第50話 描いた夢を並べて~阿里沙~
怜奈をイジメていた愛菜がひきつった顔で「あの時は本当にごめん。でもいまは幸せそうでよかったよ」と言ったところで阿里沙たちは祭り会場をあとにした。
予定されていた時間よりは早いが、もうこの祭りに用はなかった。
翔と伊吹も合流した六人で駐車場へと帰っていく。
「怜奈、いきなり打ち合わせにない作り話をしだすんだもん、焦ったし」
阿里沙が言うと他のメンバーも同意した。
「ごめんね。つい悔しくなって」
「怜奈はスゲーよ。怒るんじゃなくて作り話であの女を凹ませるんだから」
自分の計画通りにならなかった翔だが、むしろ嬉しそうだった。
「あたしも思った。怜奈はすごいよ。よくあんな作り話が咄嗟に次々と出てきたよね」
みんなが褒め称えると怜奈は気まずそうに首を振った。
「逆だよ。むしろ作り話だからつっかえることなくすらすら言えたの。あれは私の願望だから。こうだったらいいな、こうなれば幸せだなって、ずっと考えてきたことなの。引っ越し後の本当のことなら言い淀んであんなに話せなかったと思う」
怜奈は自嘲を浮かべ夜空に目を向けた。
「あの嘘は中学三年の途中から引き籠って、ずっと妄想してきた世界なの。誰もが優しくて、ダメな私を見捨てず、受け止めてくれるありもしないおとぎ話なの。ずっとそんなことを考えて、家からほとんど出ることもなく、何年もネットという窓から世の中を眺めていた私が描いた世界」
それであれほど淀みなくすらすらと幸せな世界を描けたのかと納得する。
「優しい恋人も、気のおけない親友も、幸せな未来も、全部私の願望。気持ち悪いよね。嘘の世界を語って愛菜に自慢していた。話しているうちにそれが本当ならばどれだけ嬉しいだろうって思って、次から次と言葉が止まらなかった」
「君だけじゃないよ」と賢吾が怜奈に告げる。
「怜奈さんが理想の世の中の話のとき、僕も自分の願望を話した。大学の研究室に残り、研究を続けるのが僕の理想だった。話していて、なんだか気分がよかったよ」
「あたしだってそうだよ。彼氏やアウトドアとか、友達とのキャンパスライフとか、ホントはそういうの憧れてるもん」
「僕も結華が死んでいない世界を想像して話していたよ」
無意識のうちにみんなが自分の希望を先ほどの怜奈の話に盛っていた。
みんなが自分の願望を持ち寄って出来たのがあの作り話だった。
それがおかしくて笑ってしまう。
「あのさ、実は俺」
翔は急に改まった声になった。
「どうした?」
珍しく口ごもる彼に伊吹が心配そうに問い掛ける。
「うん……実は俺、学校でイジメられてるんだ」
誰もなにも言わずに黙って聞いていた。
「え? あれ? リアクション薄くね?」
「いや、普通にそうだろうなって思ってたけど?」
困ったように賢吾が言うと全員が頷く。
「なんでだよ! ちゃんと隠してきたのに」
「むしろその性格でみんなの人気者だったら驚くし」
阿里沙がからかうと翔は心外そうに膨れた顔になった。
「怜奈のときと扱いが違いすぎるだろ!」
「日頃の行いだね」
「センセーまでそんなこと言う?」
本気で怒りそうなのでみんながごめんと翔に謝る。
「中学の頃からイジメられ、その同級生が同じ高校に入ったから引き続きやられてるって感じだ」
「教師に言えばいいじゃん。翔ならそれくらいしそうなのに」
「んなこと出来ねぇよ」
「なんでよ? 仕返しが怖いとか? 案外気が小さいね」
「そうじゃねぇよ。教師に相談したらしたら親にまで連絡行くだろ」
「別にいいでしょ。その方がむしろ問題解決するかもよ」
翔らしくない態度だと阿里沙は感じる。
「余計ややこしくなるよ。うちの母親、モンスターペアレントなんだ。もしイジメが発覚したらもうめちゃくちゃになる」
翔は過去にあった母親絡みのトラブルを話す。
素行の悪い生徒を問題だとPTAで議題に上げたり、翔の交遊関係に口を挟み相手の家に苦情を言いに行ったりと、イジメの原因を作ったのはむしろ母親に依るところが大きかった。
「だから俺はイジメられても誰にも話さなかった。もしあのババァに知られてみろ。警察に電話したり、弁護士連れて学校まで乗り込んできて、あの学校にはいられなくなる」
「だからってこのままでいいのか?」
「いいんだよ。あと三年我慢すれば大学だ。一度家を出たらもう二度と帰らないつもりだからな」
「そんなの、悲しいよ」
怜奈がポツリと呟く。
「私は辛いとき、親がいてくれた。フリースクールの先生もいて、私を助けてくれた。でも翔くんは一人きりで背負おうとしている。そんなの辛すぎる」
「いいんだよ。俺は人と馴れ合うのなんか大嫌いだ。一人が一番だ」
「翔をイジメてる奴らのとこにもうちらが行ってあげようか?」
「はぁ? 余計なお世話だ」
阿里沙の提案に翔は顔をしかめる。
「いいじゃん。あんたも一応旅の仲間なんだから。安くしておくよ」
「俺のときは金取るのかよ!」
六人の笑う声が暗い畦道から田んぼへと広がる。
警戒した虫たちが鳴くのをやめ、何事かと様子を伺っているようだった。
山から吹き下ろしてきた風が心地よくて、阿里沙は目を閉じる。
彼女の中でひとつの決心が固まっていた。
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