父の姿
入隊してからの日々はせわしなく過ぎていった。新しい仲間たちと切磋琢磨を続けるレッドには、二つ気になっていることがあった。一つは自身の傷が人よりも早く治る現象について。そしてもう一つは父、アロス・ドラクジの行方だった。
ある週末、訓練を終えたレッドは司令部にある軍病院を訪ねた。
「うーん、特に異常は見られませんね」
壮年の女性医師はレッドの検査結果をみて言った。
「そうですか」
レッドは納得できなかった。自分の傷が早く回復する理由を半日かけて精密に検査しても見つからなかったのだ。
「もしかしたら『特異体質』なのかもしれませんね。共存軍にも何人かいますし、特別珍しいものじゃありません。身体の神経細胞が持つ突然変異みたいなものです」
「僕以外にもいるんですか?」
「ええ、いますよ。中には体質を生かして活躍している方もいます。とにかく、あなたの上官であるラークス少佐に特異体質である旨を報告しておきます」
「お願いします。ありがとうございました」
☆☆☆
病院からの帰り道、レッドが寮を目指して歩いていると前を歩く二人の男の話が耳に入った。背格好や身なりからしてどうやら宇宙艦の乗員らしい。
「アロス大佐、本当に除隊しちゃったのかな。あの人がいなきゃ、俺たち勝てる気がしないぜ」
(アロス?)
唐突に聞こえた父の名に、レッドは両耳を二人に傾けた。
「そうだよな。あの人の考える作戦は天才的だもんな、戻ってきてほしいよ。聞いた話だとメコ将軍が除隊届を受け取らなかったらしいぜ」
「たった一度の敗戦で除隊するなんてどうかしてるよ。並みの司令官ならそんなことはしないよな」
「まあそれだけプライドが高かったことでしょ」
二人は話を続けながらレッドとは別の寮棟へ消えた。
レッドは自室へ帰り携帯端末で父に連絡を取ってみた。オズカシ村の剣士と共存軍の司令官。仲が悪かったわけではないが、お互いに気を使ってもう何年も連絡をとっていない。コール音が二回なった後、疲れ切った父の声がスピーカーから響いた。
『レッドか?』
「父さん、ひさしぶり」
『……入隊したんだってな』
「ああ、宇宙艦隊の配属になったよ。父さんの部下だ」
『そうか、南方戦線配属じゃなかったか』
「宇宙艦隊が人員不足みたいで。しばらくしたら南方戦線へ行くつもり」
『悪いなレッド。父さんはもう軍人じゃないんだ』
アロスの寂しそうな声色はスピーカー越しでもはっきりとわかった。
「まだ軍人で僕の上官だよ。メコ将軍が除隊届を受理してないんだ」
『そうか……』
「みんな父さんの帰りを待ってる。どうして除隊しようなんて考えてるんだよ」
『すまないレッド。今から会えるか』
☆☆☆
時刻は23時を過ぎていた。アロスが指定した場所はダゴヤ一高いタワーの最上階のラウンジだった。彼は今、街のホテルを転々としながら暮らしている。
「悪かったな。急に呼び出して」
「父さん」
レッドはアロスの変わり様に驚いた。頬はこけ、髪はぼさぼさで髭も伸ばしっぱなしだ。以前会った時の威厳ある父の面影はどこにもない。
「少し背が伸びたな。立派になった」
ラウンジのソファーにかけて、レッドは父と向き合った。窓の外の夜空には星に混じって皇帝軍の宇宙艦の光が見える。
「……母さんのことを覚えてるか?」
アロスはウオッカを片手に言った。レッドの母で、アロスの妻だった女性はレッドがまだ6歳のころに死んだ。民間の宇宙船で月まで行こうとした際、皇帝軍の攻撃にあったのだ。
「はっきりとじゃないけど覚えてるよ。母さんを失った衝撃も、父さんの悲しそうな横顔も」
アロスは当時のことを思い出したようで目に涙を浮かべた。
「俺はあの時、かけがえのないものを失った。そして失意と同時に皇帝軍への復讐心が沸いてきたんだ。南方戦線で剣士として戦っていた俺は、母さんを殺した相手を同じ目に合わせるために艦の乗員に志願した。その後司令官となった俺は、母さんの船を攻撃した艦を撃ち落として仇をとったんだ。長い間俺は復讐のために生きてきた」
アロスは続ける。
「復讐を終えた俺は、自分が司令官として大勢の命を預かっていることに気づいた。部下たちにも家族や友人がいて、それぞれに人生がある。俺の目標は部下たちを自分と同じ目に遭わせないことに変わった」
「たった一度の敗戦で父さんの目標は阻まれてしまったんだね」
「ああ。俺はすごく悔しかった。負けたことも自分だけ助かったことも。でも何よりも部下たちを助けられなかったことが悔しくて仕方がなかった。亡くなった部下たちはもちろん、俺と同じように家族を失った人たちのことを考えるととんでもないことをしてしまったんだと思った」
アロスはレッドの目を見て声を震わせた。
「俺には、司令官の資格はない」
言い放った後、徐々俯いていくアロスにレッドは声を上げて言う。
「違う。父さんこそ、司令官であるべきだと思う」
「レッド?」
「本当に司令官の素質が無い人は部下の命を考えない人だ。父さんには一人一人の命も、その奥にあるそれぞれの思いもはっきりと見えている。部下のことを一番に考えられる父さんこそ、今の共存軍に必要さ」
アロスは頼もしくなった息子の言葉に涙をぬぐった。
「みんな待ってます。アロス大佐」
レッドはあえてそう呼んでみた。有名司令官はかつての面影を取り戻したかのような目つきに戻っていた。
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