第7話 学校の彼に本を貸した

 驚きに染まった顔で茫然と私のことを見つめてくる。呆気に取られる、というのはこういうことを言うのだろう。これまで話した感じだとそこまで表情豊かといった感じではなかったので、驚いている表情はとても新鮮だった。


「……あ、ああ、こういう題名なんだが知ってる?」


 どこか戸惑いつつも、手に持っていた本を持ち上げて見せてくれた。見せられ本は確かに遠目から確認した通り、私の大好きな本だった。


「ええ、まあ」


「そうか」


 私の返事に彼は少しだけ表情が緩ませた。おそらく自分と同じく同士を見つけたことで嬉しくなったのだろう。

 その表情に思わず心が沸き立つ。初めて見つけた同じ趣味を持つ人。それも自分の大好きな本を知っている人ということで、話したい衝動が抑えられず、さっきまでの警戒は忘れつい話し始めてしまった。

 

「その作品面白いですよね。決して王道ではなくて意外性の連続のサスペンスもので、初めて読んだときは引き込まれて一気読みしたものです」


 久しぶりに話す本の感想ということで、つい饒舌になる。話し始めたら止まることなく嬉しさがこみ上げてきた。


「この本、好きなんだな」


「あ…………」


 そんな私の様子に、どこか優しげな声でそう零す。

 彼の言葉に、かあっと一気に顔が熱くなる。ほぼ初対面にも関わらず、熱弁していたなんて恥ずかしい。どうにか動揺を抑えようとするけれども、なかなか治らず頬の熱は残り続ける。

 ただこれ以上こんな狼狽た姿を見せるわけにもいかない。コホンッと一つ咳払いをして仕切り直す。


「好きですけど?悪いですか?」


 恥ずかしさを誤魔化したくてつい素っ気なく言ってしまう。なんというか、あまり他人に見せていない面だったので忘れて欲しい。


「別に。俺も本を読むのは好きだしな」


 私の意図が伝わったのか、肩を竦めて素っ気なく言う。私には興味がないようで、それ以上彼は話さなくなり沈黙が漂う。

 ここで話を終わらせてもいいけれど、せっかく話しかけたのだし、もう少し話はしたい。彼の様子からも多少長く話したところで、妙な勘違いはしなさそうなので問題ないはず。


 何かないか考えた時、たまたま自分が今日持ってきていた本を思い出した。その本はとても面白く、彼の持っている本と似たような話なのでオススメしてみようと口を開く。


「……そういえば、そういう系の本が好きならおすすめのがありますよ。系統としては近いのでその本が好きなら合うと思います」


「へー、そんな本があるのか!気になるな。この図書館に置いてあるかな……」


 私がそういうと目を輝かせて声を弾ませる。そのまま浮き立つように少しだけそわそわし始めた。

 その様子に、やっぱりこの人、本大好きなんだな、と思う。これまでも何人か同じように「俺、本好きなんだよね」と言う人がいたけれど、どの人も私と接点を作るための嘘だった。なので純粋に本好きな彼が嬉しく、少しだけ好感を抱く。

 

 私から話しかけてもそこまで話す気がないようだし、彼の様子だとおそらく自分にあまり興味はないのだろう。

 それならせっかく本好きとして出会えたことだし、本を貸してもいいかもしれない、とふと思った。彼なら特に勘違いとかもしなさそうだし。


「……よかったら貸しましょうか?今、私持っているので」


「へ?」


 迷いながらも提案すると、間抜けな声を出して固まった。どこか戸惑っているようにも見えた。


「……別にいらないならいいですけど」


 なんとなく彼が私を避けているようなのは感じていたし、それほど親しくないというのに貸し借りを押し付けられれば言葉を失うのも肯けた。

 少しだけ残念な気もしたけれど、これ以上迷惑をかけてまで彼と関わる気もなかったので提案を撤回しようとする。すると彼は慌てたように口を開いた。


「え、あ、いや借りる!あるならぜひ貸してくれ」


 焦ったような物言いで、承諾してくる。どうやらそんなに焦るほど気になったらしい。それは、よほど今読んでいるであろうあの本が好きな証拠でもあるので、貸す側としても気持ちいい。


「……はい、これです」


「ありがとな」


 ゴソゴソと鞄の中から一冊の本を探し、取り出して渡す。それを受け取ると、興味深げに眺めながら礼をしてきた。

 少年のように純粋な楽しそうな目で本をペラペラとめくっていく。私のことを忘れて完全に興味が本にいっている辺り、本好きらしくて少し面白くつい口元が緩む。ここまで自分に興味を示さない人はなかなかいないので新鮮だ。


 彼がじっと本を眺め続たまま固まっているので、気になり尋ねた。


「どうかしたんですか?」


「いや、学校一の美少女から物を借りるなんて滅多に出来ない経験だなって思ってさ」


「……それやめて下さい、本当に」


 私の学校での呼び名に恥ずかしさと嫌悪が同時にやってくる。

 実際、その言われ方をしていることは知っているけれども、直接言われたことはなかったので聞き慣れず恥ずかしい。人並み以上には優れているとは思うが、そこまで言われるほどの容姿ではないと思うのでどうしても恐縮してしまう。


 同時にその呼び名で呼ばれると外面しか見てもらえてない気がして、なんとなく彼にはそういう見方をされたくなくて嫌だった。


「悪かった、もう言わない。本は貸してくれて本当にありがとうな。読んだら返す」


「はい、期限は気にせずゆっくり読んで下さい」


 既に読み終わっている本なので、返してもらえさえすればいつでも構わない。欲を言うなら、きちんと読んで感想を聞かせて欲しいくらい。

 そこまで言葉を交わしたあとは特に話すことはなく、彼とは別れてそれぞれの席で本を読み進めた。


 久しぶり本について感想を話せたことで、鬱屈した気分はなくなり心はとても軽い。気分転換の手段としての読書ではなく、久しぶりに純粋に本を楽しめた気がした。

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