第51話 阿里沙の賭け~阿里沙~

「もう帰ってきたんですか?」


 駐車場で待っていた神代は時計を見て戸惑う。


「うん。ここでするべきことは、もう終わったし」

「そうですか。この後小規模ですが花火が上がる予定だったんですけど」

「じゃあ少し高台から見ましょう」


 そう提案したのは運転手だった。

 彼が自ら口を挟むのは珍しい。


「いいね。花火を高いところから見るのって面白そう」

「賛成!」


 異論はなく、みんながバスに乗り込む。

 渦ヶ崎町を出て山道を上ると町全体が見下ろせる場所に展望台があり、そこに停車した。

 バスから降りると神代は崖を背にして一堂に伝えた。


「花火までしばらく時間がありますが、ここで最後の『祈りの刻』を行います」


 神代のひと言で全員に緊張が走ったのが分かった。

 阿里沙も緊張したが、それは他の者とは違う種類の緊張だった。


 神代がトランプを出すのを見て阿里沙は勢いよく手を上げる。


「ねぇ最後はあたしにトランプやらせて!」

「え?」

「こう見えて得意なんだよね、トランプ」

「でも……」


 突然の申し出に神代が戸惑っているのが分かった。

 ここで却下されるのは困る。

 さっさとトランプを奪い、シャッフルを始めてしまう。


 トランプが得意というのは嘘ではなかった。

 亡き祖母が好きで色々と教えてくれたからだ。

 阿里沙は軽やかな手捌きでカードをシャッフルしていく。

 手慣れた手付きに伊吹は「ディーラーみたいだ」などと驚いてみんなが盛り上がった。


「ちゃんとカードがあるか確認させろよ」


 あまりに手慣れているのに警戒したのか、翔が口を挟んできた。

 しかしそれこそが阿里沙の思惑通りだった。


「疑り深いなぁ」


 阿里沙はカードを広げてみんなに見せる。

 その際スペードのキングとハートのエースの位置を確認した。


 その二枚をそっとバレないように抜き、再びシャッフルしたカードの束の上にセットした。

 だ。


「じゃあ怜奈から。ストップって言ってね」


 阿里沙はパラパラとカードの束を捲っていく。


「ストップ!」

「このカードね」


 一番上のカードだけ持たず、捲られたカードの束を抜く。

 そして一番上のカードをストップしたカードの上に乗せた。

 こうすればどこで止めようが怜奈のカードは一番上、つまりスペードのキングとなる。

 手品のスライドフォースという技だ。

 プロほど上手くはないが、暗闇も手伝ってトリックに気付いた者はいなかった。


「あっ……私スペードのキングです」


 それ以上大きな数字がないから絶対に最後になるカードだ。

 その後は仕掛けなしに選ばせ、翔がハートの四、賢吾がクローバーのジャックを引いた。


「あたしは一番上でいいや」


 しれっと一番上に乗ったハートのエースを引く。

 これ以上小さい数字はないので回答権トップは確実だ。


「うわ⁉ なんか嘘くせぇ! いかさましただろ!」

「人聞きの悪いこと言わないでよ! ちゃんと見てたでしょ!」


 言い掛かりをつけてくるがトリックを見破った訳じゃない。

 翔は不服そうだが引いてくれた。

 賢吾は目を細め、鋭い視線を阿里沙に向けていた。

 なにか言われる前に阿里沙は回答を始める。


「あたしが指名するのは」


 人差し指をピッと空に向け、一呼吸置いてから続けた。


「あたし自身」


 阿里沙が自分自身を指差し、全員が唖然とした顔になる。

 なにか言おうとしていた賢吾も口を開いたまま固まっていた。


「あたしの願いは『死んだおばあちゃんにもう一度逢いたい』」


 誰もがどうリアクションしていいかわからない、凍ったような静寂だった。

 それを無視して阿里沙は笑いながら一人芝居を続ける。


「その通り! 正解です!」

「どう言うことですか?」


 困惑した様子の神代が訊ねてくる。


「あたしはあたし自身の願いごとを当てたの。誰を指名し当てもいいんでしょ? ルール違反じゃないはず」

「し、しかし」

「色んなことがある旅だったよね」


 神代の反論を遮り、語り始める。

 ここからが阿里沙の作戦の本番だ。

『祖母に会いたい』という自分の願いを放棄してまで出た勝負で邪魔されるわけにはいかなかった。


「はじめはなんかノリの悪そうな人ばっかで、二泊三日とか絶対無理って思ってた。みんなの願いを当てて絶対優勝してやるって思ってたし」

「本気で死んだおばあさんに会えるとでも?」


 賢吾が警戒した目で訊ねてくる。

 作戦かもしれないと訝しんでいるのかもしれない。


「もしかしたら神代ちゃんは本物の神様なのかもしれないって、少しだけ思ってた。だってウケるじゃん、本当に神様がいたらさ」

「ウケるというのはよく分からないけど。叶えてもらえない夢を願いごとにするのはもったいないって思わなかった?」

「まぁね。でも色々考えて、もしなんでもひとつ願いが叶うなら、やっぱおばあちゃんに会いたいかなって。だからそれに決めたの」


 嘘偽りなく答えた。

 真剣に向き合わなければ、相手も真剣になってくれない。

 嘘をつけば相手も嘘をつく。

 それが大好きだったおばあちゃんの教えてくれた言葉だ。


「旅を続けていくうちに、色んなことがあって、みんなのことが知れて、なんかだんだんと楽しくなってきたの。翔はうざいし、賢吾はズルい奴だし、伊吹せんせーはジョークとかつまんないけど。でも変な奴らだけど、悪くないなって。フツーに暮らしてたら関わることないような人たちだけど、旅をしたらこんなに楽しいんだって思えた」


 怒ったふりして照れる翔、微笑んでる伊吹、黙って静かにこちらを見る悠馬、まだ用心している賢吾。

 それぞれの顔を見てから目をうるうるとさせている怜奈に視線を向ける。


「中でも頑張ってる怜奈に感動した。伊吹せんせーが窓ガラス割るの止めたり、一人で賢吾を庇ったり、逃げずにイジメてきた同級生と向き合ったり。そんなに頑張ってまで叶えたい『願いごと』なんだよね」

「それは……そうですけど。でも」

「だからあたしは怜奈の願いを叶えてあげたい」


 それこそがトランプのトリックを使ってまで成し得たかった阿里沙の計画だった。

 怜奈の回答を最後にしたのは、全員の意思で怜奈を優勝させたいと願ったからだ。


「みんなだってそう思わない?」

「だから阿里沙はそうやってすぐ勝手に決めるなって言ってるだろ」


 翔はお馴染みの言葉で詰るが、その顔は笑っていた。


「それにあたしはこの旅でもう何回もおばあちゃんと会ったし」

「え? おばあ様亡くなってるんですよね⁉」


 怜奈が驚いて訊ねる。


「もちろん本当に会った訳じゃないよ。心の中で会ったの。おばあちゃんと会いたいって『願いごと』にしたからかな、しょっちゅうおばあちゃんのことを思い出した。一緒に遊覧船乗ったなとか、おばあちゃんはこんなこと言ってたなとか、こういうときおばあちゃんならどうするんだろうって。そのたびに記憶の中のおばあちゃんと何度も会えた。だからもういいの。だって願いは叶ったんだから」


 何度も記憶の中で祖母が蘇り、まるで一緒に旅いているみたいな、不思議な二泊三日だった。


「怜奈の夢、叶えさせてあげようよ」

「相変わらず友だちごっこが好きだな」

「ごっこじゃない。友だちだよ、あたしたちは」


 友だちが欲しい。

 怜奈にそう言われたときのことを思い出し、『友だち』という言葉を使ってみた。

 擽ったくて、恥ずかしくて、ほっとする響きがあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る