Last Day of June

 Amazon Gamesで期間限定で無料配布していた"Last of June"をプレイ。


 交通事故で妻を亡くした主人公が、時間を巻き戻してやり直すことで、その運命を変えようとするゲーム。若干のパズル要素を含んでいるものの、基本的にはキャラクターを動かしてストーリーを追うことがメインで、ゲーム要素はあまりない。


 テキストの日本語訳はされているが、キャラクターは「んー?」とか言うだけで言葉にはなっていない。何と言っているかはプレイヤーが想像することになる。



 このゲームは、Steven Wilson(Porcupine Treeの中心人物。知っている人ならこの名前だけでゲームの内容が想像できるだろう)の"Drive Home"のMVが基になっている。基になっているだけでなく、MVのシナリオやアニメーションを担当したJess Copeからアドバイスを受けたり、Steven Wilsonが楽曲を提供したりしている。つまり、公認の二次創作ということ。


 このゲーム単独だと、正直言って凡作だと言わざるを得ない内容だと私は思うが、"Drive Home"のMVの二次創作ということなら話は変わってくる。

 このMVはYouTubeのSteven Wilsonのチャンネルで観ることができるので、プレイする前に観ておくといい。



 やり直しの方法は、4人の村の住人を操作して行動を変える、というもの。ただし、操作できるのは1回につき1人で、操作するキャラクターを変えるには一旦1日を終えなければならない。

 また、最初から4人を操作できるわけではなく、1人ずつ解禁していくことになる。


 この仕様には問題がある。2人の行動を変えないと失敗するとわかっていても、まずは1人の行動だけ変えて1日を終え、わかりきっている失敗シーンを観なければならない。シーンはスキップできず、何が起きるかわかっているものをいちいち観なければならない。

 この面倒くさい仕様はフラッシュバックの再現だが、うまく行っているとはいい難い。プレイヤーをストーリーに没入させるには、面倒くさいと思わせてはいけない。「これじゃダメだとわかっているけど、仕様上観ないといけないんだよな。さっき観たシーンだよな。面倒だよな」と思わせてはダメなのである。



 このゲームには重大な不具合がある。セーブデータが破損してゲームが起動しなくなることがある。このゲームはオートセーブなのだが、チェックポイントがわかり辛く、変なタイミングでゲームを終了するとセーブデータが壊れるらしい。

 こうなった場合、セーブデータを削除すれば直るが、当然最初からやり直しになる。ゲームボリュームは3時間程度なのでそれほど痛くはないが、またあの長いムービーを観なきゃならんのかと思うと憂鬱になる。


 セーブデータのアドレスは以下の通り。


%USERPROFILE%\AppData\LocalLow\Ovosonico\Last Day of June\



 とりあえず"Drive Home"のMVを観て、気に入ったならプレイする価値はあると思う。このゲーム単独だと正直凡作と言わざるを得ないが、"Drive Home"のMVを基にしたゲームということなら悪くない。


 Steven WilsonやPorcupine Treeのファンなら絶対プレイしよう。そして鬱ゲーに浸るのだ。


 以下はネタバレあり。



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 本作が物足りなく感じるのは、歴史改変タイムリープゲームなのに、プレイヤーの意志を反映できないところ。分岐もないしマルチエンディングでもない。さんざんストーリーに付き合った結果、「やっぱり、どうあがいても妻は救えませんでした。おしまい」で終わってしまうことに、バカバカしさを感じるからである。「プレイヤーがやってきたことは全部無駄でした、残念だったねバーカ」と言われているようで、どうも気に入らない。


 しかし、これが"Drive Home"の二次創作だとわかれば、このゲームの意図がよく分かる。このゲームはそもそも歴史改変タイムリープゲームではないのである。一本道ストーリーなのは当然。

 なぜなら"Drive"Home"は、自分が起こした交通事故で妻を亡くした事実から目を逸らそうとした男が、真実と向き合う内容となっているからである。最初から起きた事実は変えられない世界観なのである。


 だいたい、鬱ソングばかり書くSteven Wilsonの世界で、ハッピーな展開などあるはずかない。私は元ネタがSteven Wilsonの曲と知った瞬間に全てを悟った。

 テーマ曲を聴いた時に「なんか聞いたことあるな」と思っていたら、エンディングのスタッフスクロールで"Routine"のアレンジだと知ったときの驚き。インストになっていたから気づかなかった。

 なお、"Routine"にもMVがある。これも観ておくと、「ああ、なるほどね」と納得するだろう。このMVからオマージュされているシーンもある。


 これ以外の曲も、ほとんどは彼の既存曲のインストアレンジらしい。"The Raven That Refused To Sing"はすぐわかったが(もっとも、最初は「似てるな」と思っただけだったが。スタッフスクロールを見て「まさか本物?」と、アルバムを引っ張り出して聞いたらまんまだった)、なにしろ彼はかなり多くの楽曲を発表しているので、さすがに私も全部は知らない。



 本作は、最初は"Drive Home"のMVとそっくりの展開で話が進む。湖からの帰りに主人公は交通事故を起こし、妻を亡くす。

 MVでは、交通事故の記憶がなく、突然妻がいなくなってしまったと認識した主人公は妻宛の手紙を書くわけだが、こちらの主人公は、交通事故を起こしたことは認識しており、妻を救うために交通事故を「なかったこと」にしようとする。


 それで、道路に飛び出してくる男の子を飛び出さないようにしたら、今度は友人がトラックを運転して対向車線を走っており、荷物を道路に落としてしまう。

 その荷物が落ちないようにしたら、今度はハンターが崖から岩を道路に落としてしまう。


 その全てを「なかったこと」にしたら、今度は単独事故を起こしてしまう。そもそも湖に行かなかったことにしようとするが、それもうまくいかない。


 どうしても交通事故を「なかったこと」にできないことに絶望する主人公。そのとき、妻の部屋で妻がいつも持ち歩いていたスケッチ帳を見つける。そこには、今まで主人公がやってきた「事故をなかったことにしよう」としてきた過程が全て描かれていたのである。


 そこで主人公は悟る。事故で亡くなったのは自分だということを。今までやってきたことは、妻の命を救うことではなくて、妻を罪悪感から救うためのことだったわけである。



 これは、"Drive Home"の歌詞そのまま。"Drive Home"には「頭の中からがらくたを全部捨て、真実と向き合う」というくだりがあるが、このゲームは歴史を改変するゲームではなく、妻が作り出したウソをひとつずつ消して、真実と向き合うゲームだった、ということ。そして暴かれた真実を、主人公は許す。

 "Drive Home"は事故を起こした側の苦悩を描いた歌詞だが、"Last Day of June"はそれを許す側の物語だった、ということ。


 MVでは「真実と向き合う」とき、主人公はもう一人の自分を見る。つまり、本当の自分、事故を起こしたことを忘れようと、湖に妻の遺品を投げ捨てる自分である。

 一方、"Last Day of June"では、MVの主人公の立場にいる妻を見る。この辺は、MVを観ていないと効いてこないかもしれない。妻の苦悩は、MVを観ていればわかるが、本作で描かれているわけではないから、単体として見ると効果の薄いシーンとなってしまう。



 この作品では、妻が主人公に渡そうとしているプレゼントが思わせぶりに出てくるが、中身が何かは結局わからない。2周して確認したが、どうやら確定できる情報はない。ただ、いくつか推測することはできる。


 ひとつは、赤ちゃん用の何か。つまり、妻が妊娠していることがわかる品。赤ちゃん用の何かをじいさんが用意するのはどうなのか、という疑問はあるが。


 次に、時計。プレゼントを用意する老人の家は風車小屋になっていて、歯車がたくさんある。歯車を使うもので、このゲームのテーマに合っているのは時計だろう。


 オルゴールもありえる。エンディングの最後にオルゴールの音が聞こえたのは覚えている人もいるだろう。これも歯車を使う。


 眼鏡。主人公は眼鏡をたくさん持っている(冒頭のプレゼント箱を置く場所を決める時に、主人公の部屋の半開きのタンスにいろんな眼鏡がたくさんあるのが見える)から、新たにもうひとつプレゼントするのは不自然ではない。その眼鏡が遺品となり、エンディングの最後で子供がかけていた、ということ。


 MVを前提にするなら、ペンダントもある。この作品単体で見ればペンダントなんてありえないが、MVを観た人なら、あの箱からペンダントが出てきたら泣く。



 最後に、このゲームに対する私の正直な感想を書いておく。

 私はエンディングを見るまで、このゲームはクソだと思っていた。歴史改変ゲームなのに一本道だし、さんざん付き合わせた挙げ句に「やっぱり改変しなきゃよかった。今のナシ」と言って終わるのである。ふざけんなと思った。


 しかし、スタッフスクロールで"Routine"というクレジットを見て、評価は一変した。

「"Routine"? Steven Wilsonの? うわ、マジだ、このゲームの曲ってSteven Wilsonが提供していたのか。

 てことは、"The Raven That Refused To Sing"っぽい曲も、実は本物だったのか? え? じゃあこのゲームって鬱ゲーだったのか! なら納得だよ! 最高だよこのゲーム! 鬱ゲーサイコー!」

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