第14話 バイト先の彼に相談を受ける

「斎藤さん、少しいいですか?」


「はい、なんでしょう?」


 バイトが終わった後、田中くんがどこか真剣な表情で声をかけてきた。彼から話しかけてくるなんてあまりなかったので、一体なんだろうか?と首を傾げる。


「斎藤さんって親友と呼べるような人とかいますか?」


「……はい?突然なんですか?」


 急に何を言い出しているんだろうか?私の交友関係を知って一体どうするつもりなのだろう?

 突然のことについ警戒心が滲み出て少し冷めた声になってしまった。田中くんは悪い人ではないと思っているけれど、決して信用しているわけではない。そこまで深く話したことがあるわけでもないし。そんな人相手に自分の話をするのは憚れた。


「あ、いえ、実は…………」


 どうやら、私の警戒心が伝わったらしい。焦ったようにしながら事情を話し始めた。


 彼の話を聞くとどうやら、あまり親しい友人がいない人が田中くんの周りに1人いるらしい。その人には色々お世話になっているらしく、何か恩を返したいと考えていた。お節介かとは思うけれど、そういう信頼し合える友人、のような人を作る手伝いをしたかったみたいだ。

 周りに優しい彼らしいと言えば彼らしい。


「なるほど、そういうことでしたか。それなら先にそう説明してください。急に質問してくるから驚きましたよ?」


 まったく、突然聞かれたら誰だって警戒する。呆れて思わずため息が出てしまった。


「それはすみません」


 彼のそういう事情なら相談にのってあげたいところだけれど、残念ながら力になれそうにない。私には親しい友人はいない。むしろ出来る方法があるなら教えて欲しいくらいだ。いないから生きづらい日々をずっと送っているというのに。


「まあ、いいでしょう。結論から言うと私にはそこまで信用できるような人はいませんね。友人付き合いはしていますが、特定の誰かと親しくしたことはこれまでありません」


「そうですか……」


 どうやら私に期待していたらしく、少しだけ落ち込んだように肩を落とす。


「ただ……」


「ただ?」


 『親友』という彼の言葉を聞いて脳裏に思い浮かんだ人が1人いた。


「前に助けてもらった人、知ってますよね?もし、親友になりそうな人という意味でならその人かな、とは思います」


「その人ですか?」


「ええ、あの人は今までで1番気を遣わずに話せる人ですし、素の自分をそのまま受け入れてくれている気がするので話していて落ち着くんです。まだ出会ってからそれ程経っていないですし、ああいった感じの人は初めてなのでまだ分かりませんが……」


 本友達の彼のことを思い出して、つい口元が緩む。やっぱり彼のことを考えると温かい気持ちになる。

 もし、信頼し合える人を親友というなら、おそらくそれは彼になるだろう。まだ出会ってそれほど時間が経っていないから分からないけれど、不思議と確信めいたものがある。

 まだまだ彼について知らないことも多い。それでも、彼が良い人で不器用だけど優しい人だということは知っている。初めてだから分からないけれど、彼なら信用してもいい、そう思えた。


「……いい人と巡り会えましたね」


「はい、あまりあなたの参考にはならなさそうですけど」


「まあ、そうですね」


 私の場合は偶然の要素が強すぎる。親友を作る手助けという彼の目的を達成するには役に立たないだろう。

 田中くんもそう思ったのか、互いに見合って苦笑してしまった。

 

「まあ、田中くんがあまり気にする必要はないと思いますよ」


「そうですか?」


「はい。田中くんがそうやってその人のためを思いやっていることはきっと相手にも伝わっているでしょうし、もしそれでも何かしたいというなら、田中くんがその人のそばにいてあげて下さい。それがきっとその人にとって1番嬉しいことだと思います」


 せめてもの助言と思ってそう告げる。

 話を聞く感じだとその人と私は近い。なので、そっちの立場の想いというのはなんとなく察せる。

 田中くんは気付いていないのだろうけど、その人にとって田中くんが信頼出来る人なのだろう。そうやって親しく接している時点で、ある程度気のおけない人と思われているに違いない。なら、他の誰かではなく田中くん自身がその立場になって側にいてくれるのがその人にとって1番の救いだろう。私にとって本友達の彼が救いになっているように。


「……なるほど。分かりました」


「田中くんにとってその人は親友じゃないんですか?」


「どう……なんですかね。まだ知り合ってそれほど時間が経っていないし、自分だけがそう思うのは、なんか恥ずかしいじゃないですか」


 少し言いにくそうにしながら首筋をポリポリと掻く。もうその反応の時点で丸わかりだ。分かりやすいにもほどがある。


「なんだ、もう気付いているじゃないですか。田中くんがそう感じている時点で向こうも同じように思ってくれていると思いますよ?」


「そう……だと嬉しいですね」


 あまりに分かりやすい反応に少しだけ笑うと、田中くんは恥ずかしそうにしながらはにかんだ。

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