第43話 『逃げ水』を追いかけて~悠馬~

 更に三十分ほど歩いたが、まだ電波が通じるところは見つからない。

 暑さで疲労は蓄積され続け、上り坂などは膝に手を当てながら歩く有り様だった。


 でもあまり休んでいるわけにもいかない。

 遅くなると待っているメンバーにも心配や負担をかけてしまう。


 賢吾は見た目によらずタフなのか、役に立ちたいという気持ちが強いのか、悠馬の先を足早に歩いていた。

 祈るような気持ちでスマホを確認すると、一瞬だけ電波が二本立つのが見えた。


「あっ!」


 慌てて操作するが逃げ水のように圏外となる。


「くそっ!」


 諦めきれない悠馬はスマホを高く掲げる。そうすると電波を拾ったり見失ったりの挙動を示した。

 宙を舞う幻の蝶を追うように、ゆらゆらとスマホを振りながら電波を探す。


「危ないっ!」


 賢吾の声が聞こえた時には体のバランスを失っていた。

 スマホを見上げながら歩いていたせいで崖から落ちたと気付いたのは転げ落ちてからだった。


「うわぁあっ!」


 背中や頭を打ちながら転がり、木にぶつかってなんとか止まった。

 しかしその衝撃はかなりのもので、一瞬息が止まるほどだった。


「大丈夫か⁉」


 崖の上から賢吾の声が聞こえた。


「はい! スマホは無事です!」


 しっかりと握りしめていたスマホを振りながら答える。


「バカ! そんなものはどうでもいい! 怪我はないか!」

「はい、なんとか」


 かなり転げ落ちた感覚だったが、実際は五メートル程度落ちただけだった。


「これに掴まれ!」と賢吾はロープを投げてきた。

「なんでこんなもの持ってるんですか?」

「山道歩くからなんかの役に立つと思ってバスにあったのを持ってきた」

「相変わらず用意周到ですね」

「何事も最悪を想定して備える。悠馬くんも覚えておいた方がいい」


 賢吾は緊迫した表情を緩めて笑った。

 既に体力が消耗した状況で急斜面をよじ登るのは楽ではなかった。

 しかし擦りむいたこと以外怪我がなかったことが幸いし、十分以上かかったがなんとか上りきる。


「ありがとうございました」

「無事でよかったよ」


 助かったはいいが、僅かに残っていた体力を全て消費してしまった。

 二人はしばらくは立ち上がることも出来ず、仰向けに寝転がって空を見上げていた。


「しかしなんでこんなとこ落ちたんだ?」

「電波が入りそうだったもんでつい夢中になって」


 そのとき、悠馬のポケットの中からメッセージの着信音が鳴った。


「えっ⁉」


 慌てて確認するとかろうじて電波が入っていた。


「繋がるっ! ここ、繋がります!」

「よし、じゃあJAFに連絡だ!」


 二人は砂漠でオアシスを見つけた旅人のように歓喜し、慌てて電話をかける。

 すぐに繋がり、悠馬は我を忘れて訴えた。


「助けてください! 車が故障して山の中で立ち往生になってます!」

「はい。かしこまりました。至急向かわせますのでそちらの場所を詳しく教えてください」

「場所?」


 悠馬と賢吾は顔を見合わせる。


「どこだ、ここ?」


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