第33話 信頼回復~伊吹~
くじの結果、伊吹は翔とペアになった。
昼からずっと気まずい状況だったので、勘違いを解くには絶好のチャンスだ。
肝試しのコースは村の入り口からスタートし、集落を通ってまずは廃病院に行く。
病院内を探索してから次に墓地に向かい、最後は神社を抜けて戻ってくるというルートだ。
途中病院と墓地、神社にチェックポイントがあり、そこに置かれたプレートを取ってこなくてはならない。
順番は伊吹たちの組が最初で、次に阿里沙と賢吾のペア、最後に悠馬と怜奈のペアとなる。
廃村には当然外灯のひとつもなく、月明かりしかないために真っ暗だ。
頼れるのは二人でひとつ渡された懐中電灯のみとなる。
「残念なったな。オタサーの姫とペアじゃなくて」
スタートしてほどなく、翔が嫌味な口調で絡んできた。
「怜奈ちゃんのことか? だからはあれは誤解だ」
「怜奈は確か悠馬とペアだったな。暗闇に紛れて押し倒されるかもよ。その辺りに隠れて監視すれば? 襲われるところを助ければ『白馬に乗った王子様』は無理でも、『白馬に乗ったオーク様』くらいにはなれるかもよ。もっともあの女も悠馬に襲われたいと思ってるかも知らねぇけど」
癇に触る笑い声が暗闇に広がる。
一度裏切った相手は二度と信じないと言いたげな態度だった。
それは疑り深いというよりは傷つきやすいという方がしっくりくる。
伊吹は信頼を取り戻すためにはなにもかも正直に話すしかないだろうと腹をくくった。
「あのとき、俺は船を降りてまっすぐにバスへと向かったんだ」
「忘れ物を取りに行ったとか言うのか? 相変わらず嘘が下手だな」
「いや。バスに置いてある『願いごと』を入れた箱を盗みに行ったんだよ」
そう告げると翔はピタッと笑いを止めた。警戒した夏の虫のように。
「箱を盗んで海にでも捨てようと思った。探しても見つからなければもう一度書き直すしかなくなると思ってね」
敢えて軽い口調で告げた。
遮るものが少ないから懐中電灯の光は遠くまで弱々しく照らしている。
青白く照らされた廃村は本当にホラー映画のワンシーンのように禍々しい。
「俺だけ作家だってバレてて不公平だと思ったんだ。ゲームをするなら公平じゃなきゃいけない。だから一回リセットしてやるって」
「バカじゃね? どうせバスにはロックがかかってるだろ」
「ああ。だから石で窓を叩き割ろうと思った。最低だろ?」
「そこを怜奈に目撃された。そういうことか?」
「ああ。その通りだ」
「バカだなぁ、センセー。もし怜奈に見つからなくてもあの神代のことだ、監視カメラくらい設置してるに決まってるだろ。むしろ怜奈に止められてラッキーだったんじゃね?」
「そうかもな」
監視カメラの存在は伊吹も懸念していたが、特にそれらしきものは見当たらなかった。
でも小型のものが隠されている可能性はある。
翔の言う通り、怜奈に制止されて助かったのかもしれない。
「そこまでしても叶えたい『願いごと』なんだ?」
「まぁな。それにそんな必死な願いが人に見られるのも恥ずかしいだろ」
「人に見られるのが恥ずかしいって言ったって叶えてもらう時にはどうせみんなにバレるって思わなかったのかよ」
「こっそりと叶えてもらえるのかなって思ってたんだよ」と笑ってごまかす。
まさか自分のファンが参加者の中にいるなんて思ってもいなかった。
そうと知っていれば願いごとも、もう少し他の表現もあった。
「願いごとは後悔していることをやり直したいってことだろ? なにを後悔しているのか知らねぇけど、よっぽどのことなんだな」
「ああ。とても後悔している」
「でも神代はただの人間だ。時を巻き戻すことなんて出来るはずがない。過去をやり直したいって願ってもも仕方ないだろ?」
「俺の後悔は神様じゃなくてもやり直し可能なんだよ。って、またうっかりヒントをしゃべるとこだった。危ない危ない」
慌てて口をつぐむと翔は笑った。
でもそれは先ほどまでの人をイラつかせる目的の嘲笑ではなく、本当におかしくて笑う健全な笑い声だった。
正直にすべて話してくれたことでまた心を少し開いてくれたのだろう。
まだ完全ではないだろうが、ゆっくりと関係を修復していけばいい。
なにせ翔は数少ない自分のファンなのだから。
伊吹はそんなことを思いながら笑う翔の横顔を見詰めていた。
「そういう翔こそ技能習得なんて夢みたいなこと願ってるじゃないか」
「あ、俺? 俺ははじめからあんなペテン師が願いを叶えられるなんて信じてねーし。だからわざと無理そうな『願いごと』にしておいた」
「相変わらず捻くれてるな」
「そんなに誉めるなよ」
「誉めてないから」
喋っているうちに廃病院に辿り着く。
スタート時は少し不気味に感じていた肝試しだが、翔と会話をしているうちにそんな怯えも霧散していた。
怨念が籠ってそうなほど荒れ果てた病院内だが、翔と笑いながら会話をしているとホラー映画のセット程度にしか感じない。
「俺、ちょっと風邪気味だから内科を受診してくるわ」
「やってるわけないだろ。何時だと思ってるんだ。今は外来受付時間外だ」
廃墟と化した病院内でそんなジョークを交わす。
彼と話していると作家を目指してひとり小説を描いていた学生時代を思い出した。
あの頃はただ楽しくて小説を描いていた。
なんの実績もなく、なんのビジョンもなく、なにも背負うものがなかった。
でもだからこそ純粋に物語と向き合うことが出来た。
廃病院の手術室に入ると赤いプレートが置かれていた。
それを手に取り、病院の裏口から外へ出る。
「っしゃ。次は墓地だっけ?」
「お墓参りなら花でも摘んでから行こうか?」
軽口を叩きあいながら暗闇を歩く。
夜風が吹き、草や土の匂いが鼻腔を刺激していた。
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