第12話 学校の彼と甘いものを食べる

 とりあえず冷静になろう。なんとか息を整えて顔の熱を逃していく。ある程度落ち着いてきたのを確認して、彼に話しかけた。


「あなたもこっちが帰り道なんですか?」


「ああ、まあな。言っておくがストーカーしてたわけじゃないからな。たまたま前にお前がいるのを見つけただけだ」


「分かってます。その心配はしてません」


「そりゃ、どうも。じゃあ、行くか」


「あ、はい」


 よく分からないけれど、一緒に帰る気ならしい。まあ、別に彼なら特に問題はなさそうだし、いいけれど。


 誰かと並んで帰るというのが新鮮でちょっと慣れない。でも、彼と一緒に帰るのは不思議と嫌ではない。

 何度思ったか分からないけれど、本当に不思議な人だな、と思う。程よい距離感で苦にならない。こっちに関心がないようで気にかけてくることもあるし、不器用ながらも優しい所もある。


 彼の横顔を時々見ながら、隣を歩く。一緒に帰るというから、何か話すことでもあるのかと思ったけれど静かだ。ただ、気を使うような沈黙じゃないから苦しくならない。むしろ居心地がいいくらい。こういう関係が友人なのかな?なんてバイト先の田中くんの言葉を思い出しながらふと思った。


 彼についてあれこれ考えながら、しばらく歩いていた時だった。一つの看板を見つけて思わず立ち止まる。私の行動に彼は不思議そうに見つめて尋ねてきた。


「どうした?」


 私が見つけたのは移動式のアイス屋さんの看板だった。写真が貼ってあって美味しそうに飾られている。カラフルで華やかな感じが魅力的だ。

 つい、美味しそうで足を止めてしまった。


「食べたいのか?」


「えっと……はい。でもああいったものはあまり食べたことがないので……」


 前々から食べてみたいな、とは思っていたけれど、1人で行くのは忍びなく断念していた。だけど、今回のアイス屋さんはとても美味しそうで、惹きつけられてしまった。


「は?アイス食べないのか?」


「いえ、あまり外出して遊ぶことがないので、外でアイスを食べる機会がないんです」


 そう言うと、納得したらしく「ああ、なるほど」と頷いた。

 

 何度かはクラスの女子と一緒に出かけたことがあるけれど、その回数は一桁台だ。彼女達が別に悪いというわけではないけれど、どうしても疲れてしまう。せっかくの休みだというのに、わざわざ疲れるのは嫌だった。だからどうしても億劫になってしまい、あまり外出というものをしない。結果としてこういった外で食べるということがほとんどなかった。


「……そうか、じゃあ、いい経験になるんじゃないのか?ほら、行こうぜ」


 そう言ってスタスタと中に入っていく。

 もしかして私のために一緒に入ってくれたのだろうか?そんなことを思いながら後に続いた。

 

 彼曰くこのアイス屋はこの地域では結構有名な店ならしい。中に入ってみると確かにそう言われるのも納得できた。

 

 色んな種類のアイスがあり、幅広いトッピングも出来るなんて、いつからアイスはこんなに進化していたのだろうか。コンビニとスーパーでしかアイスを買わない私からするともはや未知の存在にしか見えない。


 彼にメニューを見せてもらうと、さまざまなアイスの写真が載っていた。


 凄い!見た目も綺麗で可愛いので釘付けになってしまう。どれも美味しそうで本当に悩ましい。少し高いけれど、せっかくだから2種類食べたい。どれとどれにするか一生懸命見比べる。


 悩みながらも2つのアイスを決めたので、彼に報告すると、苦笑された。自分でも少しテンションが上がっているのは自覚していたけれど、それが彼にも伝わったらしい。彼は私のも一緒にレジで頼んでくれた。


 少し待っているとアイスを持って店員さんが出てきた。落とさないように気をつけながら、手渡しで受け取る。

 ふふふ、とても美味しそう。初めて食べる外でのアイスが嬉しくて、にやけそうだ。なんとか緩まないように表情を引き締める。


 さて、どちらから食べよう。どっちも美味しそうでなかなか選べない。決められずスプーンが二つのアイスの間で行き来してしまう。

 ああ、早く決めないと。どんどんアイスが溶けてしまう。うん、まずはバニラにしよう。バニラは王道だし、絶対美味しいはず。


 そう決めてプラスチックのスプーンで掬って口に入れる。


(ん!!)


 入れた瞬間、ひんやりとした感覚とともに濃厚なミルクの甘さが口に一気に広がる。

 お、美味しい!!!今まで食べてたバニラアイスとは次元が違うと言っても差し支えがないほど味が違う。口溶けが滑らかでとても甘いけどくどくなく、スプーンが止まらない。自然と表情が緩んでいく。


 一口、また一口とつい夢中で食べてしまう。何度も食べてようやく落ち着いてきて、はっと我に帰る。

 ちらっと彼の方を見ると、目を少し丸くして意外そうな顔をしていた。おおかた私が夢中になる姿が予想外だったのだろう。自分でもここまで冷静さを失うとは思ってなかった。


「……なんですか?」


 彼のことは一緒にいても警戒しなくていい人と思っているけれど、人が食べているところをそんなにガン見するのを許した覚えはない。

 少し気を許されたからって何でも見ていいなんてつもりはない。そういう意味で少し威嚇する。

 

「いや、アイス好きなんだなと思ってな」


「……勝手に見ないで下さい」


 やっぱり私がアイスに夢中になっているところを見ていたらしい。人前で我を失っていたなんて恥ずかしい。羞恥を誤魔化そうとしてつい素っ気なくなる。


「相変わらずツンツンしてんな」


 そう言うと、どこか呆れたように小さくため息を吐いた。


「別にいいでしょう?それとも甘えた姿でも見せて欲しいのですか?」


 男子には基本こんな感じだ。彼が少し変な人だから、そこまで警戒していないだけで本当はもう少し壁を作っている。


「いーや、そのままでいいよ。塩対応にはもう慣れたしな。塩対応が怖くて多くの男子は話しかけにいかないが、俺は今のままが1番いいと思うぞ」


「ツンツンしているのに?」


「意外と気にしてたのな、お前。……なんていうかきちんと接すれば、お前がいい奴なのは分かるから、別に塩対応でも全然問題ないって話だ。そのうちこうやってアイス屋に一緒に来る友人もできるだろ」


 ぶっきらぼうな言い方だけれど、どこか優しい温かい声。ふわりと包み込まれるような柔らかさがあった。

 彼の言葉がじんわりと心に染み込んでいく。その言葉は今まで求めていたもので、誰にももらえなかったものだ。外側じゃなくて私の中身を見て受け入れてくれた、その証の言葉。

 信頼している人に信頼してもらえる、それは初めてのことで、張り付いていた外側の壁が少しだけ剥がれた気がした。


(ああ、まったく、もう。いつも助けてもらってばかりだ)


 本当になんでこの人は必要な言葉をくれるんだろう。困った時は助けてくれるし、危ない時は守ってくれる。どれも全部初めてだ。不覚にも心の紐が緩み、ぽろりと本音の不安が漏れ出てしまった。

 

「……出来ますかね?」


 今まで私の中を見てくれる人がいなくて、信頼できる人というのが出来たことがなかった。これまで16年も生きてきたのに。

 そういう人が欲しい、とは思うけれど、そう簡単に現れるとは思えない。もしかしたら現れないかもしれない。それは凄く寂しい。


 不安な心をぶつけると、彼は、ふっ、と軽く笑った。


「じゃあ、出来なかったらその時は俺が一緒に行ってやるよ」


 意外な言葉。でも、彼らしい言葉。


「……では、その時はお願いしますね」


 なんというか不器用な彼らしい優しさで少し可笑しくて心が温かくなった。嬉しくて、でも少し泣きそうで、つい笑ってしまった。

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