第4話 転入生ユイナ

 以前、陛下が王女と婚約してくれと頼み込んできたことがあった。




 ——「ウィル、俺の娘、お前の嫁な」


「へ……何のご冗談でしょうか?」


「嫌なのか! 嫌なのか! 俺の娘だぞ! 王女だぞ!」


「そんなこと言われましても、会った事ないですし」


 陛下が肩を組み、耳打ちしてきた。


「め——っちゃ、可愛いぞ。しかも……ぷにゅんぷにゅんでぱいんぱいんだ」


「……そ……それ本当ですか」


「……ああ、本当だ」


「わっ……分かりました」


「ウィル……お前も好きだなあ!」——




 頼み込んできたと言っても冗談まじりだったから、僕は本気とは思っていなかった。


 ……僕は陛下を侮っていた。


 まさか、あんな感じで婚約を成立させるなんて……恐ろしい人だ。




 ——「で、ウィル坊、昨日のリッチ襲撃事件のことなんじゃが」


 あ……いかんいかん、忘れるところだった。


 ……やはり、学園長は何かつかんでいたのか。


 学園長がユイナに目配せした。


「ウィル、聞いてください。昨日狙われたのは学園ではなく、実は私なのです……」


 ……ユイナが狙われた?


 誰に?


 何のために?


 ……ユイナは王女だ。誘拐ならまだわかる。


 でも、リッチを差し向けたって事は、確実に殺害目的だ。


 陛下には嫡男のショーン王子がいる。


 世継ぎ問題にも関わらないユイナを殺害したところで、何のメリットがあると言うのだ。


 僕は今思った疑問を、そのままユイナにぶつけてみた。




「それはおそらく……父が私とジェイク侯爵の縁談を断ったからだと思います」


 ジェイク侯爵……王国でも武勇で知られる貴族だ。


 しかし侯爵様ともあろう方が、そんなことで、姫を殺害するだなんて……ありえない。


 さすがに短絡的すぎる。


「しかも……ただ断ったのではないのです……」


 ん……?


「たくさんの貴族が集まる中……煽りながら断ったのです」


「……」


 あ……あの馬鹿陛下!


 なんかそのシーンが目に浮かぶようだ。


 となるとジェイク侯爵の手のものが、リッチにユイナを襲わせたのか。


 確かウェイニー隊はジェイク侯爵麾下……まさか魔法師団が関わっているのか?


 だから異様に到着が早かったのか?


「ウィル坊の推察通りじゃよ」


「つか、心読まないで下さいよ!」


「ワシのテリトリーで、そんな大きな心の声で話されると、嫌でも聞こえるわい」


 学園長の固有魔法『テリトリー』


 ざっくり説明するとテリトリーに指定した範囲内のことは、なんでも分かってしまう。超えげつない魔法だ。


 学園長のテリトリーである、学園内では、学園長に隠し事はできない。


 心も読まれてしまう。


 だから、うっかりクソババァとか思っちゃうと翌日から停学になることもある。


「ウィル坊……明日から停学1ヶ月じゃ」


「いや、いや、いや、解説していただけじゃないですか!」


 ——「まあ、冗談は置いといて、犯人探しは別の者に任せるで、ウィル坊はカレンと一緒にユイナ姫を警護してやってくれ」


 ん、カレン先輩?


「油断大敵」


 気がつくと僕はカレン先輩にヘッドロックをされていた。いつの間にこの部屋にいたんだ……。


 痛い……でもいい感じで、カレン先輩のおっぱが顔に当たる……痛い、でも幸せ、痛い、でも幸せ……まさに飴と鞭。


「ちょっ、ちょっとアナタたち何をやっているのですか?」


「後輩にこうやって胸を押し付けて手懐てなずけてる」


 ありがとうございます!


「な、な、な、なんて破廉恥な!」


「でも、後輩おっぱい好き。こうするのが一番言うこと聞く」


 ……否定できない僕がいます。


「ウィル……あなた婚約者の前で何をやっているのですか……」


「姫もやればいい」


「やりません!」


 まあ、そんな感じで、有耶無耶のうちに色々決まった。


 とりあえずユイナはまだ学園長と話があるらしく、僕だけで先に教室に戻った。


 何か憂鬱だ。




 ——「遅い! 遅い、遅い、遅い、遅いですわよ、ウィル!」


「や……やあジーン」


 教室で僕の到着を待ちわびていた、不機嫌なジーン。彼女は侯爵令嬢で、何かと僕の事を気に掛けてくれる、優しい子なのだが……。


「遅いですわよ!」


「僕、何か約束してましたか?」


「これですわ」


 ジーンが指さしたのは床に落ちたハンカチだった。


「拾いなさい」


 またか……僕は毎日ジーンにこのネタに付き合わされている。


 僕がハンカチを拾おうとすると。


「この変態は床に這いつくばってまで、わたくしの足が見たいのですか?」


 罵倒される。


 彼女は優しくて可愛いのだけど、性格が残念なのだ。


「はい、どうぞハンカチです。もう落とさないでくださいね」


 そしてハンカチを手渡すと……。


「また落ちたましたわ、拾いなさい」


「えぇぇ」


「嫌ですの! 嫌ですの! 私の足を見たくありませんの!」


 いや、見たい。見たいのだけど……。



 クラスメイトの視線が冷ややかだ。



 どうせやるなら、2人きりの時にこっそりとやって欲しい。

 

 僕はジーンのハンカチを拾い、手渡した。


 もちろんバッチリ足を見た。


 そして、チラッとだけスカートの中も……。



 青だった。



「ボ————ン」予鈴が鳴ったので自分の席に着いた。


「おはようウィル、いつも大変ね」


「おはようセリカ、もう慣れたよ」


 今声を掛けてきた、隣の席の彼女はクラス委員長のセリカ。いつもクラス中から冷ややかな目で見られている僕のことを、温かく見守ってくれている。


 関係ない話だけど、僕の中でクラス委員長と言えば、巨乳で眼鏡なのだが、セリカは巨乳でも眼鏡でもない。


「ね……ねえ、朝からいきなり人の胸、直視しないでくれる」


「あ、ごめんごめん」


 セリカは視姦しても、優しく見逃してくれる。僕の唯一癒しだ。


「今日、うちのクラスに転入生が来るみたいなんだけど、ウィル何か知ってる?」


 間違いなくユイナの事だ。


「そ、そうなんだ」


 何かややこしそうだから、しらばっくれた。


「もう今期の授業結構進んでるから、この時期に転入ってなかなか馴染むのも大変だよね」


「あー、そうだね。でも彼女なら大丈夫だよ」


 でも、コレが命取りだった。


「ねえウィル……彼女ってどういうこと? 何故、女の子だって知っているの?」


「あ……」


 しまった……地雷を踏んだ……。


「私転校生としか言わなかったよね? なのに何故、彼女なの? ウィルあなた知っているんじゃないの? だとしたら何で私に隠すの? やましい事でもあるの? その子狙いなの? いつも言ってるよね? 嘘だけは許さないって? 嘘を付かないなら毎日毎日私の事をイヤラシイ目で見ているのを許してあげようと思っていたけど、嘘をつくとなると別よ? さっきもジーンのスカートの中をこっそり覗いていたわよね? 本当にダメな人ね、あなたやっぱりジーンの言う通り変態なの? ちょと妹が可愛いからって、聖女様と幼馴染みだからって調子に乗ってない? ねえ聞いてる? 早く答えなさいよ、だいたいウィルは……」





 ——セリカに嘘をつくと……説教と言う名の言葉責めにあう。


 僕が嘘さえつかなければ……癒しになってくれるいい子なんだけど……。


 セリカは些細な嘘も見逃してくれない。




 ——結局セリカの言葉責めは、先生が来るまで続いた。



「皆んな席についてるわね……今日は新しいお友達を紹介しちゃおうかな」


 このちょっとゴスっぽい格好のお姉さんはウチの担任のネイサン先生。


 話し方を聞いただけで分かるように、かなり『あざとい』。


 僕は苦手なのだが、クラスの男子に絶大な人気を誇る。


「さあユイナさん入って」


 ユイナの登場に教室が騒ついた。


 ユイナの美貌もあるが、王女が転入して来たのだ。騒ぎにならない方がおかしい。


「ユイナ・ラーズです。本日から学園でお世話になります。皆さんよろしくお願いいたします」


 クラスが大騒ぎになった。


「ユイナ姫可愛い!」「ユイナ姫キレイ!」「うおー本物だ!」「ユイナ様だ!」「めっちゃ顔小さい!」「スタイルいい!」


 皆んなから称賛を集めるユイナを見て、僕まで誇らしげになってきた。


 僕の婚約者だぜ! おっぱいも2回揉んだんだぜ!


 そんな、ことは口が避けても言えないので、目立たないように大人しくしていた。


 でも、ユイナは僕と目が合うと、ツカツカとこちらに歩みをすすめてきた。


 そして、まだぶつぶつ言っている。セリカの前にたった。


 嫌な予感しかしない。


「……ユイナ姫」


「あなた、席を譲っていただけませんか?」


「え、……何故ですか?」


 ユイナが僕を見下ろす。


「そこにいる、ウィルは私の婚約者なのです」


『『えええええええええええええっ!』』


 嘘やん……それ言っちゃうの?


 クラス中に衝撃が走る。


「もう……2回も純潔を奪われました」


 伏し目がちに頬を赤らめるユイナ。


 え……何それ……僕しらないけど……。


『『えええええええええええええっ!』』


 さらにクラス中に衝撃が走る。


 えっと……。


 取り敢えずこの場合、僕は何をすれば良いのだろうか。


 突然の出来事に、ただ、あたふたとする僕だった。


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