幸せの黄色い紡錘  作・網代陸

新見真子にいみまこは、泣きながらオムライスを食べていた。


 他の客がいるにも関わらず、昼下がりのレストランの中で彼女は、オムライスを食しながら嗚咽を漏らしていたのだ。


 そして、彼女が泣いているという事実は、私にとってあまり都合の良いものではなかった。何故ならば、新見真子という人間を笑顔にさせることが、私にとっての仕事であり、使命であるからだ。


 遅ればせながら自己紹介をさせていただく。


 私の名前はミニ・モーク。新見真子の守護天使である。




 彼女が産声を上げた瞬間から、私は彼女を見守っている。ただし、彼女自身は私のことを知覚できないのだが。


 まあ私についての情報はさておき、諸君が気になっているのは、一体どうして彼女が泣きながらオムライスを食べているか、という疑問についての答えだろう。だが、私からそれを今すぐ簡潔に説明しようとすることは、少し難しい。


何しろ、その理由については、新見真子本人ですらよく分かっていないのだ。


この不可解な状況を諸君に理解していただくためには、新見真子のこれまでの不幸に満ちた人生を、ともに振り返っていくことが必要不可欠となるだろう。


私は極めて無能な守護天使であるが、これまで誰よりも彼女の傍にいた存在であることは確かだ。ずっと見守ってきた彼女についての話を、どうかさせてほしい。




 さて、新見真子の人生を回顧するにあたっては、まず彼女が生まれ落ちた家庭環境のことから話を始めるのが、もっとも適切な方法であると言えるだろう。




 ***




「ああ、そう」


 新見真子の両親は、ともにそれが家庭内での口癖であった。


彼らは決して悪人ではなかった。それぞれがしっかりとした職に就き、借金や犯罪に手を染めることなどもなかった。ただ彼らには、娘に対する愛情と興味だけが、どうしようもなく欠けていたのだった。


育児を放棄していたわけではない。新見真子は満足に食事を取り、十分な衣服と睡眠時間を与えられた。だけど彼女には、両親から絵本の読み聞かせをしてもらったり、真剣に叱られたりした経験はまったく無かった。


彼女ははじめ、それを気にしていなかった。というより、気にしようがなかった。他の子供がどのように育つかを知らなかったので、比べようがなかった。自分の置かれた環境が当たり前のものだと思っていた。


新見真子が人生で初めて絶望を覚えたのは、小学一年生の二月十日のことだった。


 その日は、彼女の誕生日だった。


 小学校に入ってようやく他の子供と触れ合う機会を得た彼女は、自らの誕生日を祝ってもらえる文化が世の中に存在することを知った。


 周りの子供がそうなのだから、自分もきっとそうだろう、と思った。お父さんとお母さんにプレゼントをもらい、「おめでとう」と言って抱きしめてもらえる。そう期待した。


 しかし、結果は違った。


「今日は何の日か知ってる?」


 満面の笑みで尋ねた新見真子に対してその両親は、揃って首を傾げた。


「私のお誕生日だよ!」


 彼女のそれまでの人生で出した一番大きな声は、三人のいるリビングに、虚しく響きわったった。


「ああ、そう」


 いつも耳にしていたはずのその言葉が、しかしいつもより鋭く深く新見真子の胸に刺さった。


彼女は戸惑い、震え、そして悲しんだ。


リビングから出て自室の机に突っ伏した彼女は、自分の中に初めて生まれた絶望と闘おうとしていた。しかし結局、彼女はその絶望に飲み込まれるようにして、眠った。


私は新見真子の守護天使であるにもかかわらず、その悲劇から彼女を守ることができなかった。


守護天使は生物に触れることができず、彼らの心や行動に対しても直接干渉することができない。つまり彼女の両親の態度を変えることは不可能だった。これは避けられない事態だったのだ。


私は、嘘でもいいから彼女に愛情を感じてほしくて、椅子に座ったままの彼女の背中に、ベッドの上にあった毛布をそっとかぶせた。


だけどそんな私の思いも虚しく、次の朝目を覚ましたその瞬間から、彼女は両親に対して期待をすること、そして彼らを愛することを、止めた。




 ***




 二度目の絶望は、新見真子が小学五年生のときに訪れた。


 その最初のきっかけは、とある日の帰り道だった。


両親との一件以来、他人に対して心を閉ざすようになった新見真子には友達がおらず、その日もまっすぐに帰宅している最中だった。


 歩道を歩いていた彼女のもとに、一台の自家用車がスピードを上げながら接近していた。その運転手はどういった事情からか知らないが、意識が朦朧としており、その瞬間まともなハンドル操作ができずにいた。


 頭が真っ白になって動けなくなっていた彼女の腕を、何者かが掴んだ。


「おい避けろ!」


 そんな声とともに彼は新見真子の腕を強く引っ張った。二人はその場に倒れ込み、衝突を免れた。


一連の出来事を目撃した人はおらず、あわや衝突事故を起こしかけた自家用車は、そのまま我に返ったように、ふらふらと蛇行しながら去っていった。


目の前にいるという少年は、新見真子のクラスメイトであり、彼女は起き上がってからしばらくしてその事に気がついた。


「すりむいてるじゃん。俺の家近いから、絆創膏貼ってやるよ」


「う、うん」


 新見真子はたどたどしく返事をした。吊り橋効果のようなものに加え、自分のことを気にかけ助けてくれる人物に初めて出会ったことで、彼女の胸は少なからず高鳴っていたのだ。


 ちなみに本当の意味で彼女を助けたのは、突っ込んでくる自家用車のハンドルを間一髪で操作した、守護天使であるところの私ミニ・モークだったのだが、この際そんなことはどうでもいいのである。


 その日から新見真子と綿貫英治は、周囲に内緒で交流を深めていった。それは恋愛と呼ぶにはあまりに幼く、友情と呼ぶには少しぎこちないものだったが、少なくとも新見真子の方はそれを、何よりも大切な絆だと思っていた。




 そしてそれは、実際に素晴らしい絆だった。


 どうして私がそう言い切れるかというと、私の目に、綿貫英治の守護天使ジャワ・イエティの姿が映っていたからだ。


 私たち守護天使は基本的に互いの姿を認識できず、会話をすることもできない。ただし、守護対象である人間どうしが、互いを特別に想い合っていた場合は例外で、それぞれの守護天使が交流することが可能となる。


「綿貫英治には父親がいない。仲良くしてやってくれ」


「新見真子も、愛情を求めてる。こちらこそよろしく頼む」


 他の守護天使と話すのは、はじめてだった。新見真子だけでなく、私にも友達ができたようで嬉しかった。




 新見真子にとって人生の最も幸福な記憶は、綿貫英治の誕生日に起きた出来事だった。


「これ、あげる」


 綿貫英治への誕生日プレゼントとして彼女が選んだのは、チューリップの花束だった。


学校の教材費が必要だと母に嘘をついた新見真子は、「ああ、そう」という言葉と一緒に、花束を購入するためのお金を受け取ったのだった。


「ありがとう、すごく綺麗」


 綿貫英治の笑顔を見た瞬間に、新見真子はとても幸福な気分に包まれた。自分の存在と行動が、誰かを喜ばせることができた。そして新見真子も笑顔になり、守護天使である私とジャワ・イエティもかつてない喜びを味わった。


「俺もお返しする」


 その言葉に、彼女は少しだけ戸惑った。プレゼントをもらえると期待することに関しては、まだトラウマが残ったままだったからだ。


「明日にでも渡すよ。何が欲しい?」


 綿貫英治のまっすぐな眼差しに、自分も応えたいと新見真子は思った。


「タンポポがいい」と新見真子は返答した。


周囲に何もないアスファルトや草むらで確かに存在感を放つあの黄金色の花が、彼女は好きだったし、憧れていたのだ。


「分かった。明日ね」


 そんな約束をして新見真子は彼と別れた。私とジャワ・イエティも互いに目配せをしあった。


しかしその翌日、綿貫英治は姿を現さなかった。


 学校に来ていない彼を心配した彼女が綿貫英治の家を訪れると、そこは既に空き家となっていた。


 そのいわゆる夜逃げは、綿貫英治には知らされていなかったらしかった。それは彼の守護天使が私にそう告げなかったことからも明らかだ。


だから、彼には約束を反故にするつもりは無かったようだったが、そんなことは新見真子にとってはあまり重要ではなかった。


 唯一信頼し、愛する人が何も言わずに目の前からいなくなってしまった。結局自分は、誰からも愛されることがなく、誰からも必要とされず、皆に忘れられて生きていくのだ。彼女はそう感じた。


 その日の夜、私は、泣き疲れて眠った新見真子の枕元にタンポポの花を置こうとした。けれど結局、置くのを止めた。


 不審がられる可能性の方が大きいと思ったし、何より嘘の愛情で誤魔化そうとするのは、既に前回失敗していた。


 こうして、彼女に二度目の絶望が訪れた際にも、私は圧倒的に無力だったのである。




 ***




 三度目と四度目の絶望は、ほとんど同時にやってきた。


 友人や恋人とはまったく縁のない学生時代を過ごした彼女は、そのまま社会人となった。もちろん私が他の守護天使と交流を持つこともなかった。


派遣会社に勤めることとなった彼女は、内向的で人を信頼しようとしないその性格のせいで苦労することとなった。


周囲に馴染もうとせず、孤立の姿勢を貫こうとする新見真子に対して周りの社員はきつく当たった。それだけならまだしも、わざと彼女に情報を与えないなど、仕事に支障が出るような嫌がらせが横行してしまっており、流石の新見真子も、悔しさを感じていた。


そんな彼女に救いの手を差し伸べたのが、同じ派遣社員であるであった。


「なんか、かっこいいね。いや、別に嫌味とかじゃなくて」


 それが、花山祥子が最初に新見真子に対して放った言葉だった。新見真子が社内で孤立していることに言及したのだろう。


 はじめ新見真子は当然のようにその言葉を無視した。彼女は独りでいることを愛しているわけでは決してなく、過去の体験が無理やり彼女を独りにさせていた。だから花山祥子の物言いに腹が立ったのだ。


「私も混ぜてよ」


 新見真子はそんな花山祥子の提案を無視した。彼女を「混ぜ」たら、一人が二人になる。一足す一は二。簡単で普遍的な式だけれど、新見真子にとってはもっとも受け入れがたい計算だった。


 しかし、花山祥子は諦めが悪い女性だった。


 昼休みのたびに、彼女は新見真子に近づいては声をかけ続けた。そんな日々が一か月続き、そして最終的には新見真子が根負けする形となった。


 話をするようになる前に、既にうすうす勘付いてはいたのだが、花山祥子は、新見真子と私が目にしてきた中でも類を見ないほど図々しい人間だった。


 けれど、他人との関わりを持たない青春時代を過ごした新見真子にとっては、まったく遠慮をせずに心へ踏み込んでくるその図々しさが、むしろ丁度よかったのだ。


「私、人を信頼できなくて……」


 次第に新見真子も、そんな風に自分の性格や過去の体験について話すようになっていった。綿貫英治のときにも感じた、人と繋がることの喜びを、彼女は思い出しつつあったのだ。




 そして同時期に新見真子は、また別の人物とも関わりを持つようになる。


 は、会社の取引先の社員として、新見真子と知り合った。爽やかな見た目の彼に対し、新見真子は悪い印象を抱かなかった。ちなみに、初対面の人を怪しまない、というだけで彼女にしては珍しいことだった。


 秋本太一は仕事の関係で、何度も新見真子の派遣先の会社を訪れ、顔を合わせたら会釈を交わす程度の関係性を彼女と築いていた。


 ある日、花山祥子と新見真子が二人でいるところへ、秋本太一が話しかけてきた。


「やあ」


 新見真子は、花山祥子の方をちらりと見た。彼女の目は、「勇気を出して返事をしろ」と訴えかけているように思えた。


「は、はい。何ですか」


 彼女の心臓は素早く脈打っていて、自分の声が上ずったことを気にする余裕もなかった。


「あの、よかったら連絡先、交換しません?」


 それから先のことは、新見真子の記憶にはあまり残っていなかった。私は、焦り慌てたまま携帯電話を操作する彼女の姿を、ただ見守っていた。




 秋本太一から初めて連絡が来たのは、それから二日後のことだった。


『今日、夕食一緒にどうですか?』


 会社から帰るとき、急いでお洒落な下着と洋服、そしてアクセサリーを買い揃えた。数週間前の新見真子からすれば、考えられないことだった。花山祥子との出会いが、人を信じられなかった彼女を変えていっているのを、私は感じていた。


 都心にある高級レストランで食事をしたあと、秋本太一は彼女をホテルへと連れていった。


「愛してる」


 秋本太一が囁いたその言葉に、新見真子の心は弾んだ。それは、人生を通して彼女が最も欲しがっていた言葉だったからだ。


「愛してます」


 同じ言葉を彼女も返した。彼女は、秋本太一と激しく抱き合った。まるで、今まで彼女の人生に足りなかった愛を取り戻そうとするかのように。




 事が終わり、秋本太一がシャワーを浴びている間、新見真子はベッドの上でまどろんでいた。しかし、ポン、という携帯の通知音で彼女は目を覚ました。


 見てみると、秋本太一の携帯の画面が光っていた。そしてその画面を、新見真子は思わず二度見した。


『花山祥子』


 通知に記されていたのは、よく知る人物の名前だった。パスワードが解除された状態になっていたその携帯を、彼女は恐る恐る開く。


 親密なやり取りが、そこにはあった。どうみても、ただの友人関係以上のものだった。彼女は震える手で、秋本太一と花山祥子のチャットを閲覧していく。そして、やり取りの最後、花山祥子のメッセージにはこう記されていた。


『あの子、可哀そうな子だから、適当に遊んであげて』


 涙すら出なかった。彼女は何も言わず、足早にホテルを去った。


 これが彼女の三番目と四番目の絶望だ。




 私には分かっていた。秋本太一が真剣に彼女を愛していなかったことも、花山祥子が彼女の気持ちを大事にしていなかったことも。


 なぜなら、彼らの守護天使の姿が、私には見えていなかったから。


 どうせいずれはこんな風になると分かっていた。だから私は秋本太一の携帯をわざとベッドの上に置いてパスワードを解除した。


私自身にとっても、辛い決断だった。残酷な現実を、なるべく早い段階で新見真子に突き付けるためには、他に仕方がなかった。




 ***




 さて諸君。


 物語はいよいよ終局に突入しようとしている。彼女が泣きながらオムライスを食べていた冒頭の場面は、花山祥子と秋本太一の裏切りを受けた、その次の日の出来事だ。




 そしてここからは折角なので少しの間、私の守護天使としての権限と能力を用い、「新見真子本人の視点」から、物語を続けさせていただくとしよう。




 ***




「忘れ物、ですか?」


 午前十時。わたしのもとに、昨日訪れたレストランから電話があった。


 最初は会社からの連絡かと思った。花山さんや秋本さんに会いたくなくて、無断で休んでしまったからだ。だけどそれは杞憂だった。


どうやらレストランに免許証を落としていたらしく、できれば取りに来てほしいとのことだった。昨日は財布を開いていないはずなのに、免許証を落としていたことは不思議だったが、実際に免許証を探してみると確かに無かったので、取りに行くしかなかった。


 わたしは出かける準備を始めた。はじめは面倒くさいと思ったけれど、何かやることがあると気が紛れてむしろ良かった。




 レストランに着くと、免許証を返してもらえた。すぐに帰ろうとすると、免許証を手渡したウェイターがわたしのことを呼び止めた。


「お客様、昼食は食べられましたか?」


「い、いえ、まだですけど……」


「でしたら、ぜひこちらで食べていかれてください。お代は結構ですので」


「え、それってどういう……?」


「当店のシェフが、ぜひあなたに食べてほしい料理があるそうで」


 怪しく思った。けれど、流石にこんな高級レストランで詐欺まがいのことが行われるわけがないか、と思ったし、それに昨日の一件で、もう全部どうにでもなれ、という気持ちになってもいたので、わたしはその言葉に甘えることにした。


「本日は、オムライスを提供させていただきます」


 そう告げて、ウェイターはテーブルから去った。どんなオムライスなのか知りたくてメニューを見たけれど、それらしき料理はどこにも記されていなかった。


 料理を待っている間は、とても苦痛だった。何もすることが無くて、どうしても昨日のことを思い出さざるをえなかったからだ。


他人に裏切られるのは慣れていた。


でも、その人たちのことをまだ信じていたい気持ちが心のどこかには確かに存在していて、だからこそ、こんなにも辛かった。


 心は痛み続ける。だけど、涙は流れてこない。


「お待たせいたしました」


 しばらくすると、オムライスが運ばれてきた。


 美味しそうだ、と思った。自分でも不思議なくらいに。こんなに痛くて苦しいのに、どうして、たかがオムライスごときで、私の心は弾んでしまうのだろうか。


黄金色をしたふわふわの卵が、確かな存在感を皿の上で放っている。ウェイターがナイフで切れ込みを入れると、宝石を溶かしたような輝きを持つ黄身が、トロトロと溢れてきた。


 スプーンですくって、それを口へ運ぶ。


「美味しい……」


 思わず呟いていた。


塩味の効いたチキンライスを、濃厚な甘みを持った半熟の黄身が包み込んで、やがてそれらが一つの優しい旨味となり、私の心の中に溶け出していく。


どうしてだろう。昨日の今日でこんなに絶望しきっているはずなのに、なぜか嬉しくてたまらなくなる。このオムライスが、自分を認めて、そして自分を愛してくれているような、そんな幸福感と、ある種の懐かしさとがわたしの全身を包み込む。


気がつくと、涙が溢れて止まらなかった。だけど、どうしてなのかは分からなかった。ただ愛を求めて、わたしは、一心不乱にそのオムライスを食べ続けた。




 ***




 再び私、新見真子の守護天使ミニ・モークである。今から少しばかりの「解説」と私なりの「予想」とを付け加えることで、物語に幕を引かせていただこうと思う。




 昨夜のことだ。新見真子が秋本太一に連れられて訪れた高級レストランの中で、私は驚愕した。


何故かというと、私がそこで、目撃したからだ。綿貫英治の守護天使ジャワ・イエティの姿を。


私がこれまでの生涯で唯一交流を持つことのできたその守護天使は、厨房からホールへやってきた際に、私の存在に気がついた。そしてジャワ・イエティはほんの少しの間だけ、綿貫英治の守護という職務を放棄して、私のもとに話しかけに来てくれた。


「また会えると思っていなかった!」


「私もさ!」


 彼の話によると、綿貫英治はその高級レストランで、シェフとして働いているということだった。そしてジャワ・イエティはこう続ける。


「あのとき、何も言わずに去ってしまった。綿貫英治も、とても気に病んでいた。今だって、心残りなんだ。約束を果たせずに……」


 私たちの利害は、完全に一致していた。彼らを再び出会わせることが、自分たちの使命を果たすためには必要不可欠だ、ということを二人ともが理解していたのだ。


 新見真子は秋本太一と会話を繋げることに必死だったし、綿貫英治は仕事で忙しかったので、そのとき彼らは互いが同じ店の中にいることに気がついていなかった。


 


だから私たちは、行動を起こした。


 まず私が、新見真子の免許証を彼女の財布から抜き取って、それを誰にも見つからぬよう、店内の観葉植物の陰に隠した。


そして閉店後、ジャワ・イエティが免許証を移動させ、店の後片付けをしていた綿貫英治に見つけさせた。


 単純な計画だったが、だからこそ上手くいった。




 綿貫英治は免許証の名前を見るや否や、すぐにそれが自分の思い出の少女と同一人物であることに気がついたらしい。翌日すぐにウェイターに電話をさせ、彼女を店に呼び出した。


 そして彼はとある思惑のもと、新見真子にオムライスを作ってあげることを計画した。料理長に事情を話し、メニューには存在しないオムライスを、彼は作った。


 ジャワ・イエティが言うには、そのオムライスを作っているときの綿貫英治の手つきは、彼の今までの人生で最も優しく、愛のこもったものだったらしい。




 ***




 さて、ここまでが私の「解説」であり、そこから先は、新見真子が語ってくれたとおりであるのだが、今から少しだけ話すのは、私の経験に基づく「予想」である。




 オムライスを食べ終わって、溢れ出した涙を拭いている新見真子のもとへ、綿貫英治が歩み寄る。


 何が何やら分からないでいる新見真子に、綿貫英治が、自分がそのオムライスを作ったことと、そして自らの名前とを告げる。


 そして、驚き戸惑う彼女に、綿貫英治はきっと、さらにこう付け加えるのだ。


「卵、半熟で美味しかったでしょう? ナイフを入れるとトロッと広がるああいったタイプのオムライスのことを、俗に、『たんぽぽオムライス』って呼ぶんですよ」

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九州大学文藝部 新入生号 九大文芸部 @kyudai-bungei

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