第53話 祈り~阿里沙~
「あたしらの作戦は間違ってないよ」
阿里沙が一歩近寄ると、押されたように賢吾は後退った。
「たぶん賢吾の『願いごと』は当てられない。だってあんたは頭いいもん。あたしらが考えつくような簡単な答えじゃない」
「わざと君たちに当てられない『願いごと』にしたって言いたいのか? そんなわけないだろ。願いは一人だけしか叶わず、互いに言い当て合い、最後に残ったものが優勝なんてルールを聞かされたのは『願いごと』を書いたあとだ。あの時点で人に悟られないようにするという発想はなかった」
「そう。あたしらにバレないためじゃない。神代ちゃんに無理難題を言えるような、ひねくれた内容なんだよ。それが結果的にあたしらに当てられないという難しいものになった」
「驚いたね」
賢吾は苦笑して首を捻る。
「もう君らに勝ち目がないから正直に答えよう。その通りだよ。やはり阿里沙さんは愚か者に見せ掛けた賢者だ。でも難しいと分かっていても当てに来なければならなかった。詰めが甘いよ」
「愚か者に見せ掛けたつもりなんてないんですけど?」
「それは失礼」
「当てるのが難しいなら最初からストレートにお願いした方が素直でいい。勝てない勝負をするよりよっぽどいい作戦でしょ?」
阿里沙は真剣な瞳で賢吾を見詰める。
「その作戦には大きな欠点がある。僕はそんなにいい奴でもお人好しでもないってことだ。自分の利益のためなら、他人の犠牲なんてなんとも思わない」
「それが普通です。当たり前のことなんです」
怜奈が顔を上げて賢吾を見上げて言った。
「自分のために頑張ることは当たり前のことです。私がこの旅を逃げずに頑張ってきたのは自分のためです。誰のためでなく、自分が強く変われるために」
怜奈は自分を鼓舞するようにぎゅっと強く拳を握っていた。
「当ててください。私の『願いごと』を」
「いいのかい? 君はどうしても願いを叶えたかったんだろ?」
伊吹が心配そうに問い掛ける。
「はい。もし私が負ければ、私の願いはそこまでだったということです。だから気にせず当ててください。もし外したなら、私は本気で賢吾さんの『願いごと』を当てに行きます。だから遠慮なさらず」
賢吾は黙って怜奈に頷く。
そして大きく息を吸ってから言った。
「怜奈さんの『願いごと』は」
怜奈がぎゅっと目を閉じて俯く。
阿里沙を含め他の参加者はみんな賢吾を見詰めていた。
賢吾は口を開いたまま、震える怜奈をじっと凝視している。
そして呆れたようなため息を吐いた。
「……やめた。僕の『願いごと』は『人生をやり直したい』だ」
憑き物が落ちたとはこういうことだという見本のような顔をして、賢吾は笑っていた。
「曖昧な方がいいと思ったんだ。神代さんが本当に神様で時を巻き戻されたら困るけど、その可能性は極めて低い。だったらなんでも要求できそうなものにしようって。金で人生はやり直せるなんて話にして引き出せるだけ引き出そうとか、そんな狙いだよ」
「賢吾らしい欲深い作戦だな」
「オムレツ野郎には言われたくないけどね」
張り詰めていた空気が一瞬で解けるような安堵感が広がった。
「なんで急に怜奈に譲る気になってくれたわけ?」
みんなの疑問を代表して阿里沙が訊ねる。
「あんな空気にしておいてよく言うよ。さすがにあの状況で優勝するのは僕だって気が重い」
「それだけじゃないんでしょ?」
「まぁ、ね。そもそも人生をやり直したいって気持ちは嘘じゃない。でもそれはお金があればいいって訳じゃないって怜奈さんやみんなに教えてもらったからかな。人生はいつでも、今すぐでもやり直せる。それに必要なのはお金じゃない。変わりたいって気持ちだ」
賢吾は怜奈を見て微笑む。
しかし怜奈は俯いたまま目を合わせようとしなかった。
「まぁ予想外のことはありましたが、これも皆さんの意思と言うことですね」
場をまとめるように神代がパンッと手を打つ。
「優勝は風合瀬怜──」
「ごめんなさいっ!」
自分の名前を呼ばれるのを遮るように怜奈が頭を下げて謝った。
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