自由に憧れた青年

片魔ラン

解放

  夏至夜風の吹く日々が終わりを迎え、冷房魔道具や水魔法を用いた身体冷却の必要性が薄れてきた七月初旬、俺は齢12の時より七年間通った高等学院の大演習場にいた。

  今日は、卒業後貴族となる者や、貴族に仕えることが確定している者たちの卒業式である。

  つまり、俺達がこの鳥籠から卒業を許され、また別の鳥籠へと移される記念すべき日なのだ。

  貴族となる者はアデス王国貴族としての仮面を被ることを強いられ、貴族に仕える道を進む者はつい昨日まで減らず口を叩いていた相手を敬い、敬語で接することを強いられる日々が始まる。

  かくいう俺も、明日になれば幼少期に結ばれた婚約が婚姻へと昇華し、婿入り先で侯爵家の実質責任者としての教育を受けることになる。

  結局、学院に入った頃より行ってきた工作の全てが無駄に終わり、逃げることは叶わなかったということか。こんなことになるのであれば、八年前のあの日に戻り、自由への憧れなど捨てるように諭したいものだ。

  しかし、交わした対象が自分とは言え、約束は守らねばなるまい。俺は今代の首席である、ダリル公爵家の次男が当時を終えるとともに、生涯を、いや、侯爵を引退するその日まで、自由への希望は捨てると……


『ベルフォンス嬢!王太子殿下の御前です!無作法はおやめくだs』


「うるさいわね。私には今この場でやらなきゃいけないことがあるのよ!デレック!聞いているのでしょうデレック・ウルフ!」


  はて、何やら騒動が起きている模様。私の学年の主任教師であるエルスタッド子爵が引き止めているのは俺の婚約者と同じ名前の誰か、か。

  そして何やら聞き覚えのある高慢……いや、凛とした、威圧感のある声に呼ばれたのは、俺の名だ。


「デレック、聞いているのはわかっているわ!私、ベルフォンス・ブリスティンはウルフ子爵が三男、デレックとの婚約を破棄し、同時に同じくウルフ子爵が四男のエリックと婚約を結ぶことを宣言します!」


  ……今、彼女はなんと言った。

  聞き間違いでなければロード・ブリスティンが俺と嫡子との婚約を望まれてから約十二年、毎年全ての行事にて彼女を完璧にリードし、婚約者として贈るべき言葉も品も一切のミスなく与え、侯爵家の実質的当主として相応しくあらねばと学院の成績を一度も学年五位から変動させることなく維持していた俺との婚約を破棄すると言ったんだよな。

  拙い、思わず大笑いしてしまいそうだ。いやしかしよりにもよって双子の弟と婚約を結び直すとは。これなら実家にも害は及ばないだろうし、万々歳にも程がある。

はやく寮に戻って飛び出すためにも返事をせねば。


「デレック・ウルフだ!その婚約破棄、受け入れた!そこのごm…じゃなかった、弟との婚約及び婚姻については実家に問い合わせてくれ!そしてロード・エルスタッド!しかし今この場で俺が貴族と関わりを持つ道は断たれたため、学院憲章第56条に基づき、俺はこの場にいるべきではないと解する。というわけでこの場を辞させていただく!七年間お世話になりました!」


  俺はそう宣言すると同時に、風魔法と反発魔法を用いてその場から飛び上がり、遠くに聳え立つ寮へと向かった。確かあの場に正式な許可があって立っている者に関しては魔法の使用が許可された場合を除いて禁じられていたが、俺の許可は婚約の解消と同時に消え去ったようなものだし大丈夫だろう。

  そんなことよりも、あの場で他の貴族から仕えるように、と言われる前に脱することが最優先だったんだ。

  常日頃から俺の愚痴を聞いてくれていたエルスタッド先生ならわかってくれるだろう。


「しっかし最後の最後にこんなどんでん返しがあるとは。諦めなくてよかったぜ。」


  いけないいけない、浮かれすぎてついつい独り言が漏れてしまった。

  いくら向こうが破棄してきたとはいえ、俺が婚約破棄を仕組んだと取れる言質を侯爵に取られでもしたら指名手配にされかねないからな。少なくてもこの国を脱するまでは言動に気を付けなければ。


〜〜


  俺が自由を得てから、もう一ヶ月程の時が経った。

  あの日、卒業式の場で婚約を一方的に破棄され、俺が受け入れてから、俺は急いで荷物を回収し、王都の冒険者ギルドに駆け込んだ。

  そして、二年ほど前より知己となっていたアデス王国王都支部の副支部長の計らいで、これまで正体不明とされてきたCランク冒険者“迅矢”の本名がデリック・ウルフであること、及び俺の要望で留めてもらっていたBランクへの即時昇格、そしてギルドの転移門を用いてアデス王国から既に脱していることを周知してもらった。


  結果は、アデス王国による宣言の完全無視。つまり、王国の不介入が決まった、というものだ。

  流石に大国と言えども、貴族家間のいざこざ程度で四大陸に渡って権力を行使する冒険者ギルドに刃向かいたくなかったのだろう。

  というわけで、俺は晴れて自由の身となったのである。

 

  何も言わずに消えて実家には悪いな、と思いはしたが、手紙は出したし、金を払ってBランク以上の特権であるギルドの転移門の使用権利を使えばいつでも会いに行けのだから、いいだろう。

  五年ぐらい自由な生活を謳歌して、婚約破棄の熱りも冷めた頃を見計らって顔を出そうかな、と思っている。

  さて、このことについて考えるのはここまでにするとするか。


  前回は世界樹の精霊と触れ合うという貴重な経験ができたし、その前の依頼では今俺の首で寝ているフェレットのような相棒と出会ったんだ。今回はどんな愉快なことが起きてくれるのだろうか。

  さあ、今日も自由な冒険に出かけようじゃないか。

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