第49話 即興劇~悠馬~
数曲踊ったあと輪から離れ屋台で買い物をする。
焼きそばやたこ焼きはお世辞にも出来がいいものではなかったけれど美味しかった。
「次はヨーヨー釣りしよ。あたし得意なんだ」
「お祭り好きだね」
「まぁね。おばあちゃんがよく連れていってくれたから」
「私もお祭り好きです。中学校のお祭りは毎年参加し」
怜奈は突然ピタッと会話を途切らせて固まった。
視線の先を追うと浴衣姿の二十歳くらいの女性が並んで歩いていた。
あれが怜奈をイジメていた奴だ。
誰もが瞬時に理解した。
「行こう」
阿里沙が立ち上がりその女性たちを睨む。
しかし怜奈は魂がそこから抜けそうなほど目を見開いたまま動かない。
「行こうよ、怜奈さん。今日ここで過去を終わらせよう」
「大丈夫。僕らがいる。怖くないよ」
それでも怜奈は身動ぎひとつせず、硬直していた。
「今を逃したらずっとこのままだ。変わりたいんだろ、怜奈さん」
賢吾が怜奈に静かに声をかけると、魔法の言葉のように怜奈は頷いた。
「変わりたい。私は、変わりたい」
ゆらーっと立ち上がり、その女性たちに近付いていく。
悠馬もその隣に立って怜奈の手を握った。
彼女の手は汗で濡れており、震えていた。
「あ、愛菜ちゃんっ……」
か細く震えた声で怜奈が呼ぶと、愛菜と呼ばれた浴衣の女性の一人が振り返った。
怜奈を見て不思議そうな顔をしていたが、数秒後明らかに動揺した顔になる。
そしてすぐに作り笑顔を浮かべて心の乱れを隠していた。
「怜奈? 怜奈だよね? ひさしぶり!」
愛菜と呼ばれた彼女は二人の間のわだかまりなんてなかったように声をかけてくる。
隣にいた女性も「え、うそ? 怜奈なの?」と驚いていた。
「懐かしい! 元気だった?」
近付いてくる愛菜にたじろいだ怜奈は半歩下がる。
悠馬は安心させようと繋いだ手を強く握った。
「ひ、久し振りだね」
「うん! 五年ぶり? 六年だっけ? 美人になったね!」
愛菜は敢えてなのか無意識なのか怜奈だけを見て話す。
阿里沙は鋭い視線で愛菜を見詰めていた。
愛菜の隣にいる女性は阿里沙の視線に気付き、気まずそうにしていた。
「愛菜、ちゃんも……きれいになったね」
「またこっちに戻ってきたの? 確か中学卒業前に引っ越しちゃったんだよね」
「……うん」
「あ、彼氏? カッコいい!」
今気付いたという顔をして悠馬を見て笑う。
悠馬は冷ややかな目で愛菜を見詰めていた。
みんなの冷たい視線を受け、愛菜も事情が知られていると理解した様子だった。
「こっちに戻ってきたなら連絡くれたらよかったのに。また今度みんなで集まろう! じゃあね!」
そそくさと立ち去ろうとする彼女らを「待ちなよ」と阿里沙が呼び止めた。
「怜奈がこんなとこ帰ってくるはずないじゃん。あたしらの大切な友達なんだから」
「そうなんだ。これからも怜奈をよろしくお願いします」
「はあ? あんたらにお願いされることなんてなんもないし」
阿里沙はヒートアップし、愛菜を睨む。
悠馬はそれを止めようとは思わなかった。
「引っ越した? あんたらがいじめて追い出したんだろ」
「阿里沙。いいの。やめて」
「よくないよ。やっぱ無理。反省して謝るなら許そうと思ったけど。昔のことなんてなかったように笑って誤魔化して。腐ってるよ、こいつ」
「あんたには関係ないでしょ! なんなの!」
大人しくしていた愛菜は急に声を荒らげた。後ろめたさを孕んだヒステリックな声だった。
「関係あるよ。怜奈の友達だもん」
「阿里沙の言う通りだ。恋人がひどい目に遭わされて黙って見過ごせない」
悠馬が阿里沙に加勢して二人を睨んだ。
謝らせたり断罪したりせず、ただ幸せな今の姿を見せるという当初の作戦はなきものとなっていた。
「怜奈からどう聞かされたのか知らないけど、あたしらだって被害者だから」
「へぇ。どんな被害に遭ったの? 詳しく教えて欲しいな。君の言い分をひとまず録音させてもらうね。確か『死ね』とか『まだ生きてたんだ?』とか暴言も吐いていたんだよね? 過去のことだから逃げられるとか思わないでね」
賢吾が目の奥を光らせて愛菜を見る。
それまで虚勢を張っていた彼女だったが、賢吾の静かだが底知れぬ恐ろしさに本能的に気取ったのか大人しくなった。
計画がむちゃくちゃになったことに腹を立てたようで、離れたとこにいた翔が怒った顔で近付いてくる。
「ううん。いいんだよ、みんな。ありがとう」
怜奈がにっこりと笑い、全員の動きが止まった。
「私ね、愛菜たちにイジメられ、感情を表に出すことも出来なくなって、もう死にたいとさえ思ったの。死んで楽になりたいって」
その言葉を聞き、悠馬はこっそりと怜奈の浴衣の袖口を見た。
旅のあいだカーディガンで隠していたその手首には、今の言葉は嘘じゃないと伝える生々しい傷があった。
他の者も同じことを思ったようで、視線を怜奈の手首に向けていた。
視線に気づいたのか、怜奈は気まずそうに俯いてなんとか手首を隠そうと浴衣の袖を引っ張っていた。
「でも死ねなかった。私は生きて、引っ越し先で高校に行き、彼と出会ったの。色々あったし一年遅れで高校に入ったから、彼はひとつ年下なんだ。でもすごく頼もしくて、しっかりしてて、私の方が年下みたいでね」
打ち合わせもないことを突然語り出した怜奈に驚いたが、悠馬は頷いて肯定した。
「私はすぐに悠馬のことが好きになっちゃったんだけど、付き合ったのは高校生活の終わり頃なんだ。年上だからとか、フラれたら立ち直れないかもとか、悩んで思いを伝えられなかったの。そしたらいきなり悠馬の方から告白されてさ。あとから聞いたら悠馬も同じことを心配してたの。年下だからとか、フラれたらもう顔合わせられないとか。ウケるよね。しっかりしてるけど可愛いとこあるんだなーって思っちゃった」
「はぁ? 怜奈だって顔真っ赤にしてたくせに」
怜奈の作り話に乗っかり、じゃれあうような口喧嘩をする。
どう反応していいか分からない様子の愛菜は歪んだ笑顔で頷いていた。
「悠馬と同じ大学に進学して、今はお互い独り暮らし。大学生で一緒に住むとかは違うかなーって思って歩いていける距離に別々に住んでるんだ」
「僕は同棲でもいいと思ってるけどね」
もし結華がまだ生きていたら、一緒に暮らしたい。
そんなことを思いながら提案すると怜奈は「ダメだよ。学生なんだし」と愉快そうに笑った。
「阿里沙と賢吾さんとは大学で出会ったの。二人とも面白くて、気を遣わなくていい存在なんだ」
「僕は院生だから研究が忙しいんだけど、こいつがすぐに邪魔してきてさ」
「はあ? そんなに邪魔してないし。気分転換にキャンプとか旅行くらいした方が頭の回転もよくなるの」
「そんなこと言って阿里沙が遊びたいだけだろ」
「バレた?」
即興のアドリブとは思えないほど四人の作り話はどんどん盛り上がり、現実味を帯びてくる。
語っている本人でさえ、まるでそんな現実があるかのような錯覚を覚えてしまった。
もはや愛菜に聞かせているということなど忘れ、みんなが自由に、楽しく、ありもしない現実について語っていた。
「あのとき愛菜にイジメられなくて、このままこの町にいたら悠馬にも阿里沙にも賢吾さんにも会えなかった。両親もあんまり仲良くなかったけど、私のイジメがきっかけで仲良くなったの」
愛菜は怜奈の目を見られず、視線を泳がせていた。
「だから感謝してる。もちろん愛菜にじゃないよ。試練を与え、乗り越えたその先の未来を与えてくれた神様に感謝してるの。だからもう、愛菜のことはどうも思っていないから」
怜奈が悠馬たちを見て微笑む。
自然と人に伝播するような優しいその笑顔に悠馬たちも微笑んだ。
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