IF もしも皆が小さくなったら


人間、個性が生まれるのはいつからなのだろう。少なくとも幼稚園生の時点ではもう既にそれは芽生えている。遠目から眺めていても誰がどのような子なのかすぐに分かってしまうのは子供の特権なのかもしれない。大人になれば上手く隠して生きていかなきゃならないから。


しかし、子供は可愛らしいもので、こんな小さな教室に押し込むのはどうも庇護欲が溢れだしてしまう。この仕事をする上でそれはとても大事なことなのだ。


「かえちゃん、まってよう」


昼ごはんのお弁当を食べた後だというのにどうしてこんなに元気いっぱいなのだろうか。

叶ちゃんはぺったんぺったんと同じ組で一番元気のいい楓ちゃんについて回っている。性格の全く違う二人が一緒になるとは想像つかなかった。置いてかれるのが怖くて常に二人で手を握っているのがとても可愛らしい。


「かなちゃん、ぼーけんだよ。おそといこー」


どこから持ってきたのだろうか。手軽な木の棒を懐に刺して外を指さす楓ちゃん。気を抜いているといつも一人でいる叶ちゃんがどうやらお気に入りみたいで子分のように後ろに連れている。

いつも元気で活発な楓ちゃんはどこからそのエネルギーが湧くのだろう、常に走り回っているイメージ。元気すぎてたまに心配になることもあるけれど。


最近は友達の多い楓ちゃんのおかげで少しずつ叶ちゃんの周りにも人が増えてきた。しかし自分のお気に入りが盗られたようで面白くないのか、たまに楓ちゃんは叶ちゃんの腕をその場から引っ張って二人きりで遊んでしまうのだ。止めなければいけないのかもしれないが、叶ちゃんがあまりにも嬉しそうな顔をするので踏み込めない。


「や、やだよう。おそとさむいよ」


「てやんでい、ゆきがふってるんだぞー」


なんでいきなり武士語なのだろう。こういう所が子供は不思議で飽きない。外はシンシンと雪が降り積もっており、多くの子供達はもう既に広場へと出ていってしまった。まだクラスに残っているのは叶ちゃんと楓ちゃん。

後は、ずっとひとりで大人しくブロックを積み上げている望ちゃんだけだった。


「望ちゃんはお外行かないの?雪で一緒に遊ぶ?」


今年の年中組できっと一番の問題児はこの子だろう。誰かに暴力をするわけではないし、特に大きな迷惑をかけることも無いのだが、先生達から見てかなり大きな難関となっている。あまり表情に出すような子ではなく、無口で反応も薄い。分かりずらい子ではある。


「いかない、さむいし」


この調子だ。何が好きなのかもよく分からないし嬉しそうにする時もあまり見かけない。

しかしそんな望ちゃんが唯一目で追っているのが叶ちゃんだった。今もブロックを握りしめながら楓ちゃんに無理矢理連れていかれそうになる叶ちゃんを見つめている。けれど自分から話しかける訳でもなく、ただただ遠くからボーッと視線を送るだけ。

その視線の先を見ると、ドアの付近で二人が抱っこしていた。


「んんぬー」


「かえちゃんこわいよう」


本当に強行突破って感じだ。楓ちゃんはどうしても外に叶ちゃんを連れていきたいらしい。外で遊ぶよりも教室の中で粘土をこねるのが好きな叶ちゃんはどこからどう見てもそれを嫌がってるが。


「かなちゃんおもい」


そんな失礼なセリフと共に担いでいた叶ちゃんを下ろす楓ちゃん。仲がいいのかどうなのか。抱っこがダメだと分かった楓ちゃんはまた手を繋いで外へダッシュする。それらの動きを望ちゃんはただただ無言で見つめるだけ。

このままにしておけないと思ったので少し動いてみようか。本当は先生としては子供達の関係に口を出すのは良くないと分かっているけれど。


「楓ちゃん、ちょっと叶ちゃんを離してくれる?」


「えー」


「ごめんね、叶ちゃんちょっとおいでー」


そんなに外に出るのが嫌だったのだろうか、泣きそうになっていた叶ちゃんがてくてくとこちらに走りよってくる。救いの手が差し伸べられたとか考えてるのかな。


「せんせー、おそとやだぁ」


そのままギュッと私を抱きしめる叶ちゃん。そうねぇ、こういう所は望ちゃんと気が合うかもしれない。しかしどうだろうか。引っ込み思案の叶ちゃんと反応の薄い望ちゃんが一緒にいて、そこに会話は生まれるのか。


「無理していかなくても大丈夫だよ。そうだ、今日は望ちゃんと遊んでみない?」


そう言うやいなや、くるっと首を回して緑色のブロックを投げて遊んでいる望ちゃんと目が合う。あれ、いつの間にそんな遊び方を。

望ちゃんはいきなり名前を呼ばれたことに驚いていたが首を下におろしお辞儀する。子どもの対応じゃないみたいだ。

しかし、叶ちゃんはビクッと肩を揺らしたあと私の足元に顔を埋めてしまった。あらら、これは失敗かな?

望ちゃんの方を見るとこちらも少し泣きそうになっている。


「…あそぼ」


泣きそうになりながらも立ち上がって叶ちゃんの手を取って引っ張る。本当に珍しいシーンを見ている気が。

それに驚いている叶ちゃんは望ちゃんと私の顔を交互にみやっては諦めたのか、そのまま一緒ブロックを積み上げていた。


「ぶろっく、つかったことない」


いつもブロックは望ちゃんが占拠しているのであまり他の子達も遊べないでいた。しかし誰も望ちゃんに反旗を翻す子がいなくて悠々としている姿ばかりが瞼に焼き付いている。だがどうだろう今は。


「ここをこーやって、うん。できた」


叶ちゃんの隣にピッタリとくっついて座ってはそう指導している。そうすることによって段々と叶ちゃんの顔にも笑顔が戻ってきているようだ。


「これたのしーね」


想像していたよりも仲良さげな二人を見てこちらも幸せな気分に包まれる。後に残った問題は…こちらだろうか。


「むー、ふたりばっかずるい」


楓ちゃんは不満を口に出しているがさっきみたいに無理に叶ちゃんを引っ張りだそうとはしない。近くに寄って話をしてみることにする。


「二人と遊ばないの?」


「…かなちゃんたのしそうだし、いー」


無鉄砲に叶ちゃんを振り回しているだけでは無いのだ。あくまでも叶ちゃんが楽しいと思えることを先に回ってリードしてくれているように見える。本当に優しい子だと思った。

だけど叶ちゃん達も楓ちゃんと一緒に遊ぶ方が楽しいよ、そう言ってあげようとした時。


「あら、なにかあったの?」


ギョッとした。いきなり現れたのはこのクラスの子供たちよりも幾分か背の高い女の子。見たことないのできっと年長組の子だろう。子供には似つかわしくない言葉遣いで楓ちゃんを慰めている。


「べ、べつになんでもない」


「おねえちゃんとあそぶ?」


そう言って手を取る女の子に楓ちゃんもどうすればいいのか分からないような様子だった。けれど次第に諦めたのか、紅潮した頬を隠しながら俯いていた顔を上げる。チラリと叶ちゃん達の方を見たあとはすぐに教室から出ていってしまう。


「ふふ、おたがいたいへんですね」


年長さんの女の子もそのまま連れられて出ていく瞬間にそんなことを言ってきた。…大変だねー。

それから本当に出ていくギリギリで「いもうとのことをよろしくおねがいします」と言っていた気がするがどういうことだろう?


そんな二人を見届けて次は、と望ちゃん達の方に視線を向ける。交互に見すぎて少し首が痛くなってしまった。

あれ、仲良くブロックで遊んでいたはずなのに少しだけ様子がおかしい。叶ちゃんの顔が真っ赤でそれを望ちゃんが可笑しそうに見ている。唇に手を添えた二人が何をしていたのかは知らない。けれど思った以上に仲が良くなっている様を見て心の底から嬉しかった。子供は素直だから嫌なら嫌だと私に助けを求めてくるだろう。それをしないってことは二人の世界をきっと気に入ってるはずだ。


二人に抱いていた不安がスっと消えていく。


皆、問題は多い。きっとこれから先大人になるにつれて苦労もするのだろう。


けれど、大好きな人がいるなら大丈夫。


絶対に支えてくれる人が出来るはずだから。

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