レーシングラグーン (3800字)

 遅い奴には、ドラマは追えない、ハイスピードドライヴィングRPG。なぜかスクウェアはこのゲームを頑なにRPGにカテゴライズしたがっていた。販売の都合だろうか。


 このゲームには欠点も多々あるが、そんなことはどうでもよくなるくらい革命的なシステムを採用している。それは、目的地までクルマを走らせる必要がある、ということ。夜のYOKOHAMAでは各地で草レースが開催されていたりするのだが、それに参加するには、自分のクルマで一般道を走り、開催地まで行く必要があるわけである。

 残念ながら、マップ上でのクルマの操作はレース時と同様ではなく、俯瞰視点でのラジコン操作となる。そこはハードの限界というものがあるから仕方ない。しかし、そんなことはどうでもいい。これは、一般道を自由に走れるクルマゲーなのである。"Test Drive Unlimited"や"Need for Speed: Most Wanted"、"Forza Horizon"などの箱庭クルマゲーのご先祖様と言える。


 移動するのにわざわざ一般道をクルマで走らなきゃいけないシステムの何がそんなにいいのかは、わかる人にはわかるし、わからない人にはさっぱりわからないだろうと思う。

 私は『グランツーリスモ』をプレイして最も残念だったのは、家からディーラーまでクルマで走って行けないことだった。マップ上のアイコンをポチったら到着とか、そりゃないだろと思った。あんなに多種多様なクルマがあるのに、街を流せないのである。信じられん。

 そんな公道クルマゲー好きの夢を数年早く叶えてくれたのが『レーシングラグーン』だった。俯瞰視点のラジコン操作とはいえ、夜の街中を走れるのである。それだけでこのゲームは伝説の名作である。



 レース中で走行するコースは、実際の公道を再現している。マイナーな一般道は、地元にお住まいの方なら感動モノだろうが、私には再現度は分からない。有名どころでは、首都高や箱根を走行可能。これ一本で『湾岸ミッドナイト』や『頭文字D』気分を味わえるのである。超お得。

 また、湾岸、市街地、首都高、峠道の他、ドラッグレース、チキンレース、ジムカーナ、サーキット、ラリーと、クルマでやるレースコースはひととおり揃っている。終盤の一時期には雪上レースもあり。けっこうレースゲーとしてはお得感のあるボリューム。……クルマの挙動がもう少しマトモだと、より楽しめたと思うのだが。



 マップ上では他のクルマも走っているのだが、パッシングされる、あるいはこっちから相手をパッシングすると、バトルが始まる。夜の公道でいきなりタイマンレースが始まるわけである。

 レースの勝者は、敗者から金かパーツを奪い取れる。パーツというのはエンジンやシャシー、ボディなども含む。プレーヤーが負けると貴重なパーツが取られたりすることもある。そうでなくとも、負けが込むとジリ貧になって詰みに近い状態に追い込まれることもある。つまり、基本的にプレーヤーは、辻レースでは絶対に負けられないのである。まさしく遅い奴にはドラマは追えない、厳しいゲームと言える。


 首尾良く相手からパーツを奪い取ると、それをクルマに搭載したりしてカスタムできる。この改造の幅は無駄に広くて、市営バスにRB26(スカイラインGT-Rのエンジン)を積んでエアロを装着するなど、ものすごい無茶ができる。これは、クルマに詳しくない人向けにルーズーにしている面もあるが、むしろマニア向けに受けを狙っている面が大きいのではないかと思う。クルマにある程度詳しいと、この改造システムだけでかなり笑える。


 すごいのが、どんなに無茶な改造をしても、設定上は「ハチロクを改造したクルマ」ということになっていること。どう見てもフェアレディZやバスにしか見えないクルマでも、ハチロク改なのである。

 この設定は、箱根で一回だけ言及されるに過ぎないが、わかる人には衝撃発言として嫌でも印象に残る。主人公にクルマをくれたチームリーダーが「俺が昔乗っていたハチロクを覚えているか。あれがそうだ。あいつがいいクルマに仕上げてくれた」みたいなことを言うシーンがあるのだが、そのクルマはたいがいの場合、もはやハチロクとは似ても似つかないクルマになっている。



 クルマの挙動はクセが強く、慣れが必要。通常のテクニックは役に立たない。この挙動の変さが、このゲームの評価を落としている部分である。

 ただ、サイドブレーキを引いて曲がることさえ理解すれば、そうめちゃくちゃダメということもない。とにかくこのゲームは、曲がるときはサイド。リアルな挙動ではないが、それを言ったら『リッジレーサー』とかもたいがいだろう。



 難度は、要所要所で無駄に高いことがある。序盤で負けが込んでジリ貧になった場合は、いっそ最初からやり直した方がすっきりするかもしれない。実際には、序盤で負けても大した被害は受けず、勝てるようになってきたら、いくらでも取り返せるのだが。

 特に厳しいのは中盤のYokohama GP。せっかくこのゲームの変な挙動に慣れてきたと思ったら、それだけでは通用しないレースを強制的にやらされる。

 自分のクルマが使えず、専用のレースカーに乗るのだが、これが最高速重視のセッティングのために非常に使いづらい。コーナーリング性能も高いが、このゲームでコーナーリング性能が高くて何になるというのか。一番大事な加速力が他車に劣っているのが厳しすぎる。後に同じコースを自分のクルマで走ることになるが、まあ楽である。



 このゲームには時限イベントやアイテムが多い。タイミングを逃すと見られなくなるイベントや、取れなくなるアイテムが多いので、全てを回収しようとするとなかなか大変。

 ただ、見逃して困ることはほぼないので、あんまり気にせずプレイしたほうがいい気もする。



 ストーリーは、公道レースチーム(違法)の新入りとなって、他のチームとの抗争に巻き込まれたりなんだりするという『頭文字D』的な内容なのだが、徐々に事故死するキャラが出てきたり、巨大企業の陰謀が見え隠れしたりと、当時のスクウェアらしい展開になっていく。ふと我に返ったとき、「俺は一体何のゲームをプレイしているんだろう?」と疑問に感じることがある。公道レースゲーをプレイしていたはずなのに、なんか"FF7"っぽくなってないか? と。


 妙に暗くてシリアスな展開が多いし、コールドスリープだのなんだのと、公道レースものとは思えないブッ飛んだ設定をいろいろぶち込んでいるが、それでも一応、「新人が横浜最速をかけて地元チームに辻バトルを仕掛ける」という、公道レースものの王道展開は確保されている。



 BGMのクオリティは高い。基本的にはテクノ寄りのフュージョンだが、ドラムパターンの上でサックスやギター、キーボードのソロが暴れまくっているのが印象的な曲が多い。ジャジーでオシャレだが、時に狂気を感じさせるような寒々しさがあるのが、このゲームの雰囲気にも合っている。私はオープニングムービーの曲を聴いて、即サントラを購入した。



『レーシングラグーン』の続編は出なかったが、このゲームの血脈は最初に言ったように、"Test Drive Unlimited"、"Need for Speed: Most Wanted"、"Forza Horizon"などに受け継がれている。全部海外のゲームという点がアレだが。

 せっかく未来のレースゲーの姿を提示したのに、日本のゲームメーカーはその価値に気付かず、ゲーム雑誌も軒並み嘲笑するばかりであった。先見の明のない連中である。


 今となってはこのゲームを、あえてやらなくてはならない理由は少なくなったと言える。"Forza Horizon 4"をプレイすれば、このゲームにあるもののほとんどは、よりハイクオリティな形で堪能できる。もしくは、少し古いゲームになったが、"Need for Speed: Most Wanted"をプレイする手もある。こっちはより違法レーサー気分が味わえるタイプ。



 ところで、このゲームは、発売からだいぶ経過した後、ネットで「変なゲーム」として紹介されるようになってから、妙に人気が出てしまうことになる。おかげで、かつてならその辺の中古屋でゴロゴロ売っていたソフトやサントラも見かけなくなり、特にサントラにはバカみたいなプレミアが付いている。


 ポエミーな独白や不気味なキャラクター造型は確かにツッコミどころ満載だが、実は私はそういう目でこのゲームを見たことはない。当時も今も、このゲームをプレイして感じるのは、「YOKOHAMAの夜をクルマで自由に流せるのサイコー!」である。他のことはさして気にならない。キャラクターの言動がいろいろおかしいことに気付いたのも、ネットでそうしたツッコミを見てからである。それまではそんなこと考えもしなかった。一般道を走ってバトルしたりされたりするだけで大興奮で、他のことが見えていなかったのである。

 だから、ポエムな口調ばかりが注目される今の持て囃され方にも違和感を覚える。このゲームの本質ってそこじゃないだろと。


 たぶん、オープンワールドのゲームでメインクエストをほったらかして探検ばかりするタイプのプレーヤーは、こういうゲームが大好きなんだろうと思う。『太陽のしっぽ』をやりまくった人とか。

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