不確かな存在
- 不確かな存在 -
「あっ…れ、同じ大学だったんですね」
これもまた私の性格の悪い所だと言えるのだが、、ああいう仕事をしている人は学校に通ってないという変な偏見を持っている。だからなにも深く考えずにあの店へと足を伸ばしたし、こんな奇跡的で確率の低い再会を果たすことなど想像だにしなかった。
「敬語」
「へ?」
予想していたこととは全く違う返答につい素っ頓狂な声を上げる。
「敬語、しなくていいから。先輩とかじゃないし」
一瞬何を言っているのか分からなかった。私はこの春大学に入ってきたから一年生ってわけで、ほとんどの人が先輩…あ、この人も同級生なのか。
「あ、うん。一年生…なん?」
「そう言ってんじゃん」
いや言っとらんよ!?てかなんだろうこの違和感。昨日のあの優しい天使はどこにいったのだろう。あんなに優しく慰めようとしてくれていた私の理想はどこへ行った!お店とプライベートでこんなにも違うのだろうか。
ニコニコと笑顔を取り繕い、いつもそうやって生きていたようにその場をやり過ごそうとする。
「そ、そうやん!もう授業やけん行くね。じゃあ!」
女の子はじっと私を見つめるだけ見つめている。嫌われることでもしたのだろうか、その冷たい視線はこちらが防御する間もなく突き刺さる。痛みなど感じるはずもないのに肌がチリチリと焼けるように感じた。
だけどなぁ…顔はドタイプなんよねぇ…
そのドタイプの顔も私の行動に合わせてゆっくりと立ち上がる。え?え?なんしとん?頭の中でまたクエスチョンマークが統率もなく踊る。
「なに?私も授業に出るだけ」
「そっか」
なんとも無しに二人で図書館から出る。そして一緒に同じ道を歩き同じ教室に向かい同じ授業を受けた。そのあとの授業も何故だか隣にはあの子がいて、帰る電車も一緒に乗り込んだ。
「って、なんでおるん!?」
「今更?」
「いやなんかツッコミするタイミング失っとって…」
「別に、一年生なんだから一緒の学部学科で同じ授業も受けてるってこと、あるでしょ」
「いやいやいやいや!?普通はそんな偶然ありえんに等しいよ!?うちの大学めっちゃ学部多いんやけん!!」
今までのツッコミたい気持ちがここで爆発する。あまりよく覚えていないけど昼食も同じテーブルで食べたような記憶が…
「まさか…家まで同じ方向だったり…?」
「方向は電車乗ってる時点で同じっぽいけど、私はすぐに降りる。一人暮らしだから」
「へー…どこで降りるん?」
「ここ」
到着した駅は大学から一駅と流石一人暮らし。近すぎて羨ましい。私みたいに寝坊してもバタバタすることなど縁遠いだろう。
「じゃ、また明日」
「う、うん」
一人暮らしか。
「って、名前まだ聞いとらんっちゃけど!?」
もうとっくに降りてしまった彼女の背中を見つめる。名前も知らないのに学部や一人暮らしとかそんな情報は知ってるなんて、なぜだかむず痒い。背中をつーっと伝わるこの汗は冷や汗だろうか。同じ授業を取っていたことには驚いたけれど、まあ絶対仲良くしなきゃいけないとかそういう訳じゃないしね。
ん?そう言えばあの子降りる前になんて言ってたっけ?
『また明日』
「…何考えとるかわからん」
あまり考えすぎないようにしようとすればするほどあの子の可愛い顔が頭に思い浮かぶ。それは自分の家に着いても同じだった。お仕事ではあんなに笑っていたのに今日見た顔の中で笑顔は見つかっただろうか?ずっと無表情だった気もする。
そう言えば友達と授業を受けたのは初めてだった。友達?と一瞬考えてしまったがとりあえず脳の隅に隠しておく。チラチラこちらを覗いてるのも無視無視。
友達がいない、って言うのはまあ悲しいことなのだろうが前の私には必要がなかった。何故ならそんな存在が霞むくらい愛しい人がそばにいてくれたから。元カノがいるだけでよかった。その他なんていらないと切り捨てるくらいには、一年しか付き合っていなかった元カノが私の中の18年を凌駕していたのだ。
「私、からっぽやなぁ」
1人ぽつんと部屋に取り残されたように感じる錯覚の中で私はボヤく。今の私には何も無い。何も残ってやいやしない。大学に通いだしたのだって元カノがここを第一志望にしていたから。今来ている服だって私の好みじゃない。全部、全部捧げてしまった。
今の私に、生きている価値というものがあるのなら誰か教えてよ。
ふと明日の時間割が気になってスマホのカレンダーを開く。流石に毎日同じ授業を取ってるわけではないだろう。誰が?元カノじゃない、昨日出会った見知らぬあの子。
「名前、聞いてみよっかな」
いつの間にか昨日のレズ風俗にいた女の子のことばかり考えてしまう。コミュニケーションが苦手な自分から名前を聞きたいだなんてめずらしいこともあるものだ。今日の朝まであんなに不安で、悲しくて潰れてしまいそうだったのに。顔がタイプなだけでこうなってしまうのだろうか?失恋したばっかだよ、私…
昨日とは別の意味で寝付けない私は悶々と彼女のことを意識してしまうのだった。
また、会えたらいいな。
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