第2話 学校の彼との出会い
「玲奈、また明日ね!」
「うん、じゃあね」
バイト先に新人の彼が入ってからしばらく経ったある日、いつものようにクラスメイトの女子と別れの挨拶をして教室を出た。
やっと1人になることが出来て、ついため息が漏れ出る。
クラスメイトの女子達とはそれなりに上手く付き合っているつもりだが、気を遣っているせいもあって、1日一緒に過ごすと精神的な疲労が溜まってしまう。
別に彼女達のことが嫌いではないけど、なんというか自分の見た目や立場を利用している感じがしてどうにも親しくなろうという気分にはなれない。
自分の容姿が人並み以上に優れているのは自覚しているし、お母さんに「女の子なんだから可愛くいないと」言われてからは髪や肌の手入れはしっかりとやっているから自信もある。お母さん似のこの容姿は嫌いじゃないし、むしろ好き。
だけど、周りの人はそんな私の容姿しか見ようとしない。私の外側しか興味がないようなあの視線が苦手で親しくなろうとは思えなかった。その結果、親しい友人と呼べる人はおらず、それがより一層精神的疲労を加速させているのは自覚している。
男子に関しても同じかより顕著だ。みんな私の外見にしか興味を示さない。大して親しくもないというのに「好きだ」と言われたところで受け入れるはずもない。
告白してこないにしても、そういった下心を持って関わってこようとする人が多すぎる。というよりそういう人しか周りにおらず、私の中で男子への苦手意識というのはこの一年でどんどん強くなっていた。
特段好きな人なんていなかったし、男子と関わってクラスの女子に嫌われる方が大変なので、極力男子とは関わらないようにしている。そのせいもあってか、最近では直接話しかけられることは減った気がする。まあ、その分、遠巻きに見られることが増えたので一概に良かったとは言えないけれど。
こんな感じでなんとか無事平穏な生活は守れていた。
(気晴らしに本でも買おうかな)
廊下を歩きながらこの後のことを考える。
私は本が好き。煩わしい自分の周りの人間関係のことを忘れられるし、興味もない異性からの視線も気にせずにいられる。もちろん、そんなマイナス的な意味だけでなく、驚くような事件や感動するような物語に出会えるからという理由もある。
とにかく、自分にとって本はリフレッシュに必要不可欠なもの。今日も今日とて無事1日が終わり気分転換も兼ねて、新しい本でも買って帰ろうと思いながら下駄箱へ向かっていた時だった。
「少しいいか?」
低いけれどどこか耳に残る堅い声。下駄箱のところで1人の男子が声をかけてきた。一体誰なのか確認しようと、声のした方へ目を向ける。
黒縁のメガネをかけ、髪は決して整えているとはいえない具合のボサボサ感。覇気のないやる気の抜けたような雰囲気。
ただ、透き通るような綺麗な瞳だけは少し印象的だった。
一体どうしたのだろう?と一瞬思うが、すぐに理由を察する。こんなところで声をかけてくるなんて、一つしか理由は思いつかない。
おそらく告白だろう。これまで何度かこの場所で告白されたことがあったし多分間違いない。だけど、声をかけてきた彼のことは見たことがなく初めて見る顔だった。
せっかく本ことを考えて気分が盛り上がっていたのに最悪。また、一目惚れか、とうんざりしながら、せめて警戒していることだけでも伝えようと冷たく言い放つ。
「……なんですか?」
「ほら、これ多分お前の落とし物だ」
威嚇でもするように不快さを隠しもせず尋ねると、彼は予想外の言葉を返してきた。
めんどくさそうに顔をしかめながら、手に持っていたらしい手のひらサイズの本を押し付けてくる。
「え……」
「じゃあな」
驚き、戸惑い、つい押しつけられた本を受け取ってしまう。
何も言い返せないまま呆気に取られているうちに、スタスタと去っていってしまった。
茫然と彼の後ろ姿を見送り、受け取ったものに目を落とす。彼が渡してきたものは生徒手帳だった。パラパラと中を開けば私の顔写真があり、どうやらこれを届けに来てくれたのだと理解した。
やってしまった、と申し訳なくなる。わざわざ届けに来てくれたというのに、端から告白だと決めつけ嫌な態度を取ってしまった後悔が胸の内に広がる。
慌てて彼を追いかけようと靴を履く。そのまま急いで外へ出るが、あの見送った後ろ姿はない。もうあの人はいなくなってしまっていた。
どうしたらいいのだろう。
失礼なことをしてしまった、と罪悪感が心の中に漂い続ける。端から一目惚れと決めつけるなんて、私は一体何様だ。
あの、手帳を渡してきた時のめんどくさそうな険しい顔が思い浮かぶ。少なくともあの人は下心なく親切心で拾ってくれたのに。それを邪険に扱われたのだから、苛立つのも尤も。あんな仕打ちをしたなんて最低だ。お礼も言わないで。せめてお礼だけでもきちんと言わないと。
お礼と謝罪をしたくて何度も周りを見回すけれど彼の姿は見つからない。もう一度、手に残った手帳を眺めながら思わず、はぁ、と小さく息が漏れ出た。
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