シラスナの野望
訓練で教官を務めるメカドは給水を終えると、格納庫の端で訓練を視察しているシラスナとラークスに詰め寄った。
「ラークス少佐、新兵が一人欠席しているのですが、一体どうなっているんですか?」
「あっ、メカドさん。す、すぐに確認してみます」
メカドの圧力にラークスは慌てて名簿に手を伸ばした。部下とはいえメカドの方が大先輩で年上だ。
「ホージロ二等兵でしょ? あの子には別メニューに入ってもらったわ」
ラークスの隣からシラスナが声を出した。メカドは睨みながら言った。
「別メニューだと?! 教官の俺に報告もなしにか」
「ええ、あの子には索敵の素質がある。艦員にしておくにはもったいないと思ってね」
ネイルを気にしながら顔も見ようともしないシラスナにメカドは激昂した。
「いいかシラスナ。今日の新兵は俺の大切な部下だ。南方戦線で戦う際には俺が全員の命を預かることになってる。そのことを分かっているのか?」
「あなたの部下ってことは私の部下でもあるわけでしょ。あなたは大尉で私は大佐。私の方が上官なの。ここにいる以上は私に従ってもらうわ。
戦争が長引くにつれ、皇帝軍にも強い戦士が増えてきてる。奴らに対抗できる強力な人材の育成が急務なの。私、何か間違っているかしら?」
「ああ、シラスナ。お前は全て間違ってる。戦争は強い奴がいて勝てるわけじゃない」
メカドは拳を握りしめた。ラークスは二人の間に入りアタフタしている。新兵たちも上官の喧嘩を不安そうに見つめた。
「まあまあ、お二人とも落ち着いてください。新兵たちが見てますよ」
ラークスの言葉にシラスナはメカドと初めて目を合わせた。
「……南方戦線に出ればそんな綺麗事もいえなくなるわ。強い者だけが生き残る世界を見ればね」
シラスナはそう言い放つと、格納庫から足早に出て行った。
「ラークス少佐。シラスナの奴の顔に珍しく傷がついてましたけど何かあったんですか?」
呆然と立ち尽くすラークスにメカドは冷静に尋ねた。
「あっ、はい。なんかとんでもなく強い相手と戦ったらしいです。針剣使いのロボットみたいで……」
「あいつは敵ばかり気にしていて、仲間を見ていない。そういうところが俺は嫌いなんです。怒鳴ってすみませんでした、訓練に戻ります」
メカドはラークスに謝ると新兵たちのところへ戻った。
「お前たちもすまなかった。さあ訓練を再開しよう」
☆☆☆
シラスナには生まれた時から不思議な力があった。ステルス迷彩であったり、魔法で透明にしたものといった「普通は見えないもの」が見えるのである。視覚が優れているのか、それともそれ以外の感覚が研ぎ澄まされているのか。今日まで様々な病院で診てもらったがわからなかった。ただ一つ言えるのはこの能力が唯一無二で、彼女を共存軍の英雄にまで押し上げた所以だった。
シラスナが向かった先は司令部にある道場だった。ここでホージロに訓練用ロボット10体と斬り合いをしてもらっている。シラスナは道場の扉を開け、彼女の様子を見ようと声をかける。
「ホージロちゃん、どう? 一体くらいは倒せたかしら」
しかし道場に入ったシラスナはあまりの衝撃に言葉を失った。一体どころか、10体すべての訓練用ロボットがホージロの周りで跡形もなく破壊されていたのだ。
(な、何なのこの子……途轍もない才能だわ)
ホージロはシラスナを見て笑った。
「あっ、シラスナ大佐おかえりなさい。10体倒したら次は20体に増えると思ったんですけどもう終わっちゃいました」
ホージロは両手の剣を手元で合体させると、一本の剣にして鞘にしまった。
「よ、よくやったわ。少し休憩にしましょう」
シラスナは胸の鼓動を隠しながらホージロに水のボトルを渡した。優れた索敵能力に反射神経。この子と組めば、私は世界で一番強い剣士になれる。
「レッドとイメクは元気そうでしたか?」
「ええ、元気そうだったわ」
「シラスナ大佐、特別訓練に呼んでいただいてありがとうございます」
ホージロは嬉しそうに言った。レッドには悪いが宇宙艦に乗るなんて御免だと思った。
「いいのよ、あなたは艦員にしておくにはもったいないわ」
「そういってもらえると光栄です」
「ところでホージロ。あなた見たところロボットだけど、どこの生まれなの?」
ホージロはシラスナにロボットだと見抜かれて驚いた。自分の出自について少し迷ったが、シラスナを信頼して真実を話すことにした。
「わかりません。私は幼いころに魔法使いの国で拾われました。自分が誰に作られ、どこで生まれたのかずっと探しているんです」
「そう」
「シラスナ大佐。私に剣術を教えてください。世界中の強い相手と戦うことで自分がどんな存在なのか確かめたいんです」
ホージロは真剣な眼差しでシラスナを見た。
「ええ、もちろんいいわよ。これから頑張りましょう」
「はい、ありがとうございます!」
シラスナはホージロを弟子にすることを快諾した。しかし彼女の優しさとは別にある思惑を持っていた。それはホージロの力を利用して戦場で活躍し、自分の名声と勲章をさらに手に入れることだった。
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