第52話 露悪的~阿里沙~

「次は翔の番だよ」


 戸惑う神代に代わって阿里沙が指名する。


「俺が阿里沙の考えに従わなかったらどうする?」

「あたしの考えじゃない。怜奈の願いを叶えさせたいかどうかだよ」

「同じことだろ」

「全然違うよ」


 じっと見詰めると翔はうるさそうに顔をそらした。


「俺の願いごとは『オムレツを上手に巻けるようになりたい』だよ」


 ボソッと独り言のようにそう言った。


「オムレツ⁉ 翔の得たい能力ってそれなのか⁉ なんでまた……そんなに好きなのか?」


 伊吹が仰天しながら問い質す。


「ちげーよ。はじめから神代のことなんか信じてねぇから。どうせ願いごとなんて叶えないと思ってたからテキトーなこと書いただけ。そしたらお互い当て合うゲームをするって言うから超笑った。ぜってー誰も俺の『願いごと』は当てられねーだろって」


 いかにも翔らしいあまのじゃくな『願いごと』に阿里沙は苦笑した。

 確かにそんな願いなら百万回答えても当てられなかっただろう。


 阿里沙に続き自らの『願いごと』を告白した翔に怜奈は驚いた顔をしていた。


「なんで……私の願いのためなんかに…」

「勘違いすんなよ。別に俺は友だちだとか友情だとか、そんなことが理由で勝負を降りた訳じゃない」

「怜奈が好きだからでしょ?」

「茶化すな! 糞ビッチ!」


 阿里沙がからかうと顔を真っ赤にして怒った。

 分かりやす過ぎてからかうのが楽しい。


「俺の『願いごと』はふざけすぎてるからだ。叶えたいだなんて一ミリも思っていない。怜奈は『願いごと』を諦めないために一番会いたくない奴から逃げずに立ち向かった。正直スゲーよ。俺にはできない。ちょっと尊敬した」


 翔は後頭部を掻きながら顔をしかめる。


「そこまで真剣な思いに対して俺のふざけた『願いごと』が邪魔したらダメだろ。理由はそれだけだ。別に阿里沙に言われなくても辞退するつもりだったし」


 怜奈の強い気持ちが翔も動かした。

 阿里沙はホッとする。


 しかし本当の問題はその次だった。

 阿里沙はゆっくりと賢吾を見る。


「次は賢吾の番だね。あたしと翔が勝負を降りた。賢吾はどうするの?」


 賢吾は静かに目を閉じる。

 そしてゆっくりと目を開きニヤリと口の端を吊り上げた。


「ここまで来て僕が自らこんなチャンスを放棄すると思った? なんのために二泊三日も旅をしてきたと思ってるの?」


 ゆるゆると首を振る姿は正体を明かす悪役のようだった。

 背筋に冷たいものを感じながらも、阿里沙は微動だにせず賢吾と視線を交わしていた。


「阿里沙さんはもう少し頭が切れると思ってたのにな。残念だよ」


 賢吾はゆっくりと参加者たちの周りを歩く。


「僕が怜奈さんのためにこの勝負から降りないことくらい分かっていたはずだ。だったら二回は僕を指名して予想すべきだった。翔くんと合わせれば四回もチャンスがある。いや、三回答えてすべて外れたあとで自らの『願いごと』をカミングアウトすれば二人合わせて計六回もチャスがあった。阿里沙さんはそれを捨ててしまったんだよ。あり得ないミスだ」


 賢吾らしい冷静で鋭い指摘に阿里沙はたじろぐ。


「翔くん、君も抜けている。甘すぎるよ。君は、君だけは気付いていたはずだ。僕が怜奈さんの『願いごと』がなんなのか分かったということを」


 翔はギリッと歯を噛み、賢吾を睨む。


「どういうこと⁉」

「僕は怜奈さんのツイッターアカウントを知っている。『セレナーデ』という、そのアカウントをね。そこには怜奈さんの『変わりたい』という生々しい思いが綴られていた」


 その言葉に、怜奈は目を見開いて明らかに動揺した。

 もちろんそれは揺さぶり作戦で、その反応を見た賢吾は満足げに微笑む。


「そのことは翔くんも知っている。僕と怜奈さんしか残っていない状況で僕に回答権が回ってきたら、それはもう僕の勝利が確定したも同然だ。翔くんはそれを阻止するため僕の『願いごと』を当てに来るべきだった」


 怜奈の前に立ち止まり、俯く彼女を見下ろした。


「恩を仇で返すかたちになってしまいすいません。あのとき僕を追放しておくべきでしたね」


 賢吾は慇懃無礼な口ぶりで嘲笑った。獲物を追い詰める狐のような、狡猾で残忍な表情だ。


「怜奈さんの願いを知ってるなら、なぜすぐに言わない?」


 賢吾の長広舌を遮ったのは悠馬だった。


「あなたの性格からして、そんな人を煽るようなことを長々と語らないはずだ。違いますか?」

「それは、まあ……最後だからね」


 予想外のところから不意に指摘され、賢吾はそれまで見せていた嫌みなほど余裕を揺るがせた。


「わざと嫌われようとしなくてもいいんですよ。願いごとを叶えるためのゲームをしているんです。賢吾さんが優勝しても、誰もあなたを恨んだりはしません」

「わざと嫌われる? 勝手な妄想はやめてくれよ」

「僕と一緒に助けを求めに行った時、賢吾さんは必死だった。炎天下のなか文句も言わず何時間も黙々と歩いて、僕が崖に落ちた時も必死で助けてくれた」

「みんなのためにあんなに必死だったから悪い奴のはずがないって? やめてくれよ、そんな人情論」


 賢吾はせせら笑い、虫でも追い払うかのように手を払う。


「そうじゃない。あのとき賢吾さんは罪を償った。だから負い目など感じることはない。正々堂々優勝すればいいんだ」

「負い目なんて……」


 賢吾は目から挑発的な光を消し、言葉を詰まらせる。


「みんなの怜奈さんを優勝させようって空気を無視して彼女の『願いごと』を言い当てたい。でもそれが忍びなく感じるから、わざと嫌われて自分の中の心の迷いを消そうとしてる。違いますか?」

「驚いたな。悠馬くんも阿里沙さんみたいに人の気持ちを読めるようになったんだ? 笑えるね、翔くん」


 同意を求めようと笑いながら話を振ったが、翔は黙って賢吾を見ていた。

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