第34話 迷い子~阿里沙~

(よりによって賢吾とペアになるとはついていない)


 阿里沙はため息をつく。


「ちょっと。早く歩いてよ。ゆっくり歩くと余計怖いじゃん」


 うんざりしながら賢吾を促す。

 阿里沙はホラー映画とかお化け屋敷が苦手だ。ましてや肝試しなんてもっての他だった。

 しかしまともに歩くことも出来ない賢吾よりはましだった。

 これだけ隣で怯えられると、むしろこっちが冷静になってくる。


「そんなに怖いわけ?」

「別に怯えているわけじゃない。足許が暗いから慎重に歩いているだけだ」

「慎重すぎるでしょ。うちの八十過ぎのおばあちゃんだってもう少しきびきび歩いたよ」


 いつも理性的で落ち着いている賢吾と同一人物とは思えない。

 肝試しが苦手そうだったが、ここまでだとは思わなかった。


「ほら、行くよ」


 仕方なく手を掴んで引くように歩く。

 その手のひらは汗でかなり濡れていた。


 先に出発した伊吹と翔のペアはもうとっくに先へ行ってしまったのだろう。

 どうせならあの二人のどちらかと行きたかった。


 昼間に見たらただの荒れた廃村なのだろうけど、夜中だと怨霊の祟りで人々が死に絶えた村のように見えてくる。

 ライトの光を草むらへと向けるとガサガサっと音がした。


「ひゃああっ!」

「わっ⁉ おっきな声出さないでよ!」

「でも今、なにか音が」

「野うさぎかなんかでしょ。もう、情けないなぁ」


 そう強がったが、阿里沙も今のはさすがに驚いた。

 ゆっくりと辺りを確認しながら進んでいく。


 昼間の発言があったので用心して賢吾と関わっていたが、この怯え方はどう見ても演技ではなさそうだった。


 それにしても、と阿里沙は思う。

 この人はなにを望んでこの旅に参加しているのだろう?


 夢見るタイプではなさそうだし、暇な人にも見えない。

 それなりに具体的な願いがあるから参加しているはずだ。

 先ほどの質問で願いごとはお金や物じゃなくて経験的なものだというのことが分かった。


 さらに初日の『祈りの刻』で『有名女優との結婚』や『社長になる』ということも否定している。

 実現不可能的なことや刹那的なことを願うタイプではなさそうだし、そうなればかなり絞られてくるはずだ。


(移植手術などを含めた健康的なこととか? それとももっと身近な相手への恋愛のこととか?)


 そんなことを考えながらしばらく歩き、阿里沙は異変に気付いた。


「ねぇ、なんか病院遠くない?」

「た、確かに……もうかなり歩いた気がするけど着かない」

「もしかしたら道間違えたかも?」

「ええー⁉ 困るよ!」


 賢吾は繋いでいた手を離し、慌ててスマホを取り出して位置検索をする。

 この辺りは電波が弱いが、なんとか検索できたようだ。

 しかし廃村のことなどグーグルマップが網羅しているはずもなく、山の中にいるという特に意味のない情報しか入手できなかった。


「来た道を戻ってみる?」

「それよりもうスタート場所に戻ろう。こんな不毛なことしても意味がない」

「いいけどスタート地点がどこだかわかってるわけ?」


 阿里沙は懐中電灯で辺りをぐるっと照らす。


「あ、向こうの方にお墓が見えた! 行ってみよう」

「な、なんでそんなとこ行くんだよ!」

「はぁ⁉ ルートに戻るために決まってんじゃん。病院の次はお墓だったでしょ」

「そ、それはそうだけど。でも本当にルートにあるお墓かな?」


 賢吾は声を震わせて訊ねてくる。


「はぁ? たぶんそうでしょ。こんな田舎にそんなにたくさんお墓ないし」

「わからないよ。もしかしたら墓地が二ヶ所あって、ひとつは罪人を処刑したあと埋めた呪われた墓かもしれない。そこに足を踏み入れたものは必ず呪われるとかだったらどうする?」

「考えすぎだから! ていうか怨霊とか信じてないんでしょ!」

「もちろんだ。あんなものは科学がまだ発展しておらず、夜の闇に人々がまだ畏れや幻想を描いていた頃の産物であって──」

「行くよ」


 鬱陶しいから先に歩き出すと賢吾は「待ってよ!」と慌てて駆け寄ってくる。

 頼りなくて情けないけど、ちょっと可愛いかもと阿里沙は心の中で笑っていた。

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