第4話 バイト先の彼に相談してみる

「へ?」


 相談していいか尋ねると、ポカンとして固まってしまった。

 彼から助けると言ったというのに、その反応は一体どういうことだろうか?もしかしたら相談というのはあまり親しくない間柄では少し重い話だったかもしれない。それで戸惑っているのだろうか?


「別に、ダメならいいです」


 相談はたまたまふと思いついただけ。少しだけ期待していたので落ち込んだけれど、別に困らせたいわけではない。なので提案を撤回しようとすると、慌てたように彼は動きだした。


「い、いえ、驚いていただけなんで。いいですよ!悩み聞きますよ!」


 あせあせと取り繕うようにフォローしてくるので、嫌ではないのだろう。とりあえず話してみることにした。


「……今日、知らない男の人に声をかけられて警戒したら、落とし物を渡すためだったんです。本当はその場で礼を言いたかったのですが、私呆気に取られてしまって……」


 今日の学校でのことを思い出す。あれは流石に酷すぎた。

 あの人なりに親切にしてくれたというのに、あんなに冷たくしてしまうなんて。せめて、礼くらいは返すべきだったのに、それすら呆気に取られて忘れてしまった。

 思い出せば出すほどに後悔が滲み出てくる。ちゃんと明日会って謝らないと。


「つまり、その人に礼を言いたいから探して欲しいとかですか?流石にそれは……」


 私の言葉に、うーん、と腕を組んで悩んでくれるが、私が考えていたことと少し違っていたので訂正する。


「いえ、同じ学校の人とということは分かっているので、自分で見つけるので大丈夫です。その人に明日お礼としてちょっとしたお菓子でも渡そうと思っているのですが、生憎男性の好みというのが分からないので、出来れば教えて欲しいです。異性に物を渡すといったことをあまりしたことがないので……」


 同じ学校の制服を着ていたので、下駄箱のところで待っていればいずれ出会えるだろう。せめて礼は言わなければ気が済まない。私の酷い対応について謝罪するためのきっかけにもなるし。


 何かお礼の品でも渡したいところだけれど、生憎と思いつかず困っていたのだ。女の子相手ならいくつか思いつく候補があるけれど、正直、男子相手に何を渡したらいいかなんて見当もつかない。たまたま彼が力になると言ってくれて、助かった。


「ああ、そういうことでしたか、なるほど」


 私の相談内容を理解したらしく納得したように頷くと、また腕を組んで少し考え込む。

 突然の相談にも関わらず真剣に悩んでくれて、本当にいい人だ。今の自分が地味な格好というのもあって、純粋に下心なく優しくしてくれているのが分かり、また少し彼を見直す。


 じっと考え込んでいたけれど、ふとこちらに目を向けるとゆっくりと口を開いた。


「まずは、あまり甘いものは避けた方がいいですね」


「甘いものはダメなのですか?」


 異性に贈り物をするなんて初めてなので全く知らなかったけれど、甘いものはダメならしい。チョコとかケーキとか絶対美味しいのに。危ない、知らずに渡してしまうところだった。


「いえ、甘いものがダメというわけではないですが、自分も含めて男子は甘すぎるものは苦手なので甘さが控えめなものがいいと思います」


「……なるほど」


 ああ、そういうこと。確かにそんな話は聞いたことがあるし、読んだ本の中の人たちの会話でも話していた気がする。

 あの人には失礼な態度を取ったわけだし、ここで失敗するわけにはいかない。せめて気分良く受け取ってもらえるような物を選ばないと。集中し直して真剣に彼の話に耳を傾ける。


「あとは、学校で渡すんですから、生ものは良くないですからケーキとかは避けた方がいいと思います。クッキーとかマドレーヌとか、あとは……カップケーキなんかもいいかもしれないですね」


 具体的にどういうのがいいかきちんと説明してくれる田中くん。色々分かりやすく教えてくれるので参考にしやすい。

 ケーキは生ものなので避けようと思っていたけれど、カップケーキなんて思いつかなかった。それなら日持ちもするし、甘さ控えめの品もあるだろう。

 そんな最適なものがスラスラと出てくるあたり、もしかしたら彼はそういう物を貰い慣れているのかもしれない。これだけ優しくて話しやすい人なのだ。容姿も整っているし、モテるというのも肯けた。


「そういう類ですか……分かりました。そのあたりでしたら、迷惑にならないですかね?」


「大丈夫です。絶対迷惑だとか、いらないなんては思いませんよ」


 やはり異性に贈り物をするのは初めてで、少し不安でつい尋ねてしまう。そんな私をじっと見つめてきて、優しく少し強めの口調でフォローしてくれる。

 背中を押すような力強い言葉だけれど、初めてというのはどうしても不安で、その気持ちは中々消えてくれない。


「そうですかね……」


 受け取ってもらえるだろうか?彼へのあの対応からすればそれすら怪しいところがあるので、思わず弱々しい声が漏れ出る。

 くよくよ悩んでいても仕方ないのでとりあえず明日贈る物を何にするか、田中くんの意見を参考にしながら考えることにした。

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