永遠の有効期限
望と思いがちゃんと通じあって数日がたった。望の誤解?も解けて今はどこ行くにも二人で、が普通になりつつある。望が「リードを付けたワンちゃんみたいだね」と言っていたがそれはまさか私のことか?
「んにゃー、微妙だったね」
「だから恋愛物はやめようって言ったやん」
最近できたと話題の大型ショッピングモールに遊びに来た。話題になるだけあって中は思った以上に広く娯楽も多い。今さっき映画を見終わったところだ。CMやバラエティ番組でも良く宣伝されている恋愛映画で、望がどうしても見たいと言うから付き合いはしたのだが。これがもうベタな恋愛映画でして。なんの捻りもない内容に、途中で寝落ちしかけた。恋愛映画に捻りを求めるのもどうかとは思うが。
よくこういった映画で主人公達を自分と当てはめる人がいると聞くが私には出来ない所業だなと感じる他ない。こんな甘々なストーリーに私と望を当てて見てもなんの納得もいかないし。まあ、当たり前なのかもしれないが。
愛の絡まない作品って、ないんだろうなぁ。
「アクション系が良かった…あの、宇宙から来た車が変身して戦うの」
「あー、喋る車の。赤い車がレースで失敗するやつ」
「それ違う」
望とは映画の趣味は合わなそうだ。恋愛物が好きなのは意外だったが。冒頭から最後まで無表情だったのはとても気になるけど。感動シーンもあったよね?多分。寝かけてたから覚えてないけど。
家主不在の蜘蛛の糸のようにぶらぶらと垂れ下がっている望の手を取っては歩き出す。冬だから、ね。うん、寒いし。
映画を見ていた時の表情とは打って変わってニヤァとする望の手を意識的に強く握る。潰しちゃうぞこら。
「そう言えば望の誕生日っていつ?」
最近はこうやってその時思いついた瞬間に質問攻めをしている。そうでもしないと望は自分から話そうとしないのだ。話したくない訳では無いらしい。あまり自分に興味が無いんだと。風俗で働いてすらいなかったのに私がお客として行った時にだけ慣れたように出てきた理由もまだ教えて貰えてない。聞こうとした時だけ珍しい頬を紅潮させて恥ずかしそうにするもんだから、もうちょっとだけ楽しませてもらおうかななんて考えてる。
「12月3日?」
「なんでそこで疑問系なの…」
「あまり人から祝われないし、特別だとも思わないから」
望の家族はどうなんだろう。話を聞いてる限りお姉さんとは仲が良いらしいが、その他の家族構成については聞いたことがない。知らないけど、前みたいに無理に焦ったりすることは無かった。これから知っていけばいいんだし。
「まあ…今年は違うっちゃない?」
照れ隠しのために望から顔を背ける。快晴の寒空の下、私の頬だけが暖かった。
「期待してるね」
だからその顔やめろ。
「冬っていいよね」
「えー、寒いよ」
特に私は寒さに弱い体質なのでできるなら早くこの気温からもおさらばしたい。末端冷え性なのだ。寒さを意識すればするほど体の芯が冷えた気がした。
「冬は…寒い分星空が綺麗に見えるから」
「星空、ねぇ」
いつか見た満点の星を思い出す。あの時は涙のせいでボヤけてしまい、綺麗だととも思えなかった。今なら少しは違うのかもしれない。望の隣に立って見る世界はきっと彩って見えるだろう。泣いて見上げた星空を次はどんな風に見上げるのかな。
それに。右手に感じる温もりを考えれば、嫌いな冬も少しだけいいものに思えた気がした。
「そんなに寒いなら今夜は温めてあげるね。いっぱい。」
「なっ…!」
いきなりそう耳打ちする望に何も抵抗出来ない。望の近すぎる息遣いと吐息で身体が跳ね上がる。こんな公の場で何するんだ、と叫びたかったのにそれも出来ない。最近の私たちの淫らら関係を思い出し期待してる自分が悔しくてしょうがないのだ。恥ずかしさと照れ隠しのせいで耳の先がカァっと熱くなるのを感じた。
「…意外に、音痴よねあなた」
「おまっ…失礼なこと言うなぁ!?」
赤くなってるのを望に気づかれたくないために目の前からやってくる騒々しい人達の方へ顔を向ける。…って、あれ?
「楓…!?」
「げっ…叶じゃん」
冬なのに何故か日焼けが目立つ、パーカー姿の幼なじみが向かい側から歩いてくる。罰が悪そうにしている顔も気になったがその隣を歩いている女性に目を奪われた。何処かで見たことがあるその立ち姿に首を傾げる。光が透き通るように綺麗な金髪にキリッとした目付き。少し望に似ているな、なんて思考が逸れる。あとボッキュンボンだ。
「あ、夕姉」
望が夕姉と呼ぶその人は「やっほー」とこちらに手を振る。つい振り返す。そこでまだ右手に繋がっている望の手の存在を思い出した。楓に見られるのが嫌で咄嗟に離す。…そんな顔しないでって、しょうがないじゃん。
楓の隣でにこやかに笑うお姉さんを見つめる。無くしたピースが頭の中で見つかった気がした。あの日、望のアパートに入っていく人の姿が自然と思い浮かんだ。
「どうして楓が望のお姉さんと…」
「あ、いやこれは」
「はいはーい!こんな所で立ち話でもなんだし、お姉さんに奢られてみない?」
そんなお姉さんにウィンクを貰い連れていかれた先は誰もが一度は足を踏み入れたことがあるだろう、ファーストフード店。中はわりと混んでいて席を探すのにも苦労する。休日だから子供連れがやけに多い。隣に座る小学生のポテトをみて食べたくなってしまった。
「奢られてみない?とか言っといて、ここか」
自然な流れで望のお姉さんの隣りに座る楓はやれやれと肩をすぼめてはそう言った。
「なによう、しょうがないじゃない。最近ウチの店も苦しいんだから…」
「売上悪いの?」
心配そうにお姉さんの顔を覗く望をみて仲がいいんだと理解する。姉妹かぁ。ウチにもアホみたいな妹はいるけど最近あまり話せていないかも。今日あたりちょっかい出してみてもいいかもしれない。
「望の美顔を貸してくれたらいいのに、いい広告材料になるのよ?」
「今は他に大切な人がいるからダメ」
そう言って肩を抱きしめられる。だから恥ずかしいってば。え、唇がヒクヒクしてるけど楓、大丈夫?唇の形に驚かされるのは初めてだ。
「あ、貴方が末原叶ちゃんね!望から度々お話は聞いてるわ。色々と、ね。天野夕よ。よろしく」
「え、あ、はい!よろしくお願いします。あとこちらは私の幼なじみの楓」
楓の方を指しながら望に紹介する。まさか紹介することになるなんて思ってもいなかったからちょっとだけ緊張。
「天野望です。よろしくお願いします」
「よ、よろしく…」
ぺこりとお辞儀する望とは対称に、目線は←唇は→というふうに普通ならできそうにないない表情の楓。なにそれ面白いな。
「そう言えば夕さんは楓とどう言った関係なんですか?」
最初から気になっていたことだ。一体どこでそんな偶然の出会いがあるというのだろう。恋人のお姉さんと幼なじみが仲良く二人でショッピングモールを歩いている。なかなかに奇妙では無いか?
「うふふ、気になる?実は…付き合ってるの」
「嘘ばっかつかないでくれる!?ないない!いきなり声かけられて無理やり連れ回されてるの!」
いやそれだと夕さんが不審者に見えてくるのですが。当の本人である夕さんは可笑しそうに笑うだけだし…否定しないってことは割かし合ってるってこと?望は望で何考えてるか分かんないし。隣のソファに座る小学生の右手にばっか注目してる。玩具の付録が握りしめられていた。え、欲しいの?
「自己紹介も終わった事だし、遠慮なく注文しちゃって!」
「あ、私えびフィレオ」
「じゃあチーズバーガーで…」
「私はビックマックーあとポテトLにメロンソーダのL、ナゲットはバーベキューソースがいい」
「望はもっと遠慮しなさい!」
そんなこんなで賑やかに雑談が進んでいく。いつもはよく喋るのに黙っている楓が気になったが聞くに聞けない。あの日、神妙な顔つきで私の部屋から出ていった楓を思い出した。じっと望の方を見ながら何かを考えているようだ。前髪から覗く眉間のシワが濃くなっている。望の事が気に食わないのか、それなら理由が知りたい。
「あら、仕事の電話だわ。ちょっと席外すね!」そう言って店から出ていく夕さんの背中を見送る。残ったのは会話下手な私と無言で望に熱い視線を送る楓、あとはボケーッとしてる望だけだ。まだ隣の子の玩具を見ている。だから欲しいの?
「ちょ、トイレ」
私は立ち上がって逃走宣言を試みる。この戦場に楓と望を置いていくのにはいくらか心が痛んだが多少の犠牲は仕方なかろう…すまない!そう心の中で念じては安地へと逃げ帰った。
叶の彼女と二人っきりになる。多分叶はこの空気に耐えられずトイレに逃げたんだろう。まあ、いないならいないで好都合だと思った。今ならこの人と話せる。叶に聞かれたくないことを。
「ねぇ、叶のこと本気で好きなの?」
少し言葉に棘があったかもしれない。抜き取ることもできるその棘を私はそのままに相手に投げつけた。しかし返ってきたのは最初から棘のない、美しい花だった。
「ううん、愛してる」
どうしてそんな恥ずかしいことを間髪入れることなく言えるのだろう。けれどたったその一言で、もう全部どうでも良くなった。相手と視線が交わり、そこで理解する。『ああ、敵わないな』って。何年も思い重なった叶への好意も、この人には一矢報いることなんて出来ないだろう。
「一目惚れがずっと前から好きだった気持ちに勝つことだって、あるよね」
ポツリと自分で呟く。聞いて後悔すると思ったが案外そうでもない。心に残ったモヤが綺麗に無くなっていくようにも思えた。叶の相手がこの人でなければ今頃一発殴っていてもおかしくなかったのに。この人じゃなければ、それこそ奪い取ってたのになぁ。
「叶のこと幸せにしてやってよ、絶対」
「…当たり前でしょ?」
いきなり何を言い出したんだと思われてるかもしれない。そんな当然のこと聞かれるまでもなく分かってるって。それでいい。そのまま私の好きだった人を幸せにしてあげて。
私は私で、まだ泣いてるかもしれない過去の自分に言い聞かせる。言って、納得させる。私は他の誰かのことを好きになるって、約束する。人を好きになることをこれからもきっと辞めないし、思うだけで幸せだった日々を私は忘れない。過去の自分の失恋を、絶対に失敗させたりしないから。だからもう、泣かないで。
「じゃあ二人のデートを邪魔する訳にもいかないしここらで解散しますか!」
奢ってもらった昼食にお礼をいい店を出る。気がづくと時計の針は二時を知らせていた。
「あ、あの!今聞く必要、無いかもしれないですが」
ふとある日の望の言葉を思い出しつい引き止めてしまった。
「いいわよ、お姉さんにじゃんじゃん聞いて?」
「もし自分が人魚姫の主人公だったら…どうしてました?」
突拍子もない質問だということは分かっている。だけどあの日、望が教えてくれた答え以外にも聞いてみたいと思った。
「人魚姫…うーん、私だったら、か。その話って魔女から美しい自分の声と引き換えに足を貰うじゃない?そんなの嫌よ。だからどうにかして魔女を脅して、なんのリスクもなく人間になっちゃうかしら」
それは夕さんらしい回答だと思った。本当に魔女相手に向かっていきそうだし。
「楓は?」
「えっ、あー。素直に諦めて遠くから王子を見守る、かな?」
「へー意外。楓だったら無理やりにでも王子を拉致しちゃいそうなのに」
「私のイメージ悪すぎん…?」
夕さんと楓と別れて望と二人で歩き出す。次はゲームセンターにでも行きたいな。久しぶりにエアホッケーをやりたい。そして望に勝つ。
「叶は?」
「んー?」
「さっきの話。もし叶が人魚姫だったらどうしてたのかなって」
私が人魚姫か。そう言えば他人に聞くだけで自分は考えていなかったことを思い出す。自分が人魚姫なんてなれるとは思わないけど妄想の中でなら許されるかもしれない。
「待つかな。王子様が私の存在に気づいて、引っ張ってくれるまで」
「もし気づいてくれなかったら?」
「信じるもん。絶対に助けてくれるって」
「でしょ?」と首を傾げると珍しく望の方が赤くなった。それを愛おしいと眺めるだけで幸せだなと思える。きっと望が王子様なら隣国のお姫様に恋なんてしない、そんな確信が自分の中で生まれるのだ。岩陰に隠れたって、深海に潜ったってきっと望なら私を見つけてくれる。私の光になってくれるはず。
そして物語の中でも言うのかな。
「私と恋人のフリをしてください」って。
そんな冗談も今なら心地がいいなって。
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