期待と不安(前日譚)
- 期待と不安(前日譚) -
「…なんて?」
よく晴れた平日の昼間。春の温かい木漏れ日が籠る望の家で私は読書を嗜んでいた。
昨日から大学も春休みに突入し、お互い暇に明け暮れているのが目に見える。インドア派を極める私としてはこんな日常も拒むものでは無いが。私の彼女はどうやら違うらしい。
「だから、叶のご両親へ挨拶に行きたい」
私の幻聴では無かったみたいだ。暇を持て余していた彼女は私の膝枕の上でゴロゴロと昼寝を決め込んでいたのに。
いきなりパッと起き上がっては素っ頓狂なことを言い出す──何言ってんだほんと。
「いやいや無理!」
「叶ってすぐ無理って言うよね。口癖?」
私の頬を両側から引っ張り遊びだした。
「やめへよー、はなへー」
やめてよ、離せ。なんてこんなやり取りが最近は妙に増えている。これは望とのスキンシップが多くなった証拠だった。
引っ張られすぎた私の頬が伸びきってしまう。どうするんだ歳をとっておばあちゃんになった時にシワになったら。
「それでも私は叶を愛してるよ」
って。って…!年寄りになっても一緒にいる事を遠い意味で宣言されてしまう。
そんなド直球な望が…やっぱり私は大好きなのだけど。
「叶は?」
引っ張っていた指を離し鎖骨周りに沿って望の人差し指がゆっくりと這う。
ここで反応しちゃ何か負けた気がする。
「…もちろん好きに決まってんじゃん」
お互い気持ちを確かめ合うのも大事なのかもしれないけど少し気恥しさが頬に残ったままだ。その余韻に未だ浸りつつも重要な話は逸らせない。
「挨拶ってゆーけどさ、うちの両親は理解してくれんと思う…」
理解されないとは私たちの関係のことだ。きっと同性で本気のお付き合いをしているという事実に私の両親は良い顔をしない。
面と向かって言われたことはないが私には結婚して欲しいに決まっているし孫の顔だって見たいはずなのだ。その気持ちはすこぶる分かっているつもり。娘のウェディングドレスを目に焼き付けたい、血の繋がった可愛い孫に会いたい。親なら誰もがきっと抱く感情。
けれど愛してしまったものは仕方がないとも思う。私が好きになったのは望なのだからそれに嘘をつく事だけはしたくなかった。
しかし、そう簡単に世界の常識が塗り替えられるはずもない。
同性で付き合うことが常識じゃないなんて可笑しいと思うが、それは当事者達の言い分だ。
世の中に吹いている風はまだまだ私たちに厳しいし、それを保護する壁も薄い。
「理解されないんだったら理解してくれるまで通えばいい話」
「ほんとに毎日来ちゃいそうなんだけど…その心意気は凄く嬉しいんやけどねぇ」
母親の方はまだいいのだ。天然で構成されているような人だし何かと偏見を持っている節はない。
いや、それでも実の娘がその偏見に当てはまるのなら話は別になるかもしれないが、きっと許してくれると思う。
「お父さんが化け物級に厳しいから」
昭和のドラマにでも出てきそうなくらい厳格な父。昔から堅く、へそを曲げるとめんどくさい人でもあった。
だけどそれと比例するのと同じくらい溺愛されていた自覚はちゃんとある。
初めての自分の子供なだけあってやはり色々と心配しすぎる面もあるのだろう。
心配するからこその厳しさ。愛ゆえの行動。まあ、分からなくもないんだけどね。
「私は堂々と好きでいたい」
望が私の目をじっと見つめる。
「私だって…本当は」
皆に知っていて欲しい。私にはこんなに素敵な人がいるんだって。幸せだよって。
「でも…」
そんな私を、望を否定されるのが怖い。そう言おうとしたが口を塞がれてしまいその先は封じられてしまった。
「──!?」
望とは何度もキスをした事があるがやはり唐突に行動に移されると驚いてしまう。
いや、分かっていたとしても私の心臓は飛び跳ねてしまうのだろうけど。
「誰も私たちの事を認めてくれないなら一緒に逃げよう。外国にでも住んじゃえばいいんじゃない?」
「…そのセリフを言って本当に実行するのは望くらいだよ」
望なら月の裏側まで着いてきてくれそうだもんな。ロケットの操縦席に真顔で座る望を想像してつい吹き出しそうになった。
「分かった。じゃあ今週の土曜日なら両親もいると思うしおいでよ。だけど私たちのことはまだ秘密」
「えっ?」
「こういうのは順序が大事やけん、まずは顔合わせだけ。お互いが知り合ってからでも遅くはないと思うし」
知らない人から始めるよりも望のいい所をいっぱい見せつけてからの方が結果も多少変わってくると思ったのだ。…私の勇気がちょっとだけ足りてないのもあるけど。
「んー、しょうがないな」
望は子供のように笑ってまた私の膝の上に寝転がる。最近よく笑うようになった。私の一番大好きな顔で下から見上げられる。
あーもう可愛いな。
「望って私の事好きすぎじゃん」
「理由なんて必要ないくらいには好きだよ」
またそうやってちっとも隠すこと無く気持ちを曝け出す。これで悪意も他意もないのだから何も言えない。
「…そういうの反則」
「先に仕掛けたのは叶でしょ?」
意地悪にニヤケながら細い手が伸びる。その腕を離すものかと掴んではウトウトと春眠を楽しむことにした。
咲いている花が散って、夜空に浮かぶ月の形が変わって、肌に伝わる気温が移ろっても私は膝で気持ちよさそうに寝ている彼女の傍で笑っていられているだろうか。
そんな未来を少しだけ思って、不安も期待も全部捨てて今はこの人の寝顔だけを見ていよう。
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