第8話 学校の彼と読書友達になった
(昨日のあの人、変な人だったな)
放課後どうするか考えていた時、ふと昨日のことを思い出す。
悪い人ではなさそうだと思っていたけど、まさか本好きだとは思わなかった。しかも私の大好きなあの本を読んでいるなんて。別に運命なんてものは信じていないけど、なかなか凄い偶然だと思う。
とにかく勇気を出して話しかけてよかった。この姿の私を異性として意識しないで話してくれる男子なんて学校で初めてだし、本好きで話も合いそうなので昨日の自分を褒めたい。
まだ貸した次の日なので、貸した本は読み終わっていないだろう。だけど図書館に行ってみることにした。
今日会う約束をしたわけでもないので、図書館にいるとは限らない。だけど、もしいたらまた本について話し合いたいな、と思ったからだ。それに渡したい本もある。本を読みに行くついでだから、いなかったとしても特に問題はないのでとりあえず向かってみることにした。
図書館に着いて中に入って彼を探す。だけど残念ながら彼はいなかった。まあ、そう毎日図書館にいるわけでもないだろうから仕方ない。
別に彼だけを目的にここに来たわけではないし、むしろついでなので特に気にせずいつものように何か新しい本を探す。たまたま見つけた面白そうな本を手に取って読み始めた。
しばらく本を読んでいると、声をかけられる。
「これ、返す。めっちゃ面白かった」
一瞬、びっくりして身体がビクッとなってしまった。だけどすぐにその声と話の内容で彼だと気付き、ゆっくりと声のした方を向く。すると、目の下に隈をつくった彼の姿があった。
「ちょっと、どうしたんですか?凄い隈ですよ?」
驚きのあまりつい少し大きな声が出てしまう。一体どうしたのだろうか?見るからに寝ていないと分かるなんて相当だ。流石の私でも心配になってくる。
「ああ、貸してもらった本があまりに面白くてな。夜遅くまで読んでいたんだ」
「……なるほど、楽しんでもらえたのは嬉しいですが、体には気をつけて下さいね?」
よほど楽しんでくれたらしい。それは嬉しいことだけど、そんな体に無理をさせるのは良くない。
大して親しくもない人に言われたところでお節介だろうとは思ったけれど、あまりにも酷いのでつい注意してしまった。
「……分かった」
なにか言いたげだったけれど、私の心配が伝わったのだろう。しぶしぶといった感じで承諾してくれた。
とりあえずは頷いてくれたことで良しとして、下に視線を落とす。すると先ほど渡された本が手元にあり、返してもらったことを思い出した。
「あ、本、返して下さってありがとうございます」
「いや、礼はこっちのセリフな。まあ、ありがとな。じゃあ」
それだけ言うと、もう話はないようでスタスタと去ろうとする。普通の男子ならもっと話しかけてくるだろうに、淡白な感じが彼らしい。
「あ、待ってください」
もう少し話してくれるかと思ったのに、すぐに去ろうとするので慌てて引き止める。ただ、異性の身体に触れるのは憚れて服の袖を摘んだ。
「どうした?」
「実はあの本はシリーズ化していまして、第二巻があるんです。よかったら……」
一応持ってきておいた本を差し出す。実は昨日渡した本はかなりのシリーズ物なのだ。シリーズ物だと後半になるにつれて面白くなくなることがよくあるけれど、この本に関してはそんなことはない。
むしろより一層面白くなるので是非とも読んで欲しかった。もちろん私の勝手な要求なので無理強いするつもりはないけれど。
「そんなのあったのか。借りたいけど、そう何度も借りるのは……」
本を差し出すと一瞬目を輝かせて嬉しそうにしたけれど、すぐに表情を曇らせる。迷っているのか、差し出した本を前にして躊躇うようにしている。
おそらく何度も借りることに抵抗があるのだろう。それは分かる。何度も同じ人から借りるのは相手に迷惑をかけているようで申し訳なくなるのだ。なのでフォローする意味で言葉を続けた。
「私は既に読み終えていますので、私の家にあっても埃をかぶるだけですから、読んでくれる人がいたほうが本にとっても幸せなはずです」
「……そういうことなら、ありがたく借りるけどさ。こんな風に優しくされたら、相手が好意を持たれてるんじゃないかって勘違いするかもしれないぞ?」
「するんですか?」
「いや、しないけど」
少しだけ冷たい目で見れば、肩を窄めて否定してきた。まったく、何を言っているのだろう。
彼が勘違いするはずがない。もしそうなら、最初のお礼の贈り物をした時点でなんらかの行動してきただろう。そうしてたらこっちとしても、もっとやりやすい反応を出来たのだけれど。
不埒な考えで近づいてくる異性に対する接し方は知っているけれど、自分に興味のない異性の人との接し方は知らないので難しい。今もこうして話しているとなんだか複雑な気分になってくる。ただ、彼と話すのは嫌ではない。
まあ、これまで話していて私とあまり深く関わろうとしてこないことからも、彼は信用できることだけは確かなのでそこは安心していいだろう。
「じゃあ、別にいいでしょう。ちなみに、その本のシリーズは当分あるので、その本が読み終わったらまたお貸ししますね」
「そうか、ありがとう」
話していても嫌な顔はされないので苦手と思われているわけではないと思う。ただ私とはあまり関わるつもりはないらしく、そこで会話が途切れた。
あまり迷惑だと思われたくもないので、時々話せる程度の今の関係で満足、そう思って本に視線を落とすと、彼はスタスタと別の机へと行ってしまった。
(…………)
本を読みながら横目で去っていく彼の後ろ姿を確認する。時々話せれば十分、そう思っているはずなのに、もう少しだけ話したかったと思う自分がほんの少しだけいた。
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