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この時期の大学四年生というものは、総じて情緒が不安定である。
自分の将来に悩み迷い、答えがわからぬまま、それでも社会に出ていく為に、とにかく
動かなくてはならない。大量のエントリーシート。大量の履歴書。それらと格闘した努力
が一瞬で無に帰す、大量の不採用通知。それに落ち込んでいる暇はなく、履歴書に一緒に
添付する作品集作りに、大学四年間の集大成を見せなければならない卒業制作。
否応無しに時間に追われ、周りは就活も、卒制もうまく進めている気がして焦り、けれども自分は履歴書だけで落とされる。そのうち精神的にも肉体的にも疲弊し自信を失って
「え、俺って、どうなりたかったんだっけ?」と原点回帰し苦しむ。不のスパイラルだ。
いや、スパイラルなんてきれいなものじゃない。混沌だ。
そしてついには田舎に平屋でも借りて、クラスのみんなで自給自足の共同生活をしよう
か、などと現実味のない甘い妄想を抱くようになる。
そんな、 夢の話で盛り上がったりする。ちょうど今、その話題が持ち上がっていた。
「うちらって、夢追ってのバイト生活か、夢諦めての就職、その二択しかないんかな?」
「あー。もうええやん。クラスの奴ら募って田舎暮らししようや。男子は畑仕事。女子は
家事。そんで余った時間で好きな制作」。
「キャラリーも自分らで作って?」
「それいー」
俺が在籍する映像アート学科の教室だ。 前方には教卓、後方には窓。左右は一方がただの壁で、もう一方はビデオカメラや三脚、照明といった機材の保管棚になっている。
四回生ともなると、授業数が極端に減るため、真面目に登校してくる生徒は少ない。三
十四人分並んでいる机には、人も荷物もまばらだ。
クラスメイトの話に加わってもよかったが、滝川教授に散々けなされた後ではその気力もわかず、俺は重い気持ちで自席に荷物を置き、一番奥の窓際席に向かった。
「よぅ」
「…おう」
俺の挨拶に顔を上げて応じたのは、一人のんびり、漫画雑誌を読んでいた友人の吉沢だ。
隣に腰を下ろし、滝川教授の横暴について、 存分に愚痴を聞いてもらう。
「必修ちゃうんやろ? 欠席して落とせばええやん」
吉沢がもっともなことを言う。それが出来れば、毎週、批評という名の公開いじめに大
人しく耐えていたりしない。
「単位ギリギリなんだよ。造形基礎の大杉先生、学生の人気取りはせず、作品の出来でバ
ンバン落とすって有名だろ? いちおう保険はかけときたい」
節約の時代だ。単位も節約し、最低限の単位数で卒業したいという欲が裏目に出た。
「なんや、自業自得か」
他人事のように、いや実際他人事なのだが、吉沢が軽やかに笑い、窓の外に目を向けた。
「──お。牧村優香」
「え、どこ? どこ?」
俺は吉沢の横で、食い付くように身を乗り出す。 …いた。女友達数人と仲良さげに話
しながら、購買部のある建物から出てきた。
白いレースのミニスカートが、背景の山の緑に映えて眩しい。
写真表現論の授業の後、俺はそのまま教室に戻ってきたが、彼女は昼食を買っていたら
しい。右手に持つレジ袋がプラプラ揺れて邪魔をしたが、坂道を下る美女というのは目の
保養になるものだ。
「彼女、京都 NNK に受かったらしいで。来年の四月からアナウンサーの卵や」
俺は思わず彼女の生足から吉沢に視線を移す。
「マジ?……さすがミス丘美」
俺は視線を戻して牧村さんを追いかけ、窓枠が彼女を消したところで、何気なく吉沢に
問い掛けた。
「おまえは? ゲーム会社の面接、どうだった?」
「ああ、あれはアカン。揚違いもええとこ」
「そっか…。でも面接にこぎ着けるだけすげーよな。俺なんて、ほとんどエントリーシ
ートだけで落とされるんだぜ?」
日本男児は礼儀を重んじるものだ。相手に腹の傷を見せられれば、こちらも自分の傷を
さらしてみせる。名誉の負傷でも何でもない情けない傷跡だが、俺は恥じを感じるでもな
く、どこかホッとしている自分に気づいていた。
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