スリー  作・蜂蜜飴

妻は、今年は誕生日プレゼントを要らないと言った。去年の誕生日が豪華だったから今年はしなくていいよって言う妻を愛おしいと思ったが、日頃の感謝を伝えたいと思った。恋愛経験が少ないまま結婚した僕は、どうしていいかわからず同僚に相談した。美容関係の必要だけどお金がかかるものに出してあげなさいというアドバイスをそのまま実践することにした。結婚して二年にもなるのに、妻の誕生日プレゼントすら一人で決められないことを知られたら幻滅されるかもしれないなんて考えながら、妻に手紙を書いた。内容は日頃から感謝していること、プレゼントは美容院やエステに行って普段はできないような贅沢をしてきてほしいこと、君と結婚ができてとても幸せに思っていることを書いた。誕生日にプチ贅沢しかさせてあげられない代わりに、手紙には正直な気持ちをありのまま書いた。

その日は梅雨が明けたにも関わらず雨が降っていた。折り畳み傘では裾を守れなかったことで少しだけ憂鬱な気分になりながら家に帰ると、妻が髪を切っていた。もともと綺麗な黒髪のロングヘアだった妻はいわゆるボブヘアーになっていた。突然の妻の変化と自分自身の中で芽生えた感情に戸惑い、何も言えないでいると

「似合ってる? かわいくなったでしょ?」と聞いてきた。それに対してとっさに

「うん、似合ってるよ。かわいくなったね」と返した。それからいつものようにお風呂とご飯どっちを先にとるかを聞かれ、頭の中を整理したくてお風呂を選んだ。

湯船につかりながら、自分の中に芽生えた感情がなんというものなのかを考えた。妻のことをかわいくないと思ったわけじゃない。ロングヘアの妻の方が魅力的だったというだけだ。自分が勝手にトリートメントや美肌エステに使ってほしいと思っていただけでカットに使った妻は何にも悪くない。むしろ、カットに使わなきゃいけないと思い込んでいた可能性もあるんじゃないか。そう頭で思おうとしたが、心が受け付けてくれなかった。僕が妻のロングヘアが好きだと知っているはずじゃないか。もう僕に対して好かれていたいという感情がなくなったのか。もしかして外で男をつくっていてその男に振られたのか。そんなことまで考えてから、このまま一人で考えていてもよくない方向にもっていってしまうと思い風呂を出た。

ご飯を食べながら気持ちが沈んでいる僕とは対照的に妻は機嫌がよさそうだった。

「今日ね、トリートメントとパーマをあてるつもりだったんだけどね、美容師さんにね、夫がプレゼントしてくれたから夫の為に綺麗になってドキドキさせたいんですって言ったらね、思い切ってカットしてみたら旦那さんがもっとドキドキしてくれるんじゃないかって言われたからね、迷ったけど切っちゃったの」と妻が言った。話を区切らずに「ね、」でつなぐのは機嫌がいい時の妻の癖で、さっきまで妻を疑っていた自分を恥じた。

「すごくドキドキしたよ」と言いながら今日は結婚してから初めて妻に嘘をついてしまったなと思った。

「ほんと?よかった。思い切った甲斐があった。でもここからまた伸ばすの大変だな」と妻は言った。僕は驚いて、

「伸ばしてくれるの?」と聞いてしまった。それを聞いた妻が

「だって私の旦那さんは、伸ばしてくれるのって聞いてくれる人だから」と言った。いたずらっぽく笑う妻を見て、今の髪型も似合っててかわいいよ、と最後にもう一度だけ嘘をついた。

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