Braid

"Braid"は2008年に360用のインディーゲームとして登場し、伝説となった2D横スクロールアクションパズルゲームである。

 同時期に発売した"LIMBO"も大きな話題となり、こちらは多数のそっくりゲームを生み出したが、"Braid"の真似をしたゲームは、少なくとも私は知らない。"LIMBO"の影絵グラフィックは、やろうと思えば簡単にパクれたが、"Braid"のシステムをパクるのはそう簡単ではないからだろう。


"Braid"は、一見すると『スーパーマリオブラザーズ』のパクリゲーである。マリオ役の冴えないおっさんが、クリボーみたいな敵を踏み殺したり、パックンフラワーみたいな食人植物に食われそうになりながら進める。ステージの最後には城があって、通過すると旗が揚がり、いかにもパチモノくさいキノピオ役が「ここにはお姫様はいないよ」と言ったりする。まんま『マリオ』である。


 ただし、この冴えない主人公には特殊能力がある。それは、いつでもどこでも好きなだけ時間を巻き戻すことができること。ミスっても何度でもやり直すことができる。

 エミュレーターのチート機能として付いていたりするやつだが、このゲームではそれが正規の手段として行える。


 それなら簡単かというと、もちろんそんなことはない。このゲームは、主人公の時間操作能力を駆使しないとクリアできないように設計されている。


 時間操作という、現実にはあり得ない挙動を駆使して解法を見つけねばならないため、このゲームの難度は高め。

 しかも、パズルとしての難度だけでなく、アクション操作の難度も高い。何回もやり直せるんだから操作技術なんか要らなそうだが、実際は、正確なタイミングで正確にジャンプしないとクリアできないケースが結構ある。

 それでも、何度もやり直せば必ずクリアできるゲームでもある。いつでもどこでも何度でも巻き戻せるのだから。


 高難度なのに頑張ればクリアできるというゲームバランスは、素晴らしいと言えば素晴らしいが、地獄でもある。理不尽なくらい難しかったら、人は諦めることができる。こんなクソゲーやってられるかと言ってコントローラーを放り投げておしまいである。しかしクリア可能となると、それをクリアせずに放っておくのは、それはそれで苦しい。


 今の世の中、ネットで調べれば解法が出てくるので、それを見ればクリアは簡単だが、それだとこのゲームをプレイする意義はほとんど失われる。自分でクリアするから価値があるタイプのゲームである。



『マリオ』のように各ステージはワールドで区切られており、ワールド2~6はどこからでも始められるようになっている。基本的には順繰りにやった方がいいが、あるワールドで行き詰まった場合、飛ばして次に行けるのはいい。

 ワールド1がないことにはみんなすぐ気付くだろうが、ワールド1は、各ワールドに散らばっているパズルのピースを集め、全てのパズルを完成させることで行けるようになる。


 各ワールドの最初ではテキストが表示され、このゲームのストーリーが断片的に語られている。

 このテキストで語られている内容は、大筋としては「ティム(主人公)はプリンセスを捜すために旅に出た」というファンタジックなものなのだが、読んでいくと、どうも現代が舞台になっているような描写になっている。ティムとプリンセスは昔一緒にいたのだが、いい恋人(もしくは夫婦)を演じるのに疲れて、ティムはプリンセスの元を離れてしまった。しかし、再び会いたくなったので探している、みたいなことが書かれている。また、そのプリンセスを探す旅の合間には、親との確執や学校、社会での孤立など、えらくありきたりで地味で辛気くさい話が挟まっていたりする。


『マリオ』な世界でパズルピースを集めているゲームとはえらくミスマッチな話だが、一方でマッチしている点もある。それは、「過去の過ちを何度でもやり直せるなら、ハッピーになるだろう」というティムの願望。

 このゲームでは、ティムは時間を操作し、本来ならクリア不可能なステージを攻略していく。何度失敗しても、時間を巻き戻してやり直せる。そのシステムが、過去の過ちについて語られるテキストと辛うじて接点を持っている。しかし、このシステムはこのゲームの根幹なのである。

 ゲーム内容とテキストの内容にはほとんど関連性がないのに、テキストを読んだ後でゲームをプレイすると、その関連を感じずにはいられない。面白い仕掛けである。



 そして、全てのワールドでパズルのピースを集めて絵を完成させ、つまり、過去の過ちを全て修復したところで、ワールド1に行けるようになる。


 ワールド1では全ての発端が描かれている。最終ステージでプリンセスが何者かに連れ去られるシーンが描かれているわけだが、このステージは時間を逆回しにすると、プリンセスは何者かに連れ去られたのではなく、捕まえようとするティムから逃げたことがわかる。


 エピローグでは、明らかにニュートン力学や核実験に関連する内容が語られており、ティムは科学者、ティムの過ちとは原爆を作ったこと、プリンセスとは自然科学の真理みたいなものを象徴していたことがわかる。

 科学者達は原爆を作ったことを反省したが、結局は真理を求めて同じ過ちを繰り返すのだ、ということを暗示するような終わり方になっている。


 そして、一部の精鋭ゲーマーどもは、プリンセスを捕まえるために血眼になって星を探すのである。



 このゲームには、隠し要素として「星」がある。この星は実績には絡まない。ティムに成り代わってプリンセス絶対捕まえるマンになりたい非道なクソゲーマーだけが勝手に挑戦すればいいものとなっている。

 星は超絶エグい隠され方をしており、自力で見つけるのは恐ろしく大変。ありかがわかっても、たいがいの星は変態的テクニックを駆使しなければ取れない。

 星のうちひとつは取るのに何のテクニックもいらないが、無駄な時間を使わされる。恐ろしくゆっくりとしか進まない雲の上に乗って、ただじっとしていなければならない。確か2時間くらいかかるんだったっけか? とんでもない嫌がらせである。悪意の塊。


 私は、どうしても1つだけ自力で見つけられず、ネットでありかを調べた。取り方は自力で見つけた。

 この手の隠し要素で困るのは、どこにあるかわからない場合、全ワールドの全ステージで総当たりをしなければならなくなること。実は隠し要素なんか全然ない場所で、延々と飛んだり跳ねたりしなければならない。これはある意味、間違った仮説を証明しようとして人生を無駄にした科学者の徒労を追体験できるステキな仕様だと好意的に解釈できるかもしれないが、誰だって好んで無駄な努力はしたくないものである。


 本編なんか目じゃないくらいの地獄をさんざん見た末に星を全部集めた人にはご褒美がある。最終ステージで、今まで培ってきた変態テクニックを駆使すれば、逃げるプリンセスを捕まえることができるようになっているのである。

 そして、ゲーム開始場面から少し行った先に見える夜空に、鎖で繋がれたプリンセスの星座が浮かび上がる。こうしてティムの旅は終わり、私はクソ野郎の仲間になったわけである。



"Braid"は素晴らしいゲームだが、やはりその素晴らしさは、星探し込みでこそだと思う。

 本編をプレイしている間は、プレーヤーは「プリンセスを助ける、探す」という大義名分を信じてプレイすることができる。しかし星探しは、この物語の全貌を知った上で、あえてプリンセスの捕縛に加担することになる。実績も絡まないし、クソムズいし、やる必要のないことを自らの意志であえてやる。このとき初めて、プレーヤーとティムは完全に同調する。

 そして、最後の最後に『スーパーマリオ』の1-2の天井に登る裏技のオマージュを使ってプリンセスを捕まえるところが憎い。あの背徳的な喜びがあってこそ"Braid"である。

 もし隠し要素がなければ、ただのよくわからんお説教ゲームでしかなくなってしまう。プレーヤーの多くは科学者じゃないだろうし、核実験や核爆弾の開発に携わってはいないだろうから、他人事でしかない。科学者の反省話はわかったけど、それと『マリオ』のパクリゲーとに何の関係があるの? となってしまう。星を集めることではじめて、ティムがプリンセスを求める狂おしさを『マリオ』のパクリゲーを通して実感することができるのである。


 ただし、もう二度とやりたくないゲームでもある。本編の難度はほどほど(星を全部集めた人の基準で。一般的な基準ではかなり難しいほうである)だから再プレイしてもいいのだが、星探しは二度とやりたくない。ありかはわかっているし、取り方も知っている。それでもやりたくない。

 実際、"The Witness"を買った際にSteam版"Braid"が付いてきたのだが、本編だけざっとクリアして、星は取っていない。

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