執着の理由

朝ふと目が覚めたら世界が途端に変わってないかな、なんてよく考える。でも実際には窓から溢れる気持ちのいい朝日も頭上でうるさく鳴り響く目覚まし時計もなにも変わっちゃいない。何も、変われない。


「どうせ、逃げ続けるだけの人生やんか」


今までずっとそばにいてくれたはずのあの子はお互い一緒にいたいと思ってくれていたはずなのに、ここに来て全部夢だったみたいに簡単に私を捨てていった。

泣いて喚く以外知らないのはまだ私が子供だからだろうか。

誰かの一番じゃ無くなることがこんなにも辛いだなんて知りたくもなかったのに。知らなくて、良かったのに。


一階から私を呼ぶ母親の声がする。早くしないと授業に遅れてしまう。朝食もそこそこに家を飛び出した。駆け足で乗り込んだ電車では無意識に目線を動かす。


「流石に、おらんよね」


その日は一限と二限だけだったから午前中に授業を終える。友達がいない私には午後の過ごし方なんて家でのんびりするか少し本屋に寄るかそんな選択肢しか残っていない。まあ、いつも通り帰ろうかな、なんて駅まで向かおうと思い正門を出ようとしたその時、右奥のちょっとした木々に囲まれたスペースから昨日からよく聞く声が聞こえた。


「だから無理ですって」

「いや、そこをなんとか!」


興味半分にそっと顔を覗くとどうやら告白現場のようだった。


「俺、ほんとに君のことが好きなんだ!」

「はぁ…じゃあどこが好きなんですか?私たち話したこともないですよね」

「それはその…顔?」

「そう言われて私が納得するとでも思いますか?顔って…しかも疑問形で聞かれても知りませんよ」

「これから知っていけばいいじゃないか!どうか…このとおり…!」


聞こえてきた声で気づいてはいたが、告白されていたのは昨日のあの子だった。男の方はしつこく頭を下げており顔が見れない。流石美少女だ…なんて考える。あの子を狙う男子なんてこの大学にはいっぱいいるのだろうし、告白だって数え切れないくらいされてきているのだろう。何故だか胸の奥がキュッと苦しくなった。なんだこれ?


軽い胸騒ぎなど置いといてこの場からすぐに立ち去るのが礼儀だとは分かっていたがなかなか足が動いてくれない。

この先を見たい。結果を知りたい。なんで一昨日初めてあったあの子にここまで執着しているのだろうか。


「とにかく私、恋愛とかする気ないので。それじゃ」

「ちょっと待っ…!」


ほんとに少しだけだがその振られ様に男に同情してしまった。

でも良かった。付き合わなくて。なぜほっとしているのかは自分でも分からないが。



「わっ!?」

「何驚いてんの」

「あ、あれ。久しぶり…?」

「いや昨日会ったし」


ポンと肩を叩かれた私は驚いて躓きそうになったが何とか踏みとどまり後ろを振り向く。さっきまで少し離れた場所にいたはずなのだがいつの間に私の後ろへ?

覗き見がバレてないかと私の心臓が口から飛び出すほど暴れている。止まれ…止まれ…それこそバレるぞ…


「え、なんか…怒っとる?」

「別に」


ふと顔を覗いてみると少し頬を膨らませたように不満げな表情が見て取れた。昨日と同じ無表情なのだがそこには少しだけ違いがあるように見える。特に何かした覚えはないのだが…いやさっきまで人として最低なことしていたか?


「一限、いなかった」

「へ?」

「電車にも乗ってなかったし」

「ああ、取っとる授業が違うんやない?大学やけんそういうのあるとよ、知らんかった?電車は…乗ってた車両が違うんやと思う…です」


私が必死に言い訳しているように見えてしまうのは何故だろう。


「ん」


こっちが必死こいて弁明してるのを気にもせずに目の前にずいっと四角い無機物を押し付けられる。


「なにこれ?」

「見たらわかるじゃん、スマホ」

「いやそれは分かるけど…これが何?」

「…連絡先、交換したら今日みたいなことないでしょ」


今日みたいなこととは授業を一緒に受けなかったことだろうか?

どうしてここまで私に固執するのか、まだ出会って間もないのに。ほんとにこの子には分からないことばかりでちょっとばかり気疲れする。


「叶のも貸して」


私に拒否権など無いのだろう、半ば無理矢理にスマホを奪われる。いきなり呼び捨てにされたことにドキッとしたのは秘密で。

慣れた手つきで操作している間、私は何もすることなくただ手持ち無沙汰になってしまった。視線をキョロキョロ忙しなく動かす。捨てられた子猫じゃないんだから。


「はい、返す」

「あ、ありがとう」


まだ困惑気味の私の脳みそに無理言ってムチを打つ。手元に返ってきた私の大切なスマホちゃんの画面には友達が追加されたことの通知が光っていた。


「天野 望…」


可愛らしい猫のアイコンの下に書かれているこの文字の羅列は目の前にいるこの子の名前だろうか。じゃなかったらなんなんだと言う話なのだが。


「天野さん」

「望でいいよ」

「…の、望さん」

「呼び捨てにするまで離さないから」

「はいはいはい!分かったから!!望!!」


見た目によらず頑固だ。

天野 望。なかなか聞くことの出来なかったその名前をいともあっさり知ることが出来てしまったことに些細な喜びを感じる。

自分の中で長らく失って見つからなかったピースが上手くハマったような、そんな感じ。


「ところで…望はここで何しとったん?」


ふと思いついた疑問を口に出す。一限でもう既に授業が終わっていたような口ぶりの彼女は一体ここで何をしていたのだろう。


「待ってたの、叶を」

「私?」

「うん、今から予定とかないならちょっと付き合って」


待ってたって、私が夕方まで授業があった場合どうしたのだろうか。なぜだか待ち続けていそうだなと少し微笑んでしまう。よく分からんけど。


「えっ…まあ、うん。別に何もないよ」

「よかった、行こ」


そう言って繋がれた手に導かれて歩き出す。離してなんて言える雰囲気でも無かったのだが先程の男子が掴むことの出来なかったこの左手を私が握っていることに何故だか少しだけ優越感に溺れることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る