方戦線に向かってもらう。艦隊勤務は今日で終わりだ。諸君らの活躍を期待している。午後二時半に便が出る、それまでに支度を済ませ、国際空港に向かえ。詳しい話は現地でラークス少佐からある」
レッドは武者震いをはじめた。ついに来た。強い相手と、ホージロとともに戦える。
「南方戦線は皇帝軍も猛者ぞろいだ。くれぐれも命だけは無駄にするなよ」
メコ将軍は戦地に旅立つ若者たちにエールを送った。
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