第42話 救助隊の奮闘~悠馬~
舗装すらされていない道を歩くのはそれだけで疲れる。その上急な上り坂や下り坂も多く、気温は容赦なく上がり続けていた。
流れる汗を拭くのも次第に煩わしくなり、時おりそれが目に入って痛かった。
「どう? この辺りでも電波は入らないかな?」
先を歩く賢吾が振り返り悠馬に訊ねてくる。
「まだみたいですね」
スマホを確認して首を振る。
そんなことをもう一時間以上続けていた。
時おり微弱に電波を感知するようなときもあるが、接続しようとするとすぐにまた圏外になってしまう。
はじめの頃はそういうポイントを見つけるとスマホを高く掲げたり振ったりしてなんとか繋がらないか試みたが、無駄だと知ってやめていた。
「少し休憩しよう」
「まだ大丈夫です」
「僕が疲れたんだよ」
そう言って賢吾が木陰に腰を下ろしてペットボトルの水を煽る。
あまり役に立たなそうな後期の地図を広げて、嬉しそうに目を細めて眺めていた。
座ると余計疲れそうな気がしたので悠馬は立ったままスポーツドリンクを飲む。
水分も限りがあるのであまり無駄にはできないが、我慢できずに一気に半分ほどまで飲んでしまった。
「悪かったね」
不意に賢吾が謝ってきた。
「別にいいです。僕も救助を呼びに行こうと思っていたので」
「そうじゃなくて、『願いごと』の件。盗聴なんて卑怯な真似をして申し訳なかった」
「ああ……それこそどうでもいいです。願いを叶えるなんて神代の言葉、はじめから本気にしてないから」
盗聴の事実を知った時は怒りを覚えたが、そもそも願いを叶えてもらう気などなかった悠馬にとってはもはやどうでもいいことだった。
「死んだ恋人と神代さんが似ているのを知って、旅に参加したんだよね」
「ええ、そうです。こいつはいったい何者で、何の目的があってこんなことをしてきたのか? それが知りたくて参加しました」
「亡くなった恋人に似た人が『願いごと』を叶えてやると言ってきたら確かに放っておけないよね」
「これが死んだ結華の写真です」
もう隠す必要もないので手帳のポケットにしまってある写真を賢吾に見せる。
もしかしたら彼ならなにか鋭い意見がもらえるかもしれないという期待もあった。
「へぇ、きれいな人だね……確かに似てる。いや、似せているな。君の言うとおり、神代さんは意識的にこの女性に化粧も髪型も服装も似せている気がする」
「なぜそんなことすると思いますか?」
「そうだなぁ……」と賢吾はどこを見るでもない視線で首を捻る。
「ちなみに神代に直接『なんで結華の真似をするんだ』と訊いたら呆気に取られてました」
「演技という可能性は?」
「分かりません。僕が見た限り、本当に結華のことは知らなさそうでした」
「結華さんに妹やお姉さんは?」
「いません。結華は一人っ子でした」
「ふぅん。そうなんだ」
そう言いながら賢吾は目を閉じる。
言葉は軽いが脳は高速で動いているのだろう。
しばらくそうしてからゆっくりと目を開けた。
「僕がぱっと思い付いたのは三つ。まずひとつに」といって賢吾が人差し指を立てる。
「純粋に他人の空似。化粧も髪型も似てるとはいえ、それほど特殊なものじゃない。もしかすると二人とも同じファッション雑誌の購読者だったのかもしれない」
「なるほど。実は僕もそれは少し考えました。でもそうだとしても似すぎている気がします」
「まあ偶然にしては出来すぎているよね」
現実的で無難な推理だ。
しかし期待していた鋭く真実に迫るような推理ではなかった。
「二つ目に」と賢吾は指をピースのかたちにする。
「神代さんはわざと亡き恋人の真似をして君をこの旅に誘き寄せた。ヘッダーに写真を載せておけば、それを見た君が参加すらと踏んでいたんだ」
「なんのために?」
「さあ。そこまでは分からない。もしかしたら過去に君にフラれた腹いせなのかも。心当たりはない?」
「まさか。そもそもそれならいくら化粧でごまかしても僕が気付くはずだ」
いきなり現実離れした推理に面食らってしまう。
「分からないよ。整形手術をしたのかも知らない」
「そこまでして? というかそんなことされるほど人にひどい振る舞いをした覚えがありません」
「そうむきになるなって。ただの当てずっぽうの推理なんだから」
冗談か本気か分からない顔でそう言って笑った。
「三つ目は」と薬指を立てて『三』を示す。
「神代さんが結華さんに似せてるのではなく、結華さんが神代さんに似せていたという可能性だ」
「えっ……それってどういうことですか?」
「神代さんは何かの世界では有名人で、君の恋人が影響されて神代さんに似せたという可能性だよ」
突拍子もない話だが、妙に興味が引き付けられる推理だった。
「でも有名人なら誰か一人くらい神代のことを知ってても不思議じゃないのでは?」
「じゃあ訊くけど悠馬くんは将棋の女流プロ若手ナンバーワンの人の顔を知ってるかい?
セレブに人気のカリスマピラティストの顔は? 知らないだろ?」
「それはそうですけど……でももし知っている人が参加していたら素性がバレるじゃないですか」
「忘れたのかい? 僕たちはみんな神代さんに一方的に選ばれて集まったんだ。自分のことを知らなさそうなメンバーを集めることも可能だ」
はじめはあり得ないと思っていた話も賢吾が真剣な顔で話されるとなんだか真実のような気さえしてきた。
「しかもその場合は他にも説明がつくこともある」
「どんなことです?」
「たとえば彼女はひたすら素性を隠している。有名人なら身元を隠したいのも理解できる。あとこんな大掛かりなことをする金を持ってるのも納得できる」
「なるほど」
「ま、すべてはただの僕のいい加減な推理だ」
「いえ、ためになりました。僕では思い付かないような発想と着眼点です」
こんなわずかな時間で三つもそれらしくて意外性のある推理をする賢吾に感心してしまった。
「僕ももう少し考えてみるよ。なにか面白いのが浮かんだらまた伝える」
「お願いします」
「さて、そろそろ電波探しの再開だ」
賢吾は立ち上がって尻に付いた青葉や砂を払った。
革靴を履いて歩きづらそうなのに弱音すら吐かない。
そんなひた向きさに賢吾の贖罪の気持ちの強さを感じた。
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