期待と不安(当日譚1)

朝起きてから昼ごはんを食べるまでの時間、ずっと風邪の症状のようにソワソワしていた。

悪寒とも言ってもいいその震えに理由があるとするのなら緊張という文字がピッタリと当てはまる。


今日は土曜日。リビングでは新聞を広げた父と韓流ドラマを見ている母がソファに仲良く並んで座っている。つまり、望が我が家の門をくぐる日でもあった。


「お友達はいつ来るの?」


好きな俳優に満足したからか、見ていたドラマは地元のローカル番組に切り替えられていた。有名な芸能人が街ブラロケで明太子を頬張っている。


「もうちょっとやと思うけど…てかわざわざメイク直しとかせんでいいのに」


「何言っとんの!叶が楓ちゃん以外の子を家に呼ぶなんて天と地がひっくり返るぐらい驚いたんだから!」


友達の少ない娘ですみませんね!しかもこれから来るのは友達じゃなくて彼女だけどね!なんて言えるわけないか。

今日のはまだ建前。望には友達として家に来てもらうのだから。


「…叶も成長したんだな」


一つ咳払いを零したかと思うとお父さんがそんなことを言い出した。私が友達を家に呼んだくらいで晩御飯にお赤飯が出てきてもおかしくないくらい騒ぐのはやめて欲しい。


「…ウチってもしかしてめっちゃ過保護?」


「姉ちゃんがダメダメなだけ」


「ってうわぁ!?は、あんたいつからそこにおったん!?」


声のする方──背後から伸びたその声の主はさて、妹だった。昼時だと言うのにまだ寝癖が頭の上で踊っており今さっき起きたことを示している。


「杏も早く昼ごはん食べちゃいなさい」


「はーい。あ、私ご飯派っていつも言っとるのに!」


並べられた昼食を見て肩を落とす妹。作ってもらってる身のくせして文句を垂れ流すなんて言語道断だと思った。ちなみに私もご飯派で、望はパン派だと前聞いたことがある。


「てか何、姉ちゃんの友達でも来るん?」


「あーうん。やけん私の部屋に入ってこんでね」


「ちぇー、漫画の新刊借りようと思ったのに」


口をへの字に曲げて不満そうな顔をする。昔はもっと私に懐いて可愛かったのになぁ、なんて記憶を辿るがどこの妹もこんなもんなのだろう。少しわがままで姉を困らせる、だけどそこが愛おしい。


「そろそろ自分のお金で買いなよ…って来たっぽい?」


聞きなれた玄関のチャイムが鳴り響く。

駆け足でドアまで向かい開いた目の前には──目を疑った。


「…は?」


「お邪魔します」


脳内のキャパがオーバーしている。オーバーヒートだ。

ドアを開けたら愛しの彼女がいるとか…いやいるにはいるのだけれど。その格好が奇妙だった。奇妙奇天烈。奇想天外?

自分で言うのも心苦しいが私と望はお互い友達が多いとは言えない。友達の家に着ていく服すら悩んでしまう節はある。

だからと言ってこの状況が正しくないことはこんな私にでも理解出来た。


「なんでスーツ着てんの…!?」


胸元までピッタリと窮屈そうに閉められたボタン。タイトなスカートではなくパンツを履いていた。長い髪は一本に束ねられており、印象としてはきちんとしている。

春の暖かい風が望の毛先をなびかせ、涼し気な首筋を撫でてゆく。

なんとも言えない嫌な予感が脳の中心を走った。尋常じゃない汗が額を伝い、首筋を伝い、胸元にまで達する。


「ちょいと失礼」


「え、いやちょっと強引えっ」


無理やり身体を捻りこませ、私の横から家に入ってこようとする。

一旦止めようとしたがどこからそんな力が湧くのだろうビクともしない。そんな中でも綺麗に並べて置いたパンプスが照明に反射して見てられなかった。


「待って、望どうしたの?なにか面接でも行ってきたの?時間ならいくらでもあるんだから着替えてきなよ」


そんな疑問がぐるぐると足先まで支配している。たまに望は突拍子も無いことをやらかす。それに慣れたつもりでいた。慣れたつもりでいて、そのあとの対処法は何も考えていなかった。

そんなんだから、家中に響いた望の声すらも止められる力は微塵も残っていないし、暴走とも言える彼女の行動も追い出すことは出来なかった。


教えてもないのにズカズカとリビングの場所までピンポイントで足を伸ばす望。未来予知って訳じゃないがこれから望が何をするか、割と予測できた。


「叶を私にください!」


アホかこいつ…!!

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