Dear Esther: Landmark Edition 翻訳完了
"Dear Esther: Landmark Edition"の英語字幕を全て翻訳し終えた。コメンタリーも翻訳した。
訳したデータはこちらに置いてある。
http://rind.gozaru.jp/dear_esther_le.html
あまり大きな声では言えないが、データは平文なので、訳文は読める。
ただ、このゲームは、ビジュアルとサウンド、ナレーションが一体となって初めて機能するものなので、テキストだけ読んでもあまり意味はない。
結局、ネットで拾える日本語化MODはほとんど役に立たなかった。重要なところで誤訳していたり、伏線となっている箇所がそれとわかるように訳されていなかったりした。それに、日本語としても不自然で、そもそもからして読みにくい。
自分で訳さないと、このゲームのストーリーはきちんと理解できなかった。
本編は、詩的な言い回しが多くて、訳す際に厄介だった。回りくどい言い方をしている箇所が多く、そのまま訳すと読みにくいけど、わかりやすく訳すとニュアンスを落としてしまう。
また、英語だからこそ多重に取れるニュアンスは、日本語ではどうしても再現できないところがある。
コメンタリーは地獄だった。
同じ意味の言葉の繰り返しや、冗長な言い回し、婉曲的な言い回しが多く、何を言っているのか理解すること自体が困難な箇所がいくつもあった。
これは、小説や詩の翻訳ではあまり起きない問題である。詩や小説は論理的に文章が組まれているから、よく考えれば意味を取れることがほとんど。
しかし、喋り言葉は整理されていないし、喋っている本人も何が言いたいのか分かっていないこともある。訳すのに苦労するところほど中身のない箇所だったりする。
さらに問題になったのは、喋る速度が人によってバラバラで、一定でもないということ。
本作の字幕表示は、一定の速度でスクロールさせることしかできない。途中で速くしたり遅くしたりできない。
そのため、早い方に合わせると遅くなったときに字幕が流れすぎてしまい、遅い方に合わせると、早くなったときに追いつかない。
ある程度は調整したが、どうしても合わせられない箇所は多かった。
全部訳してわかったことは、私が当初想定していた以上に、この作品のストーリーは矛盾が多く仕掛けられていて、解釈が絞り込めなくなっていることだった。
ストーリーが多層的に組まれていて、語り手はそれを混同して語っているところがある。
あと、何度もプレイすることで良さがわかるタイプのゲームだということもわかった。
テストプレイで何度も周回していたら、結構面白い発見があったりした。たとえば、スタート地点の灯台の中から上を覗き込むとカモメがいたりとか。
ただ、この、歩くだけのゲームを何周もするプレイヤーがそんなにいるのかと言われると疑問ではある。
私も1周目でお腹いっぱいだったし、2周目は実績解除のために嫌々やったようなものだったから。
このゲームの場合、元々はMODだったから、売り上げなどを気にする必要なく好きなものが作れたし、商業化しても、最初からファンが付いているからこそ、こういう強気の仕様にできたわけだが、本来は1周目でプレイヤーを強く引き付けるものが必要になると思う。
ネタバレになるので、まず自分でプレイして自分の解釈を作りたいという人は、ここから先はプレイしてから読んで欲しい。
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まず、各層について整理する。
第一の層は、島の歴史。
この島は、イギリスのヘブリディーズ諸島にあるという設定になっている。
ドネリーという人物が島の歴史について書いており、それは少なくとも1974年までにはエジンバラの図書館にあったらしい。「1974年以来、誰も借りていない」という記述がある。
主人公はこの本を図書館から盗んで島に持ってきたと言っている。
このドネリーはアヘンチンキの常習者で、末期の梅毒患者で、腎結石も患っていたため、書かれていることの信憑性については疑わしい。
ドネリーによると、1700年代に孤独を求めた隠者が島にやってきて、崖の前で腕を開いたら崖が割れて洞窟ができ、彼はそこに住んでいた。
彼は島に来て116年後に、熱病で死んだとある。
また、ジェイコブソンという男が1700年代にいたとされる。
彼は山の上に小屋を建てて、ヤギを放牧したりしていたが、小屋が完成した2年後に、ヤギから病気をもらって死亡したとある。
島が冬のとき、崖の途中で転落死し、その時点では遺体は凍結保存されていたが、本土の人は気味悪がって洞窟まで引きずって放置し、そのうち腐敗したのだとか。
ただし、この記述は信用できないと主人公は言っている。
隠者とヤコブソン(最初はジェイコブソンと訳していたが、音声を聞くとヤコブソンの方が近いから直した)は同一人物だと思われるような記述が多いが、別人とも取れる。
この島にはヤコブソンの他にも羊飼い(原文ではshepherd。この島で飼っているのはヤギだから正確には山羊飼いだが、宗教的イメージとの重ね合わせでこの言葉が使われていると思われる)がいて、彼らは独自の聖書を持っていたらしいが、1776年に、島を訪れたモンクによって盗まれた。
その2年後の1778年に島は放棄され、無人となった。
ドネリーについては、島の住民に会ったという記述があることから、島が放棄される1778年以前に存命だった人物ということになる。
第二の層はユダヤ・キリスト教の神話の話。
この作品にはいくつか、聖書からの引用がある。
まずはロトの妻。ソドムとゴモラを神が滅ぼしたとき、ロトとその妻は事前に神から通告されて逃げるように言われたが、その際に「決して振り返るな」と忠告された。
しかしロトの妻は途中で振り返ってしまい、塩の柱になってしまった。
ダマスカス。イエス・キリストの使徒、パウロが改宗した地。
パウロはもともとユダヤ教徒で、キリスト教徒を迫害する側だったが、ダマスカスで神の声を聞く奇跡を体験し、それがきっかけでキリスト教に改宗した。
パウロとポールは同じ人名。言語によって発音が異なるだけ。
第三の層は、交通事故。
主人公の妻であるエスター・ドネリーの乗る車とポール・ヤコブソンの車が、イギリスの高速道路、M5で接触事故を起こした。
エスターはこの時に死亡。ポールは心停止したが、その場で救命措置が行われて蘇ったらしい。
この体験を、ダマスカスにおけるパウロの改宗と重ね合わせにしているナレーションがいくつかある。
接触した二台のうち、一台はポールが一人で乗っていたのはほぼ確定だが、エスターが乗っていた車に誰が乗っていたのかははっきりとは記述されていない。
主人公が乗っていたかどうかもあんまりはっきりしていない。運転手は叔父だったっぽい記述は一箇所だけある。
この事故の原因ははっきり書かれていないが、少なくとも主人公は飲酒運転が原因だと考えていたようだ。
問題は、ポールが飲んでいたのか、それともエスターが乗っていた車の運転手が飲んでいたのか、それとも両方飲んでいたのか、ということ。
叔父が飲んでいた、的な記述はある。
カモメが低く飛んでポールを惑わせた、という説も少しだけある。
主人公が運転手で、飲んでいた、という解釈もできなくはないが、少々無理がある。
第四の層は、島。
島は1778年以来無人島らしいが、そのわりには電波塔が建っていて赤い光を明滅させているし、ろうそくに火は灯っているし、どう見ても1778年以降のものである写真や、本や、壊れた車のパーツ、無線機などがある。
島が実在するっぽく書かれているのはフェイクで、実際は主人公の心内風景だろうと捉えておいた方が収まりはいい。
矛盾した事物が多いということは、それは人間の想像の産物ということである。
もしくは、島は実在するけど、主人公が狂っているから幻覚を見ている、という解釈も成り立つ。
いすれにせよ、この作品に登場する情報提供者は、みんな薬物中毒か死にかかっているかでまともな精神状態ではないから、記述が錯乱しており、信用できない。
ポールが1700年代の隠者やヤコブソン(あるいは隠者とヤコブソンは同一人物)と重ね合わせられているのは確定しているが、1700年代のドネリーが誰と重ねられているのかははっきりしない。
物語の原理から考えると、ドネリーとエスターの叔父が重ね合わせになっていると解釈するのが妥当だが、事故の原因かもしれないという重要な立場にありながら、叔父の描写が少なすぎるのは原理に反している。
少なくともエスターではないと思う。ドネリーの三人称は「彼」だし。
私は、解が成立しない問題は、素直に「解なし」と認める方がいいと思っている。それにいつまでもこだわってもしょうがない。
こういう作品は、考えられるところまで考えたら、あとは考えるのをやめて、フィーリングで適当に楽しんでおけばいいと思う。
感情の問題は、理詰めだけでは解けないものである。
ランダム、もしくは条件付きイベントだと思われる物の中で、特に興味深い物についていくつか紹介しおく。
まずは先に書いたように、灯台の中を下から見上げたらカモメがいる。
カモメはこの作品ではキーとなる生物。ときどき重要なシーンで飛んでいる。
また、この灯台の1階部分には、走っている人影が見えることがある。確定イベントかはわからない。
この人影は、知っていればはっきり見えるが、知らないと案外見落としやすい。
洞窟の、2回目に落ちるシーン(M5の幻想シーンの直前)の手前で、穴の先の通路に人影が見える。
一瞬だけだが、結構はっきり人物が見える。この島に人はいないから、当然幻覚という設定だろう。
問題は、これが誰なのか、ということ。ドネリーは洞窟まで来なかったというから、ヤコブソンか、もう一人の自分の姿なのか。開発者も特に誰とは考えてない可能性もあるが。
チャプター4の高台に、遠くからだと人影が見える。
遠目からだと白髪の長髪っぽくて、なんとなく神を思わせる出で立ちである。
また、電波塔へと登る道の最後の方、崖に「ダマスカス」と書いてあるところから上を見上げると、人影が立っていることがある。これも毎回いるわけではない気がする。
このゲームでは歩くことしかできず、スプリントはもちろん、本を持ち上げてめくったりもできない。
この仕様は一応、設定と関連がある。
この島には食料がないため、長期間滞在していると空腹で肉体的にも精神的にも荒廃する。主人公はすでに空腹で死にそうな上に、途中で足を怪我している。そのわりにはよく歩いているほうである。
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