004 そして共犯者

 それからしばらく、つむぎは彼らと行動を共にしている。

 懐具合にはいささか余裕があるようで、「仕事」にはまだ駆り出されずにすんでいた。彼らがつむぎ抜きで「仕事」をしている気配もなかった。もっとも、サジナゲル曰く「化け物」の彼らだから、素人のつむぎに悟られず何らかの仕事をすることなど、造作もないのかもしれない。本当に何もしていないのか、彼らの気遣いの結果なのかはともかくとして、つむぎが怖い目に合うことは、いっそ驚くほどになかった。

 精々スコラが乱暴な口調の卑猥な冗談をぶつけてくるくらいで、それもバスクがいさめてくれるし、何日かしたらすっかり慣れて、不愉快ではあるが怖くはなくなった。いまとなっては言い返すことすらできる。

 加えてバスクに「仲良くしたいのでですます調を禁止します」と一方的に約束させられてしまったので、おっかなびっくりがまだ抜けきらないながらも、怖い連中にタメ口をきくという普通の女子高生にあるまじき状況となっている。

 なお、提案してきたバスクはいつでもだれにでもですます調である。もちろんつむぎにも。ちょっと納得がいかない。


 今晩の食事は作戦会議兼、レライエの快気祝いである。

 まず彼の名誉のために明言しておくと、酒場で盛大に吐き戻していたのも、始終体調が悪そうだったのも、痛飲によるものはなかった。

 彼はこのパーティにおける、諜報だったのだ。

 彼がよく働いたからこそバスクたちは、王族諸氏から引っ張れるだけの情報を引っ張れた。そしてつむぎを巻き込んで、共犯者に仕立て上げることができた。

 つまるところ、彼は魔法の行使が行き過ぎて身体を壊していたのである。

 なので酒場から宿に戻っても、相も変わらずぐったりとして、食事も満足に取れないありさまがしばらく続いた。

 何でも好きなものを頼んでいいというバスクに、「こんな貧弱な品書きから選べってのかよ」と軽口を叩くレライエは、顔色こそまだ本調子ではなさそうだったものの、初対面のときとはまるきりの別人だった。くだらないことについてもけらけらとよく笑い、一番とっつきやすくつむぎには感じられた。もっとも、スリの常習犯が本当にとっつきやすいかと言われれば大いなる疑問が残るのだが……。


 全員に料理と飲み物がいきわたると、お誕生席に陣取っていたバスクがごく簡単に、乾杯の音頭を取った。つむぎとしては自分のグラスだけ、ノンアルコールのミルクで埋まっているのがひどく場違いに感じられたが、仕方がない。そもそもお酒を飲みたいとも思わないつむぎは、素直にグラスの半分ほどをきゅうっと喉へ流し込んだ。

 乾杯が終わったとたんに、意味深な目くばせがバスクから、レライエへ。レライエはおどけて肩をすくめると、意外にまつ毛の長い目を伏せて、ぷちぷちと耳のピアスを外していく。左右合わせて6個のピアスはどれも形が違っていて、女の子向け小間物屋の店先みたいな様相を、野蛮な酒場のテーブルに呈した。ネックレスでそれを囲うと、即席の「陣」の出来上がりだ。


錯式参號サクシキサンゴウ


 レライエの声に応じて、陣が薄荷色に光る。酒場に大勢いるほかの客たちは見向きもしない。

 気づいていないのだ。

 突っ込んだ相談が必要な時、レライエはいつもこれを使った。すると勇者が国家がと大声で喋っても、誰も「気にしなく」なる。そういう魔法なのだそうだ。つむぎと顔を合わせて間もなく、ぐずぐずのときにも使っていたので心配になって安否確認をしたところ「陣があるからあんまり疲れない」とのことだった。


「なるべく早めに、国を出ようと思います」


 口火を切ったのはバスクである。


「あまり長いことつむぎが無事だと、怪しまれます。勇者と結託したと思われては追及も厳しくなるでしょうから、それを悟られる前になるべく遠くへ行きます。道中で、つむぎに仕事も教えます」


 仕事。

 ついに来てしまった。

 つむぎは喉をごくりと鳴らした。


「意見のある方はいますか」

「どれだけできるのか見てぇ」


 やや前のめりになって、スコラがつむぎをねめつける。


「勇者なんだろ? 強ぇんだよな? ちょっとやろうぜ……立てよ」

「そ、んな、えっと」


 派手に椅子を鳴らして立つスコラ。おそらくこれは殴り合いのお誘いなのだろうが、つむぎは物心ついてから殴り合いなどしたことがない。視線でバスクに助けを求めるも、彼は処置なし、と言った様子で目を伏せ、首を横に振った。

 おぼつかないながらも立ち上がるつむぎ。スコラはその怯えぶりを鼻で笑って、「殴れ」と言った。


「……え?」

「オレが殴ったら死ぬだろ。だから、オレを殴れ。蹴りでもいいぜ。ほらよ」

「いや、でも」

「女の拳ごときで怪我ぁしねーよ」


 もう1度、バスクに助けを求める。

 反応は同じである。

 こうなったらスコラは引かない、ということなのだろう。レライエも面白げにこちらを伺っている。

 これは逃げられない。


「い、いくよ」

 

 おっかなびっくりこぶしを固めて、足は肩幅。余裕綽々で構えもとらないスコラに、見よう見まねで、1発。

 ぱしんといい音を立てて、つむぎの拳はスコラの手のひらにすっぽり収まった。嫌な汗をかいているつむぎに対し、スコラはずいぶん機嫌をよくしている。


「意外と重てえじゃねえの。速いし。身体の使い方はなっちゃいねーが、なんぼかしごけばすぐ使いモンになりそうだな」

「どうも……」


 予想外の評価だった。これもサジナゲルいうところの「いきなり高レベル」のおかげだろう。ほっと一息ついている間もなく、追い打ち、ひとつ。


「んじゃ、攻守交替と行こうぜ。受けろたあ言わねえ。避けてみ」

「えっ」


 スコラがうれしげに構える。当たり前だがつむぎとは段違いの、ちゃんとした構えだ。スコラがその気になれば、堅そうな手甲つきの拳がすぐにでも飛んでくるに違いない。


「いちにのさんでいくからな」

「そんなこと言われても! 無理! できない!」

「できねぇ? やるんだよ……いち」


 その途端、首の後ろが粟立った。

 スコラに対してではない。

 もっと別の、何か危険なものが――。


「――ッ!!」


 振り返る。

 同時に、身体をわずかに右へ。

 耳に突き刺さる鋭い音。


「……ひゃははっ! 避けやがった!」


 未だ煙の立ち上る銃口をつむぎに向けたまま、レライエは悪びれもせず笑った。いい笑顔だった。

 それを見て始めて、つむぎは自分が「撃たれた」のだとわかった。さっきの音は、銃声か。撃たれて、自分が避けたのか。


「勇者ってマジ勇者なんだな~! 意識はスコラにいってて、壱號とはいえ隠密式かけて、『いち』で撃ったぜ? なんで気づいた? 気づいても避けられるかよフツー? ひょっとして人間じゃねーの? なぁなぁ、勇者ちゃんってばさぁ、そのへんどんなカンジ?」


 頭では、おおむね理解した。

 だが、気持ちも身体も追いつかない。

 銃弾を避けた格好のまま、つむぎは固まっていた。

 動いたのはバスクだった。

 見た目にそぐわない俊敏な動きで、まず彼はレライエの腕をひねりあげた。勿論銃を持っているほうだ。レライエは悲鳴を上げて銃を取り落とした。それでもなお、グローブのようなバスクの手がレライエの腕をぎりぎりと締め上げている。


「……レライエ、あなた、何したかわかっていますか?」

「っ、ぐ……離してくれよぉ……死なないところ狙ったし……っ、オレなら、すぐ治せるじゃんよぉ……!」

「そういう問題ではありません。『勇者と敵対する』に今のが当てはまったらどうしますか? それに、つむぎが避けそこなって変なところに当たったら、死んでいたかもしれないんですよ」

「ごめん……ごめんって……も、腕、いかれるから……離して……!!」

「あなたなら、すぐ治せますよね?」


 みしりと嫌な音がして、ひときわ甲高い悲鳴が上がった。「いかれた」のだろう。ようやく解放されたレライエはぐったりと椅子に身体を預け、せわしない呼吸を繰り返している。あの様子では、とてもすぐには治せないだろう。魔法の行使には本人の精神状態が重要らしいからだ。ちなみにこの顔ぶれで、回復式を扱えるのはレライエ1人である。


「さて、スコラ。レライエをそそのかしたのはあなたですか?」

「さぁな。どっちが言い出しっぺかなんて覚えてねーよ。面白そうだからやろうぜって、話がまとまったところしか記憶に無えな」

「つむぎとあなたで1発ずつ入れるくらいなら、練習試合のようなものでしたから『敵対』には入らなかったと思います。しかし、勇者をだまして不意打ちするなんて……」

「嘘は言ってねえよ。攻守交替って言って、避けろって言ったのはオレだ。だがオレが殴るとは言って無えし、オレ以外の奴が何もしないとも言って無え」

「ひどい理屈ですね」

「おおっと、オレは腕がいかれたくらいじゃ反省しねーぜ」

「よくわかっていますから、あなたの腕は不問に処しましょう。今後、あまりつむぎを怖がらせてはいけませんよ」

「忘れるまでは、覚えてるぜ」

「全く……」


 今までの比ではないほど怖い顔のバスクは、つむぎに向き直ると、あの不器用な「鰐の威嚇」で敵意のなさを示した。無表情よりかえって怖いのは、黙っていようと思うつむぎだった。

 バスクはいまだ固まったままのつむぎの手を取り、椅子をすすめた。呪縛が解けたように彼女の身体は動き出し、すとん、と椅子に収まる。


「怖い思いをさせて、御免なさい」

「でも、バスクは悪くないし」

「監督不行き届き、というやつです。こんなですが、つむぎはまだわたしたちと、共犯者をしてくれますか?」

「……うん。それしかないと、思う……」

「わかりました。できればいつか、わたしたちと共犯者でよかったと、思っていただきたいものです。手荒な歓迎で御免なさい、つむぎ。どうぞ、今後ともよろしく」

「よろしく。……それに、一緒にいたらそのうち、もっと怖い目に遭うんでしょう?」

「遭いますが、さすがにそんなときには仲間に銃口を向けたりしませんよ。ね、レライエ」


 脂汗でてらてらになった顔を引きつらせつつ、レライエがこくこくと頷く。まだ回復式には入っていないようだ。彼の腕は、激痛を発していることだろう。


「だまし討ちだってしません。一緒に戦って、必要とあらばあなたを守ります。ね、スコラ」

「おうよ」


 こちらは涼しい顔である。悪いことをしたとはつゆほども思っていない顔だ。


「ほかに、不安なところはありますか? 何でも聞いてください。……ああ、でも、急すぎて何が不安なのかわからないです? とにかく、わからないことがあったらすぐに聞いてください。お約束したとおり、この世界でのあなたの困りごと、相談に乗るのもわたしの仕事ですから」

「じゃあ、質問を」

「なんなりと」

「仕事って……わたし、何するの?」


 これにはバスクが破顔した。微笑に比べて、こっちは恐ろしいなりにもそれなりに笑顔だ。


「いきなり殺せと言われても困りますよね」

「……うん」

「ですよねえ。ではまずは……ばらすところから始めてもらいましょうか」

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