第2話 ムチと飴とムチ

 ユイナさんと約束を交わしたのと、時を同じくして、魔法師団が到着した。


 しかし……魔法師団が到着するには早すぎる。


 あらかじめ襲撃が起こると分かっていたのか?


「自分はこの団を率いるウェイニーだ、リッチが出現したとの報を受け、駆けつけたのだが……」


 ウェイニー……王国に過ぎたるもの有りと謳われる凄腕の魔法師だ。


 ウェイニー団長率いる魔法師団は、王国でも選りすぐりのエリート集団で、団長のウェイニーさんは、公明正大かつ、冷酷無比な人物だと評されている。


 あと、絶世の美女とも……。


 なんでもウェイニーさんの凍てつくような視線が病みつきになり、わざわざ軽犯罪を犯すものまでいるなんて、とんでもない噂もある。


 そしてついた異名が『絶対零度の魔女』だ。


 ウェイニーさんは噂に違わぬ絶世の美女だった。僕よりは年上だろうけどかなり若い。


 ウェイニー団長が率いる団なら、この到着の早さも納得できる。


「リッチならそこにいる彼女が倒しました」


「ん……どこの彼女だ?」


 振り返るとユイナさんの姿はそこになかった。


 ……ユイナさん……一体どこに?


「ついさっきまで居たんです! 聖魔法を使える魔法師が」


「聖魔法だと?」


 ウェイニーさんはいぶかしげな表情を浮かべた。それだけ聖魔法が希少ってことだ。


「はい」


 交渉も成立したし、リッチを倒したのはユイナさんって事にしてもらおうと思っていたのに……。




 ——とりあえず僕はリッチにとどめを刺したのはユイナさんだと脚色して、ウェイニーさんにここで起こった出来事を話した。まあ……一応、本人がいないのでユイナさんの名前は伏せておいた。


「しかし、何故リッチがこんなところに」


「僕が来た時にはもう、校内に入り込まれてましたので……」


「そうか……」


「ここに来るまでに、リッチが現れたと逃げていく何人もの生徒達とすれ違いました。目撃者はかなりいると思います」


「ふむ……では、事情聴取が必要だな」


「そうですね」


「君にな」


「え……」


「連行しろ」


『『ハッ』』


「ちょっと待ってください、何で僕が?」


「君はリッチがいると分かっていて、何故ここへ向かったのだ?」


「それは……」


「君はリッチへの対抗手段を持ち合わせているのか?」


 痛いところを突く……。


「そ……それは」


「どう考えても、不自然だろ。それに聖魔法師がいたのかどうかも怪しい。自分にはリッチを倒すほどの聖魔法の波動を感じられなかった」


 だって……凝縮して剣にしちゃったもん。


「君の言い分は城で聞いてやる、連れて行け」


「ハッ!」


 どうしよう……逮捕とか……。




 ——「お兄ちゃん!」


 校門に差し掛かったところで、ユアが駆けつけてくれた。


「ユア……」


「どうしてお兄ちゃんが捕まってるの?」


「それが……僕にもよく分からなくて」


 状況的に疑われるのは理解できるが、証拠もないのに連行だなんて……あまりにも横暴だ。


「身内の者か」


 ウェイニー団長がユアに問いかける。


「はい、私はそこのウィルの妹、ユア・ギュスターヴです」


「ほう、ギュスターヴ家の者か」


 僕の家、ギュスターヴ家は、王国のまあまあ有力な貴族だ。


「この男には、リッチを校内に招き入れた嫌疑が掛かっておる」


 つか、その理屈もおかしいよね? 対抗手段を持たなかったら、どうやってリッチを招き入れるっていうんだよ。


「リッチを……それは兄には不可能です! だって兄は今朝は私と……」


 ……ユア……あんなに恥ずかしい事を話してまで、僕を助けてくれようとしてるのか……そこまで僕の事を……。


「うん? 今朝は私と」


 ユアが見る見る赤面していく。


「……な……なんでもないです」


 ……僕はそこまで想われてなかったようだ。


「後ほど、ご両親にも通達が行くだろう」


「は……はい」


 ユアはあっさり引き下がった。まあ、下着姿で兄を誘惑していましたなんて、普通言えないよね。




「ウィル!」


 ニナも来てくれた。


「これはこれは聖女様」


「ウィルが何かしたのでしょうか?」


「この男には、リッチを校内に招き入れた嫌疑が掛かっています」


「それは不可能です。だって爆発が起こった時、ウィルはわたくしと」


 ……ニナ……あんな恥ずかしい事を話してまで、僕を助けてくれようとしてるのか……そこまで僕の事を……。


「うむ……この男何かあったのですか?」


 ニナが見る見る赤面していく。


「……いえ……何もありません」


 ……僕はそこまで想われてなかったようだ。


「では、そこを御退きいただけますか」


「……はい」


 ニナはあっさり引き下がった。まあ、下着姿で全裸の幼馴染をムチで打ち据えていましたとは。普通言えないよね。




 敢えなく僕は逮捕されてしまった。




 ***




「取調べまでここで大人しくしてろ」


 そして僕は投獄されてしまった。


 脱走するのは容易いけど、それでは問題の解決にならない。


 陛下にとりなしてもらうしかないけど……僕陛下苦手なんだよな……。


 とりあえず、寝よう。




 ——しかし、すぐに取調べが始まり、僕は眠れなかった。


 つか……この状況……なに?


 僕が取調べと言って連れてこられたのは、拷問室だった。


 ……マジか。


 そして上半身を裸にされて吊るされた。


 事情聴取というか……もう犯人扱いだ。


「ウィル・ギュスターヴ、素直に白状すればよし、さもなくば身体に聞く事になる。理解したか?」


 取調べはウェイニー団長が自ら行うようだ。


 お供のものは連れてきていない。


 僕とウェイニー団長二人きりだ。


「うん? なんだ君はもう既に誰かに拷問されたのか?」


 まだ、ニナにムチで打たれた後が生々しく残っていた。


「……いえ、違います」


「もしかして……」


 ウェイニー団長の息遣いが荒くなってきた。


「ハァハァ……もしかして君は……そういう趣味なのかな?」


 ウェイニー団長のテンションが明らかにあがった。もしかしてこの人……ダメな人なんじゃ。


「さあ、拷問をはじめよう!」


 事情聴取……じゃなかったのか?


「君は何故学園にリッチを招き入れたのだ?」


「僕はやってません!」


「パチィ——————ン」


「……ッッッッッッッッッッッゥ!」


 問答無用でムチで叩かれた。その強さはニナの比じゃない。


 まだニナには愛情があったんだと思った。


「ハァハァ……リッチをどうやって手懐けた」


「そんなの僕は「パチィ——————ン」」


 今度は食い気味で打たれた。


 これは……心が折れてしまうかも知れない。




 ——その後もしばらく同じようなやりとりが繰り返された。ウェイニー団長は終始ハイテンションだった。


 ウェイニー団長は超美人だけど……残念な人だった。




 コンコン「団長」ご報告があります。


「少し待っていろ」


 やっと解放された。


 僕……なんでこんな目にあっているんだろう。帰りたい。


 素で泣けてきた。


 リッチ倒したの僕なのに……。


「出ろ、釈放だ」


 ウェイニー団長が戻ってすぐに釈放となった。




 ——「よ、後輩」


「……カレン先輩」


 僕を迎えに来てくれたのは、学園の先輩であり、特務隊の先輩である。カレン先輩だった。

 

「カレンせんぱーい……」


 僕は嬉しさのあまり、カレン先輩に抱きついてしまった。


「よしよし後輩」


 カレン先輩は嫌な顔ひとつせず、その大きな胸に顔を埋めさせてくれた。


 そして泣いた。


 カレン先輩がよしよしと頭を撫でてくれるたびに、心が落ち着いた。


 まあ、実際顔は見ていなかったので、嫌な顔をしていないかは、不明だ。




 ——「でも、何故先輩が?」


「後輩が連れて行かれるの、見た。だから陛下に根回ししてもらった」


 陛下に借りを作ってしまうとは。


「今から参内しないとまずいですかね……」


「ううん、この件が片付いてからでいいって」


 この件……。

 

「ということはミッションですが?」


「うん、ほら」


 カレン先輩は制服の内ポケットから指令書を取り出して、わざと落とした。


「あー落としちゃったー誰か取りに来てくれないかなー」


 ……これは……僕に拾えと言うことですよね……僕は指令書を拾いにいった。すると、事もあろうにカレン先輩は指令書を踏んづけてしまった。


「カレン先輩……これは何のつもりでしょうか?」


「ボクの足をどければいいと思うよ」


 ……僕はカレン先輩の足を取り、どかせようとした。すると、何をどうやったのか分からないけど、カレン先輩に首4の字を掛けられてしまったのだ。


「いつも言ってる、油断大敵」


 た……確かに……さっき、甘えさせてくれたのはこのため? つーか何のため!


 ……苦しい。


 太ももに挟まれているのは、喜ぶべきことだが、このままでは死んでしまう。



 首四の字を外そうと、カレン先輩の足を掴むと……。


「キャーどこ触ってるの変態」


 棒読みだけどこの台詞はこたえる……僕に抵抗するすべはなかった。


「ウィル、今度1日中、技の実験台になってくれたら、外してあげるけど、どうする?」


 また、僕は「はい」としか言えなかった。


 そして指令書を拾い開封すると『バーカ! 騙されてやんの!』と記してあった。


「……カレン先輩これはどういうことでしょうか……」


 僕がプルプル震えながら顔を上げると目の前に先輩がいた。……ち、近い。


 そして僕が後ずさらないと、キスしてしまうんじゃないだろうか、と思う勢いでカレン先輩がグイグイ迫ってきた。


 そして壁ドンされた。


 え……これは、どういう?


 そして、カレン先輩の唇が……。




 僕の唇をスルーして耳元で囁いた。


「指令書は後輩の内ポケットだよ」


 い……いつのまに。


 僕はさっそく内ポケットから指令書をとりだし開封すると『バーカ! 二度も騙されてやんの!』と記してあった。



「飴とムチ」


 ムチという単語がトラウマになってしまいそうな僕だった。


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