Dear Esther: Landmark Edition[2023.01.24 追記]

 Steamにて期間限定で"Dear Esther: Landmark Edition"を無料配布していた。入手してプレイ。


 本作はウォーキングシミュレーションの元祖とされるゲームで、その内容は無人島を歩くだけ。順路はほぼ一本道。歩いているとBGMが流れたり、ナレーションが入ったりする。

 プレーヤーは本当に歩くことしかできない。走れないだけでなく、ドアを開け閉めするシーンすらない。何かを持ったり投げたりもできない。歩く以外にできるのはズームアップだけ。しゃがんだり泳いだりするシーンはあるが、プレーヤーがしゃがみボタンを押したりする必要はない。自動で行われる。


 少し変わっているのは、ナレーションや一部の小物の配置には複数のパターンが用意されており、どのパターンになるかはランダムになっていること。そのため、プレーヤーによって、もしくは周回する度に若干プレイ体験が変わるようになっている。

 このランダム要素は微細なもので、大筋はどのパターンでも変わらない。なので、何周もしなければならないゲームではない。また、何周もして全部のパターンを見なければ真相が解明できない、というものではない。むしろ各要素は矛盾していて、全部見ればますます混乱する可能性の方が高い。


 日本語訳はないが、有志による日本語訳MODはあり。ただ、翻訳の質が悪く、意訳している部分が明らかに間違っていたり、誤字や表記の不一致などが多数ある。私は翻訳が怪しい部分はオリジナルの英文を参照し、特に気になる部分は手直しした。

 日本語訳があまり当てにならないので、ストーリーを理解するには、ある程度英語が読める必要があるだろう。 


 ゲームボリュームは1周1時間程度。歩く速度はまあまあ。イライラするほど遅いこともない。



 歩くだけのゲームが面白いのか、という点についてだが、はっきり言うと、チャプター2まではつまらない。内省的なナレーションの内容と、無人島を歩く行為との関連が薄く、プレイしていると、「なぜ私は無人島を歩いてるんだろう。なぜ私はこのナレーションを聞いてるんだろう。無人島を歩きながらこのナレーションを聞くことに意味があるのか? 別に無人島でなくても良くない?」などと、どうしてもこのゲームの意義について疑念を抱かずにいられない。


 このゲームが面白くなってくるのはチャプター3から。洞窟の中を歩くのだが、この洞窟では幻想的な要素が一気に増す。ただ無人島を歩いているのではなくて、洞窟を歩くことでナレーターの心の中も歩いている感じが出てくる。


 私はこの手のゲームが嫌いではないが、そこまで心惹かれることはなかった。全編のクオリティーがチャプター3、4と同等だったら良かったのだが、1、2はイマイチだし退屈で、どうしてもそこで厳しめの評価にせざるを得ない。

 似たようなゲームなら"Layers of Fear"や"Observer"などの方がよく出来ていると思うし(しょうもないホラー要素があるが)、パズルゲームでも良ければ"Braid"や"The Witness"などの方がゲーム性もストーリー性も観光ゲーとしても優れている。


 ただ、このゲームが元々"Harf-Life 2"のMODだった、ということを加味すれば、欠点を含めても注目に値するゲームだと思えてくる。"Harf-Life 2"の地形や風景は、内省的なゲームを作るには不向きだからである。

 私は先ほど、「ナレーションと(チャプター1、2の)無人島との関連が薄い」と言ったが、"Harf-Life 2"のMODとしてこの内容のゲームを作るなら、舞台を無人島にする以外になかったことは想像に難くない。厳しい制限のある中で作ったゲームなのだということを考慮すれば賞賛に値するし、このゲームに熱狂的なプレーヤーがいることも理解できる。



 BGMの入り方や使い方に関しては文句なくいい。効果的な場面で効果的に使われ、進行に合わせて適切なBGMが流れるようになっている。

 世の中にはBGMをさほど重視しておらず、適当に感動的な曲を流しときゃいいだろ、みたいなゲームもあるので、これだけうまく使われていると嬉しくなる。

 私が最も評価するポイントはここ。ただし、BGMが効果的に使われているかどうかはナレーションの内容を理解していなければわからないので、公式日本語訳がないことがネックになってくる。



 総評は、ゲーム作りに興味のある人なら、作る苦労込みで楽しめるところはあると思う。

 観光ゲー好きに勧められるかは……微妙。オリジナル版がリリースされた当時は画期的だったかも知れないが、今なら似たような題材で、もっと優れたゲームがある。「ウォーキングシミュレーターの元祖」という歴史的価値を認めるならプレイする意義はあるのだろうが。


[追記 2022.02.22]

 ゲームプレイが一段落したので、じっくり英文を読んでみたが、思っていた以上に現在入手できる日本語訳には誤訳が多かった。ちょっとしたニュアンスの問題ならともかく、意味が変わってしまうものが多い。

 たとえば"I sometimes feel as if I’ve given birth to this island."は、「私はときどき、自分がこの島を生んだのではないかと感じる」だが、現状の訳だと「私はときどき、自分はこの島で生まれたんじゃないかと感じる」という意味になっている。これだと意味が大きく変わってしまう。

 たぶん訳者は「『私』が島を生むわけないじゃん」と思って意訳したのだろうが、"A give birth to B"は「AはBを生む」で、いかに変な文章でも「私は島を生む」が正しい。また、ストーリー全体を把握すれば、この文章が変でないこともわかる。実際、島を生んだのは「私」かもしれないのである。


 一部だけかと思っていたが、このレベルの誤訳が全体的にある。

 どうやら最初から全部自分で訳さないとダメらしい。というわけで、ちょっとずつ時間を作って訳している。

 ただ、開発者のコメンタリーまでは手が回らないかもしれない。

[追記終わり]


[2023.01.24 追記]

 このゲームの実況プレイ動画がいくつかあったので見てみたが、実はこのゲーム、プレイした後で他の人がプレイしているのを見て、その人の解釈を聞くのが存外面白いゲームだということがわかった。


 たぶん、自分でプレイせずに実況を観るだけではダメ。実際に自分でやって、自分なりに解釈してから他の人の解釈を聞く。

 特に、自分で何度も何度もプレイして、多くのイベントやナレーションを知っていれば知っているほど、自分よりも持っている情報の少ない人の解釈に驚く。


 普通、この手のゲームの解釈をする場合は、情報を多く持っている方がいいに決まっている。しかしこのゲームの場合、知らないことが強みになる。あるナレーションやイベントを知らないからこそ、知っている人には思いもつかないような解釈をする。そしてさらに面白いことに、その解釈は全部の情報を握っていても否定出来ないのである。

 最初は「いや、そんな変な解釈をするのは、あのナレーションを知らないからでしょ?」と思うのだが、よく考えてみると、全部の情報を集めて考察したときに、その「変な解釈」は意外と矛盾しない。


 開発者コメンタリーで、開発者は「このゲームはプレイする度、誰かと話し合う度に新たな発見がある」と言っていた。私はそれは大げさな表現だと思っていたが、実はそうではなかったらしい。


 というわけで、以下に私の解釈を書いておく。私はこのゲームのナレーション字幕を訳したので、全部知っている。テストプレイで何周もしたから、イベントもそこそこ見ているはずである。



 以下はネタバレありの話。



 このゲームでは、「島の歴史の話」「交通事故の話」「島にやってきた主人公の話」が混同して語られている。また、いくつか聖書から引用された話もある。そのために混乱しやすいようになっている。


 なのでまずは、何がどの話かを整理する必要があるだろう。



 まずは島の歴史の話。

 この島は、イギリスはスコットランドのへブリディーズ諸島にあることになっている。ヘブリディーズ諸島自体は実際に存在する。


 1700年代、この島には、ヤギを放牧して暮らしている人達がいた。彼らは独自の聖書を持ち、何かとその聖書から文言を引用したがる人達だったらしい。

 一方で、この島では度々感染症が広がり、島民壊滅の危機に陥ったことがあるようである。


 この1700年代には、ある隠者がいたとされる。孤独を求めて島にやってきた隠者は、崖の前で腕を開くと、崖が割れて洞窟ができた。そして彼はそこに住んでいた。

 彼は島に来て116年後に、熱病で死んだとされる。

 この隠者は島民に慕われていたらしく、住んでいた崖の前に贈り物をもらったりしている。


 一方、ヤコブソンという男も1700年代にいた。

 彼は山の上に小屋を建てて、ヤギを放牧したりしていたが、小屋が完成した2年後にヤギから病気をもらって死亡した。


 彼は隠者とは逆で、島民からはあまり慕われていなかったようである。

 彼はある冬に崖で転落死した。その時点では遺体は凍結保存されていたが、本土の人は気味悪がって洞窟まで引きずって放置し、そのうち腐敗したとか、あるいは遺体は穴に投げ込まれたとされる。


 ……で、結局、ヤギからもらった病気で死んだのか、崖から落ちて死んだのか、どっちなの? と思った人は鋭い。このゲームのナレーションはところどころ矛盾しており、何が正しいかははっきりしない。


 島民が秘匿していた聖書は、1776年に島を訪れたモンクによって盗まれたとされる。そしてその2年後の1778年に島は放棄され、無人となった。

 この聖書が盗まれた、というくだりは、後に図書館で主人公がドネリーの本を盗むことと重なる。


 で、その島が無人となる以前に、もう一人、島を訪れたとされる人物がいる。ドネリーである。彼は島にやってきて、その様子を書き残している。そしてそれはエジンバラの図書館に収蔵されており、1974年以降は誰も借り出していなかった。


 ドネリーは島民のことを退屈な連中だ、などと書いているので、彼が島に行ったのは少なくとも1778年以前の話であることは確定。つまり、このドネリーは1700年代の人間である。

 ドネリーは島の北側には行ったことがなく(要するにチャプター2までしかプレイしなかった)、洞窟より先のことは記録には書かれていなかった。


 彼はアヘンチンキの常習者で、梅毒患者で、腎結石を患っていたらしい。そういうこともあって、彼の記述には曖昧だったり矛盾するところがあるとされる。



 次に、現代の、交通事故の話。

 ここでは少なくとも、僕(主人公)とポール・ヤコブソン、エスター・ドネリー、そしてドネリー(たぶんエスターの叔父のこと。ただし、主人公がドネリーだとする説も成り立つ)が登場する。

 島の歴史に登場するドネリーやヤコブソンは、名前が同じなだけで別の人物である。一応。もちろん混同させるための仕掛け。


 この事故の状況は、詳しそうで意外とよくわからない。少なくとも、ポールの乗った車と、エスターの乗った車が接触事故を起こし、この時にエスターは死亡した、ということは間違いないようである。

 ポールも心停止したが、車のバッテリーを使って電気ショックを与えることで蘇ったとか。これが聖書におけるパウロ(ポール)の改宗と重ね合わされている。


 エスターが乗っていた車の運転手が誰だったかは不明。叔父のドネリーだった可能性が高いが、エスターや主人公が運転していた可能性もなくはない。


 事故の原因も意外とはっきりしていない。ポールの飲酒運転、ドネリーの飲酒運転、主人公の飲酒運転、カモメに気を取られて運転をミスった、ABSの故障、など。



 最後に、島にやってきた主人公の話。

 この島は食料がないため、やってきた主人公は腹が減って死にそうになっている。また、チャプター3以降は足を怪我して、鎮痛剤をがぶ飲みしている。そういうわけで、彼の言っていることや見聞きしたことにどれだけ信憑性があるかは疑わしい。


 ともかく、主人公は島に来る前に、エジンバラの図書館から(1700年代の)ドネリーの本を盗み出して持ってきたらしい。


 この島は、1778年以降、無人だったとされる。そのわりには電波塔なんかが建っている。

 となると、無人だったという話が間違っているか、この島自体が妄想の産物なのだろう。これは意図的にはっきりしないようになっている。現実の島であると同時に、妄想の産物でもある。


 蛍光ペンキで描かれた図などが誰の手によるものかははっきりしない。主人公は灯台から電波塔までを何度もループしているっぽいので、ループする度に主人公が描き足していった、という可能性が高いが、ポール・ヤコブソンが描いたとか言っている部分もある。

 これは、1700年代のヤコブソンと、ポール・ヤコブソンが混同されることによって出てくる解釈である。かといって間違っているとも言えない。



 なお、イベントやナレーションは毎回変わる、ということを考えると、全てのナレーションやイベントを合わせて考えることが必ずしも正しい答えに辿り着くわけではない、ということは言っておかねばならないだろう。

 そもそもナレーションどうしは矛盾していることがしばしばある。


 たとえばチャプター3の冒頭のナレーションでは、あるパターンでは「もうドネリーは役に立たない。ここからは君と僕だけの問題だ(この「君」が誰なのかが、また議論の起きるところ。一見エスターっぽいが、ポールでも成り立ったりする)」と言ってるのに、別のパターンだと「僕のドネリー中毒は変わらない。どれだけ先を行ったつもりでも、ドネリーはさらに先を行っているのだ」みたいなことを言っている。

 全てのナレーションを真とすると、それはそれで矛盾が生じるのである。

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