第6話 学校の彼との再会 

 あの人に贈り物をしてから2週間ほど経ったけれど、予想通り彼と関わるような機会は一切なかった。


 もともと縁のない人物だったのだ。たまたま関わる機会があっただけで元々他人。そんな人と連続で関わることの方が珍しい。当たり前といえば当たり前だ。

 2度話したからと言って関係性など変わるはずもない。流石に生徒手帳を拾ってもらった恩もあるし、別に嫌な印象があるわけでもないので、すれ違った時は会釈するようにはなったけれども。


 でもそれだけだ。それ以上の何かは一切起こらないし、起こすつもりもない。変わった人という印象は強く残っているけれど、別に興味引かれる人でもない。

 そんな人相手にわざわざ会釈以上のことをする気は一切起きやしない。まあ、そもそもすれ違う機会すら、極たまに、といった頻度なのでそんな心構えは不要な気はする。


 別のクラスでしかも異性を避けていれば、関わる機会など生まれるはずもない。自分からは近づくつもりもないし、ほんの少ししか話していないけれど、おそらく向こうも同じように考えている気がする。なんとなく向こうも自分と関わるのを避けているような雰囲気があった。


----だから、図書館でたまたま彼を見かけた時も本当は無視しようと思っていたのだ。


♦︎♦︎♦︎


(はぁ、やっと学校終わった。疲れた……)


「玲奈っち、帰るのー?」


「うん、今日は少し用事があるから。また明日ね」


「じゃあねー」


 疲れが滲み出そうになるのを抑え、笑顔を貼りつけて友達と挨拶をして別れる。今日だけで何度作り笑いを浮かべただろうか。時を重ねるごとに作り笑いが上手くなっている気がする。


 歩く足取りがなんだか重い。今日はなぜか異様に疲れて気分も沈んでいたので、気分転換をしようと図書館に向かった。

 あまり利用者がいないので、図書館に近づくほど人気は減っていく。どこか寂しげな雰囲気が漂い始めた頃、図書館の入り口に着いた。


 ギギギッと古い建物特有の軋む音を立てながら図書館に入る。ふわりと紙の匂いが鼻腔をくすぐり、つい口元が緩んでにやけそうになる。やはり、図書館はいい。本に囲まれた空間というのはそれだけで気分が良くなる。

 人気が少なくシンとしているので、歩く自分の足音がカツン、カツンと小さく建物内に響く。とりあえず荷物を置いてから読む本を探そうと席に向かった時だった。見知った人がいることに気がついた。


(あの人……)


 手帳を拾ってくれた人だ。一つの席に座って、分厚いハードカバーの本を興味深そうに読んでいる。

 相変わらずの黒縁メガネに整っているとはいえない髪。だけど最初のイメージの堅い雰囲気はそこにはない。どこか穏やかな柔らかい雰囲気を纏っていた。その雰囲気で、彼が本を読んで楽しんでいることは一目でわかった。


 へぇ、本が好きなんだな、と少しだけ感心する。知り合いに本を読む人がいないので、ただの顔見知りだとしても少しだけ好感が持てた。

 まあ、だからといってわざわざ話す必要もないので、無視しようと止めていた歩みを進めようとする。その瞬間、彼の読む本のタイトルが目に止まり、思わずまた足を止めてしまった。


(え……!?)


 驚きのあまり思わず二度見する。それは私が大好きなお気に入りの本だった。これまで読んできた何百冊もの本の中で一番思い出深い本。それほど有名な本ではないので、相当好きでないと読まないはず。その本を読んでいる人に出会うのは初めてで、不覚にも嬉しくなる。

 自分が気に入っている本を楽しそうに読んでいることにテンションが一気に上がっていく。


(話聞きたい……)


 なんとも現金なものだ。全く話すつもりがなかったはずなのに、好きな本を読んでいただけで180度意見が変わるとは。思わず心の中で苦笑を零す。

 それでもやはり、もしその本が好きなら話を聞いてみたい。感想を言い合えるような仲の人があまり周りにいなかったので、出来ればその本について話してみたい。だけど、相手は異性で、異性と関わってろくなことにならないのは私が身をもって体験しているので、話しかける勇気が出てこない。


 それに大して親しくもないのに突然声をかけるなんて失礼だ。私なら声をかけられたら100%嫌な気分になる。これまでに実際にこの図書館で男子に何度か声をかけられたことがあったけれど、その時どれだけ嫌な思いをしたことか。

 彼に配慮するなら話しかけるのはやめるべきだけど、あの本についての話は聞きたい、という欲求が心に残り続ける。

 

(どうしよう……)


 話しかけてその本について色々聞いてみたい。でも、話しかけたらきっと迷惑。読んでいる途中で声をかけられるなんてなおさらだ。

 うーん、と頭の中で何度も逡巡する。

 声をかけずにトラブルの元になりそうなことを避けるべきか、声をかけて貴重な機会を享受するべきか。

 二つの選択が頭の中で揺れ動く。どちらを取っても後悔する可能性がある。それなら……今後悔しない方がいい。悩みに悩み、迷いに迷って、とうとう頭の中の天秤は声をかける方に傾いた。どうしても『本の感想を聞きたい』という誘惑には勝てなかった。


 落ち着かない気持ちを抑えながら、ゆっくりと彼の元へ近づく。決して親しいとは言えないけれど、見知らぬ他人とも違う彼との微妙な距離感。そのせいか、いざ話しかけるとなると少しだけ緊張した。


「……何の本を読んでいるんですか?」


「え?」


 図書館の中なので小さめの声で囁く。すると私の声に驚いたように彼は本から顔を上げた。

 

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