帰ってきたカリスマ

 アロスの原隊への復帰の時は思ったよりも早く訪れた。諜報部が月の周辺で不穏な動きをする皇帝軍の姿を見つけたのだ。月には民間人の居住区があり、皇帝軍がそこを占領するつもりらしい。レッドの母を襲った悲劇と同じような惨劇がまたも繰り返されようとしていた。


 ラークス以下、宇宙艦隊の乗組員たちは深夜にも関わらずメコ将軍によって格納庫に召集された。イメクやギイト、バードといった新兵たちも今回初めて実戦に投入されることになり、眠気を抑えながら真新しい軍服に着替えた。訓練教官だったメカドの姿もある。しかしシラスナとホージロの姿はどこにもなかった。




「諸君、先ほど共存政府の諜報部が皇帝軍の動きを掴んだ。奴らは月にある民間施設に明日の朝攻撃をするとみられる。これは何としても阻止せねばならん」




 格納庫内にある作戦指令室で大きなスクリーンを背にしてメコ将軍が言った。




「敵のリーダーはコザラ提督と思われる。皇帝の左腕でなかなかの切れ者だ。前回、奴の立てた作戦の前に我々の艦隊は壊滅させられている」




 イメクたち新兵は不安そうな面持ちでスクリーンを眺めた。




「コザラの艦隊は夜明けを待って月の裏側で待機している。夜明けとともに現れれば月から見つかりにくいと思っているからだ。我々はその隙をつく。奴らの背後に回り込み一気にせん滅する」




 メカドはなんて無謀な作戦なんだと思った。もう夜明けまであまり時間がない。もし夜明けまでに敵をせん滅できなければ、こちらが逆光になってやられるだけだ。前回の二の舞を踏む。つまりこの作戦には素早く適切な判断ができる司令官が必須だ。ラークスにその役目が務まるかどうか……。


 メカドが憂いているとメコ将軍がある人物をスクリーンの前に呼んだ。




「そしてこの作戦の司令官にはアロス大佐を任命する。アロス大佐、どうぞ」




 髪をまとめ、髭を剃ったアロスはかつての自信を取り戻していた。その姿にラークスやメカド達はほっとした。




「共存軍宇宙艦隊司令官のアロス・ドラクジだ。しばらく留守にしてすまなかった。皇帝軍に借りを返そう。現場の指揮は任せてくれ」




 新兵たちがざわつく中、誰かが言った。




「アロス大佐、おかえりなさい!」




途端に拍手が沸き上がり、皆の表情が明るくなる。新兵たちもカリスマ司令官の登場に沸き上がった。この人になら命を預けられる!




☆☆☆




 アロスはブリーフィングを終えると、メコ将軍の下へ駆け寄った。




「メコ将軍、申し訳ございませんでした」




メコ将軍は頭を深く下げるアロスに対してほほ笑んだ。




「もう良い。君が戻ってきてくれて本当に良かった。艦隊を頼むぞ」


「はい!」




その様子をレッドは遠くから見ていた。今は父ではなく上官になった。その事実が堪らなく嬉しく誇らしかった。




「かっこいいよな、アロス司令官って」




ギイトが準備をしながら言った。すると横でイメクが




「レッドのお父さんなんでしょ?」




と言った。




「え? まじ?」




ギイトは驚いて動きを止めた。ただそれ以上にレッドが驚いていた。イメクにアロスの子どもだって言った覚えはない。




「なんでわかったんだ?」


「だってレッドと同じドラクジって苗字だし。それに顔つきがそっくりだからすぐにわかったよ」


「確かに言われてみればアロス司令官とレッドって顔つきが似てるかも」


「ほんとに?」


「うん、自信たっぷりの表情とかそっくりだよ」




 戦艦≪流雨≫の内部は緊張に満ちていた。レッドやイメクたち新兵は副砲の狙撃手を任された。彼らの多くがたった一週間の訓練を終えただけで実践に挑まねばならなかった。自然とトリガーを握る手が汗で滲む。簡易的な宇宙服に着替えたレッドは銃座にすわりシートベルトをしめる。




「≪流雨≫発艦準備ヨシです」




≪流雨≫の艦長席にはアロスが座った。その横の副官席にラークス。女性でロボットのオペレータであるススがアロスの方を見て報告を行った。




「アロス司令官。全艦、発艦準備ができました」


「良し! 浮上システム作動!」




アロスがそういうと格納庫の屋根が開き、宇宙艦がふわりと浮き上がった。それはジェットエンジンの浮力というよりはリニアモーターカーに近いものだった。




「浮上システムオールグリーン! 自動操縦モードに設定します。座標は月の裏側民間軍基地から1万5千キロの地点」




 ススがシステムへの入力を終えると、アロスは大きな声で叫んだ。




「共存軍宇宙艦隊、発進!」


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