勝敗の行方
「本艦を後退させ、小型艦を前進させるのだ」
コザラ提督の作戦は残酷なものだった。仲間である小型艦を盾にし、隊長艦は月の民間基地を目指す。そして太陽が昇ったのを合図に隊長機の全火力をもって民間基地を破壊する。もちろんそうなれば共存軍の攻撃を受けてこの艦も沈むだろう。だがコザラ提督は知っていた。このまま逃げて帰っても皇帝に処刑されるだけであると。皇帝にとって自分は使い捨ての駒であることは重々承知していた。だからこそ人間でこの地位まで上り詰めることができたのだ。
☆☆☆
艦隊の動きをみて、アロスはコザラ提督の思惑を察した。
(コザラ提督の奴め。なんて惨いことを考えるんだ)
民間人を大量に殺す作戦を遂行して自分も死ぬ。アロスはたとえ自分の信条に反してでもコザラを止めなければならなかった。コザラの戦艦に追いつくには航行速度の速い≪流雨≫単機で突撃をするしかない。アロスは思い切って息を吸うと艦隊に支持を出した。
「小型艦を無視して本艦で隊長艦を追いかけろ。他の艦は援護に回れ」
「しかしそれでは敵小型艦隊との間で挟み撃ちに合います! あまりに危険です」
ススがアロスの作戦の危うさを指摘した。ミサと違ってはっきりものを言ってくる肝が据わった娘だとアロスは思った。
「わかっている。しかしこのまま隊長艦を取り逃がすことはあまりにも危険だ。大丈夫、俺を信じてついて来てほしい」
その言葉に誰もが納得をしたわけではなかった。しかし誰もがアロスに従うことを決めた。たとえ無事に帰れなかったとしても、心は皆とともにある。共存艦隊が一つになった瞬間だった。
「後方のシールドを強化しろ。隊長艦は前を向いているから主砲をこちらに向けることはない」
アロスの指示の下、艦隊は動き出した。コザラ提督は一歩間違えれば自分たちが死ぬ捨て身の作戦を選んだアロスの行動に驚いた。こうなるとは予想していなかったのだ。
「アロス司令官! 本艦の主砲およびデッキ周辺が著しく損傷しています!」
ススは慌てた声で叫んだ。敵艦の主砲が前を向いているとはいえ、シールドが薄くなった≪流雨≫のデッキは副砲の集中砲火を浴びた。デッキの周りには航行を維持する重要な部分も多い。
「緊急事態! 自動水平維持装置が破壊されました!」
ススの報告に艦内は絶望に包まれる。自動水平維持装置の破壊。それは正常な航行が難しいことを意味していた。手動で操縦桿を握り、水平に保ちつつコザラ提督の戦艦を追いかけなければならない。自動操縦に慣れてしまっている艦員たちは誰もこのサイズの宇宙艦を手動で操縦してことなどなかった。熟練された操縦技術を持つ、一流の艦長がいない限りこの船は沈む運命にあった――。
「落ちつけみんな。俺が操縦桿を握る」
アロスの力強い言葉に艦員みんなが気づいた。そうだった、うちの艦にいるじゃないか。熟練された技術を持つ一流の司令官が。アロス・ドラクジは二十五年間ずっと宇宙で戦ってきた。自動操縦技術が搭載される前からだ。誰よりも宇宙艦を知り尽くし、宇宙空間を知っていた。そして誰よりも艦員を信じている。固い決意を胸に闘志を燃やして戦っている。
「月の重力に吸い寄せられてます!」
ものすごい揺れとGが艦内を襲った。レッドは突然の出来事に銃座のトリガーを強く握った。艦が大きく傾いていく。
「みんなシートベルトを締めろ。手動で水平航行に復帰する」
アロスは操縦桿を持ち上げようとする。しかし予想以上に力がかかっているのか重たい。あまり強く引きすぎても艦が分裂してしまう。我慢の時間がやってきた。アロスは震える腕で操縦桿を握りしめ、歯を食いしばる。だが無情にも月の地表が目前に見えはじめた。あらゆる方向へ揺れる艦の中で、デッキでは悲鳴も響く。無残に月へ沈んでいく≪流雨≫を見てコザラ提督は勝利を確信した。
「信じてくれた仲間のために俺はこんなところで負けるわけにはいかないんだ!」
危ない橋はわたらない。アロスはいつもそうしてきた。だからこそ信頼される司令官になれたと思っていた。しかし今、それは間違いだと気づいた。信じてくれた仲間がいたからこそ、自分が共存軍一の司令官になれたのだ。もう耳にはなにも聞こえない。アロスは全身が艦と一体化したような気がした。一瞬、軽くなったのをみて、アロスは操縦桿に思いっきり力を入れた。
「あがれ!」
その言葉通り艦は重たい体を持ち上げると、宇宙空間へと復帰し次第に水平航行へと戻っていった。
「本艦、水平航行へもどります」
ススの声にデッキは活気を取り戻した。艦と一体化した感覚を手に入れたアロスの操縦技術は凄まじく、あっという間にコザラ提督の戦艦に追いついた。
「敵隊長艦。射程圏内です」
「よし! まずは主砲で敵副砲を狙え!」
アロスの指示通り主砲からレーダーが放たれる。コザラ提督の旗艦の後方にあった副砲たちは跡形もなく破壊された。
「これで攻撃を受けることはなくなった。総員、敵隊長艦に集中砲火だ!」
レッドやイメクたち新兵も副砲で砲撃に加わる。たくさんの攻撃にさらされたコザラ提督の戦艦は、シールドを張っていても耐え抜くことができなかった。
☆☆☆
「馬鹿な! あの状態から立て直しただと?!」
攻撃を受けて上下に揺れるデッキでコザラは歯を食いしばった。
「コザラ提督、もう艦が持ちません! 退避しましょう!」
オペレータのロボットが絶望めいた顔で言った。
「退避はできない。なぜならこの艦には脱出ポッドなどないのだ」
「そ、そんな! ど、どうしてですか!」
「捕虜になることを皇帝陛下はお許しにならないのだ。我らの運命は艦と共にある」
デッキの面々は恐怖に慄いた。この状況でも脱出ポッドで退避さえすれば助かる可能性が高いはず。結局はここにいるロボットたちも皇帝にとっては捨て駒だったのだ。コザラ提督は全てを悟り、静かに呟いた。
「……皇帝陛下。私は陛下の望む世界を目指して戦ってきました。でも陛下の望んだその世界には、私たちの姿は居なかったのですね――」
コザラ提督は虚しく艦長席に腰掛けると静かに目を瞑った。デッキはパニックに陥り、艦は内部から爆発し崩壊を始めた。操縦系統の機器が火を上げ、外気から冷気が侵入する。炎と冷気の中でコザラ提督の体が空中に舞った。皇帝軍一冷徹だった名提督はその命が尽きるまでが目を開けることはなかった……。
☆☆☆
「勝ったのか……」
大破していく隊長艦を見て、レッドは息を吐いた。隊長艦の撃沈をみて敵の小型艦たちは撤退をはじめていた。
デッキでもアロスが操縦桿を手にその様子を見つめていた。
「敵艦隊が撤退をはじめています。追いますか?」
「いや追わなくていい。こちらも損傷が激しい。戦争は終わった。我々の勝利だ!」
アロスの声に、皆が夢のように喜んだ。こうして共存軍は南方戦線に続き、宇宙領域でも勝利を収めたのだった。
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