APE OUT (3100字)

"APE OUT"は、人間に捕まった猿が脱走する、見下ろし視点のアクションゲーム。


 この手の見下ろし視点のアクションゲームは、たいがいはプレーヤーが銃を乱射して敵を殺しまくる内容であることが多い。そして、私はあまり好きでないタイプのゲームである。

 しかしこのゲームはSteamのストアで見かけて、なぜか惹かれるものがあった。デモムービーを観ると、猿が隠れたり、銃を持った人間をぶん殴って殺しながら脱走する内容のようだが、BGMがPharoah Sandersの"You've Got to Have Freedom"なのである。要するにジャズ。


 今でこそジャズにはおしゃれなイメージがあるが、もともとはクラシックや人種差別への反逆の音楽だった。だから、猿が人間どもを殺しまくりながら脱走するゲームでジャズを使うのは変ではない。しかし、実際に殺戮ゲーでジャズをBGMにしているゲームは珍しい。私はその辺に興味を惹かれた。



 実際にプレイしてみると、これは"Rez"に近いタイプのゲームだった。"Rez"はシューティングゲームだが、敵を倒すとBGMと同期してSEが鳴る。プレイとしては敵をロックオンして攻撃しているだけなのだが、プレイすることで曲を作っているような感覚が味わえるようになっている。


"APE OUT"も同じ仕掛けになっている。BGMはジャズのドラムソロとなっており、展開に合わせて激しくなったり静かになったりする。そして、猿が敵を倒したりするとシンバルなどが鳴る仕組みになっている。プレーヤーは猿を脱走させることでアドリブをキメるのである。


 各ステージは「ディスク」と表現され、ステージの前半が終わるとA面からB面へとレコードを裏返す演出が入る。

 ディスクは全部で4枚。つまりは全4ステージ構成となっている。あとはオマケステージとして「シングル」が存在する。


 デモプレイ画面を見ると、敵を倒す度に画面が揺れるので、それで酔いそうとか、プレイしづらそうに感じた人があるかもしれない。画面の揺れの大きさは設定で変更できるため、気になる人は揺れを0にすればいい。私は0にしてプレイしている。


 人にもよるだろうが、クリアまでの所要時間は1時間程度。すんなりクリアできると、本当にあっという間に終わってしまう。

 ボリュームとしては物足りないかもしれないが、アクションゲームにジャズを組み合わせたプレイ感覚は独特で楽しい。"Rez"が好きならまず楽しめるゲームだろうと思う。



 ……ソフトモードまでは。



 実はこのゲーム、クリアすると、アーケードモードとハードモードが追加される。ここまでクリアするのはそんなに難しくなかったはずなので、多くの人は、ハードと言ってもどうせ大したことないだろうと思うだろう。

 しかし、ハードモードになると難度が激変する。敵の数がヤケクソに増え、爆弾野郎やマシンガン野郎、火炎放射器野郎などの厄介な敵が増えまくる。

 ノーマルモードはカジュアルゲーと言ってもいいほど簡単だったのに、なんでいきなりこんなにムズくなるんだよ! ……と思ってよく見ると、今までプレイしていたモードは「易しい(SOFTER)」と表記されていることに気付く。つまりこのゲーム、「易しい(SOFTER)」と「難しい(HARDER)」しかないのである。


 アーケードモードはさらにエグい。死ぬと終了。アルバムの最初からやり直しとなる。つまり、アルバムをノーデスでクリアする必要があるわけである。通常モードがスタジオ録音だとしたら、アーケードはライブ演奏。ノーカットで最後まで演奏仕切らなくてはならない。アーケードモードのハードとなると、もはや地獄。

 どれだけヤバいかというと、Steamでこのゲームを購入してソフトモードを全クリアした人は24.3%いるが、ハードのディスク1をクリアした人は4%。アーケードモードのディスク1クリアは1.3%、アーケードハードのディスク1クリアは0.4%しかいない。つまり、ソフトモードをクリアした人の6人中5人がハードの攻略を諦めたわけである。


 ハードモードで地獄を見たプレーヤーは、このゲームのクレジットに"Bennett Foddy"の名があることの意味を思い知ることになる。……そう。壺に入ったおっさんが山登りする、"Getting Over It with Bennett Foddy"の開発者である。このゲームのマゾさは、"Getting Over It"の比ではない。


"Getting Over It"は、購入画面で「マゾゲーですよ」と大々的に宣言している。あれだけしつこくマゾいゲームだから覚悟しろと警告しているのだから、買ってプレイして悶絶するのはプレーヤーの責任である。あれだけ脅しているわりには、実は全然マゾくないのだが。


 一方、このゲームはどこにもマゾゲーだとは書かれていない。むしろカジュアルなゲームのような雰囲気である。実際、ソフトモードでプレイする分にはさして難しくない。やっていればそのうちクリアできる難度である。

 しかし、ハードモードをプレイすると、このゲームが本性を現す。ジャズドラムのBGMに合わせてノリノリでプレイして楽しいだけのゲームだったはずが、実はとんでもないマゾゲーだったことを知る。


 このゲームは、ソフトモードをプレイするだけだと圧倒的に物足りない。いくら1500円程度のゲームとはいえ、1時間も経たずに終わってしまうのはあっけなさすぎる。

 値段に見合うゲーム体験をしたいならハードモード、アーケードモードをクリアするところまでやりたいが、地獄を見る。

 ソフトモードをクリアしたプレーヤーは、檻の中に置かれたバナナを見捨てて逃げるか、罠だと知りつつも掴むかの選択を迫られることになる。カジュアルなエンジョイプレーヤーならともかく、ゲーマーなら答えはひとつである。


 ――そして、私は悟るのである。捕まったお猿さんは自分だったのだと。


 ハードモードをプレイして、なぜ私がこのゲームに惹かれたか、わかった。なぜ普段はプレイしないタイプのゲームをプレイする気になったのか。

 なぜだかよく分からないが、私はこのゲームにマゾゲーの気配を察知したようである。



 結局私は、ハードモード、アーケードモードはクリアした。アーケードハードはシングルと、ディスク1、2はクリア。


 デモムービーで使われていた"You've Got to Have Freedom"は、ゲーム本編ではエンディングのBGMとして使われている。その理由は曲名の通り。

 私はこの曲が好きでなかった。メインフレーズのサックスはうるさいだけだと思っていたし、それはデモムービーで聴いたときも同じだった。

 しかし、ハードモードをクリアして、あのサックスの咆哮を聴いたときの高揚感は格別だった。クソマゾゲーから解放された魂の叫びそのもののように感じた。あの単純でやかましいだけのフレーズの良さは、抑圧され、不自由を味わった者にしかわからないのかもしれない。

 ソフトでもハードでもエンディングの演出は全く同じだが、ハードクリア時の感動は、ソフトの時は比べものにならなかった。同じものをすでに観ているのに、である。



 アーケードハードのディスク3、4は未クリアなのだが、これには理由がある。

 私はアーケードハード攻略時にスコア計算にバグがあることを発見し、開発者に報告した。開発者は修正すると返答したので、修正されるまで攻略を待つことにしたのである。せっかくクリアしてスコアを記録しても、消されてしまう可能性があったからである。それではもったいない。

 しかし結局、数ヶ月経っても修正されず、そのうち私の腕が鈍ってしまい、アーケードハードを攻略するのが困難になってしまった。

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