第13話 学校の彼に感謝された
一緒に帰ったあの日以来、ほんの少しだけ本友達の彼と近づいた気がする。一緒にいると居心地が良くて少し楽しい。前から不思議な人だとは思っていたけれど、最近は彼は良い人だなと思うようになった。
彼を良い人と見直したけれども、特に関わる機会は増えたりしない。図書館以外では無関係だし、図書館で本を渡すときでもたまに世間話をする程度。でも、そんな少しの時間がとても心地良くて気に入ってる。
先日も「ちゃんと寝なさい」といった言葉を言っているけれど、最近はやっと私の言葉が効いてきたのか、寝ていてくれてるみたい。目の下に隈があることが少なくなった。まったく、もう。ここまで言わないと直さないなんて世話が焼ける人だ。
まあ、そんなところも彼らしくて気に入っていたりするのだけれど。
そんな彼のことを思い出すと最近少し心がぽかぽかする。気付いたら口元が少し緩んでいることがあるし、ちょっとおかしい。今も図書館で待っているのだけれど、彼のことを思い出して少しにやけそうになっていた。慌てて顔を引き締め直して、深呼吸を繰り返す。
ガラガラガラ。
古びた扉のせいで少しうるさい音が聞こえてきた。誰か来たのだろうか?と顔を上げて音のした方を向くと、本友達の彼が少し慌ただしく入ってきた。
「よお、斎藤。本、ありがとな」
そう言って貸していた本を手渡してくる彼は、息が乱れている。首筋にはほんのりと汗の滴が垂れていた。そんなに急ぐようなことがあるのだろうか?
「どういたしまして。それにしてもそんなに急いでどうかしたんですか?」
「ああ、この後少し用事があってな……」
「なるほど、そうでしたか」
事情を尋ねると、どこか言いにくそうに視線を横にずらした。
おそらく何かしらのことはあるのだろうけど、話したくないなら別に言及しようと思わない。自分だって話したくないことはあるし、誰だって多かれ少なかれ秘密というものを抱えている。そこに触れないことが人間関係が上手くいくコツだ。
嘘をつかないだけ私に対して誠実であろうとしていることは分かるので、それだけで十分満足。急いでいるのは確かだから、今日は本を渡すだけで終わりにしよう。そう思い彼の言葉に適当に頷いておいて、鞄の中から新しい本を取り出して渡す。
彼は本を受け取ると、少し手に持つ本を眺めて、そっと小さく息を吐いた。
「……いやほんと、毎回新しい本を貸してくれるのはいつもありがたいと思ってるけど、それを言うには時間が足りない。ごめん」
しみじみといった感じで言葉を零す彼。普段の素っ気ない感じとは違う、少しだけ優しい声音。彼なりに本を貸してもらっていることを気にしていたらしい。私が貸したいから貸しているだけなのでそこまで気にしなくてもいいと思うのだけれど。
「別に礼を求めてる訳ではないので……」
「そうなのか?土下座くらいなら出来るぞ?」
「遠慮します。それはやめてください」
気にしないよう言うと、まさかのことを言い出した。
冗談にしてもたちが悪い。そんなことさせたら私が嫌な女みたいになってしまうではないか。ほんと、この人は一体何を言っているだろう。呆れて思わずため息が漏れ出た。
「……一つ聞いてもいいか?」
「なんですか?」
「俺にわざわざ本を貸してくれる利点ってなんだ?」
心底不思議そうな顔をして尋ねてくる。
確かに無償の優しさほど疑わしいものはない。何か裏でもあるのかと思うのが普通だ。現に私も彼以外ならそう考えるだろう。
では、なんで私は彼に本を貸しているのか?
心の中で自分に問いかける。よくよく考えてどうして貸したいの思えるのか理由を思い描くと、一つの言葉しか出てこない。
じっと見つめる彼に「私の自己満足です」と返した。
「顔を知ってる人で初めて出会った本好きの人でしたし、読んだ感想を語り合うのは好きなので。それに……」
「それに?」
「あなたは厄介な勘違いをしないで純粋に本を楽しんでくれるので楽ですし、そんなあなたと本について語るのはやっぱり楽しいので自己満足です」
結局そうなのだ。例え他の本好きであっても本を貸そうとは思わなかっただろう。そもそもに自惚れでもなんでもなく私に関心を示さない人がほとんどいない。そんな中で興味を持つことなく、ただの本好きで私と同じ本が大好きだった彼からこそ、貸したいと思えたのだ。
あえて理由を言うなら「自己満足」。自分が求めてた条件にたまたま当て嵌まったのが彼だったという話だ。本の感想を話し合いたい。本好きとして色々意見を聞いてみたい。そんな私の欲求が満たされるから彼に本を貸しているのが大きい。まあ、最近は本に関係なく彼と話しているのが楽しいと思うことも時々あるけれど……。
「……そういうものか?」
「そういうものです。ですので、気にしないで降って湧いた幸運とでも思っていてください」
「へいへい。じゃあ、行くわ」
「はい」
彼は少しだけ首を傾げながらも肩を窄めて頷き、そのまま早足で去っていった。
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