第32話 キャンプの灯りと爆ぜる薪~悠馬~

 特に話すことがなくても火の周りに集まるというのは人間の本能のようなものなのかもしれない。

 悠馬は手にした白桃味の缶チューハイのちびちびと飲みながらそんなことを思った。


「今日の『祈りの刻』は肝試しのあとに行います」


 神代がそう説明し、参加者たちは無言で視線を神代に向ける。

 少し緩んでいた空気が一気に張り積めるのを感じた。


「でも残念ながらこのままじゃ誰も当たりそうもありません。漠然と人の願いごとを当てるって難しいですよね。そこで今から皆さんに質問をします。その回答をヒントにしてください。正直に答えてくださいね」


 神代がそう言うと運転手が動画を撮影し始める。

 証拠を残しているからここで嘘をついても失格になるという意味なのだろう。


「皆さんの『願いごと』が物やお金などを得る『取得系』なのか、世界一周をしたいとか長生きしたいなどの『経験系』なのかを教えてください」

「どちらともいえない場合はどうなりますか?」


 すぐに手を上げて質問したのは賢吾だった。


「その場合はご自分で考えてなに系なのか回答ください」


 自分で考えるとなれば断定されやすいものになりかねない。

 出来ればあやふやに答えるためにも『取得』か『経験』にしたいところだろう。


「では賢吾さんからどうぞ」

「僕の場合は経験系だね」


 質問をしておきながら賢吾は迷いなく即答する。


「あたしも経験」


 被せるように阿里沙が答えた。

 失礼ながらなんとなく彼女は物欲を優先させそうに思えたから意外だった。


「俺もどちらかといえば経験かな?」


 伊吹が首を捻りながら答える。


「適当に言うなよ。嘘だったら失格だからな?」


 翔にじろりと睨まれると伊吹は思案顔になる。

 そもそも物欲の方は簡単に判別できるが経験の方はあやふやだ。

 なにをもって経験系とするかが難しい。


 たとえば伊吹の場合、作品がベストセラーになるというのは経験のようでもあるし、金銭的な利益もあるから物欲でもある。


「そうだな……俺の場合は経験じゃなくて後悔やり直し系かな」

「そういうジャンルもあるわけ?」


 阿里沙が驚いた顔をして神代に訊ねる。


「ジャンル分けは個人の自由です。でも後悔をやり直したいというなら経験系でいいですよ」

「なんだよ、それ! また俺だけヒント出しすぎになったし!」


 墓穴を掘った伊吹は怒り出すが、もはや手遅れだった。


「私も経験系です」


 まだ文句を並べる伊吹の隣で怜奈が小さく手を上げて答えた。


「お前の願いごとはもう叶ってるんじゃないのか?」


 さらっと流そうとしていた怜奈に翔が絡む。


「どういうことですか?」

「男にちやほやされたいって願ったんだろ?」

「違います」


 昨日は狼狽えるだけの怜奈だったが、今日はきっぱりと否定した。


「そういう翔くんはどうなんですか?」

「俺か? 俺は技能取得系だ」


 新しいジャンルをスパッと言い切る。

 技能を取得したいというタイプには思えなかったのでみんなが驚くのが分かった。

 その空気を楽しむように翔が参加者を見回して笑う。


 まさか公認会計士とか弁護士の資格が欲しいとも思えない。

 魔法が使えるようになりたいとかの類いだろう。

 しかしだとすればヒントを出し過ぎという気もする。

 余裕の笑みはどこから来るものなのだろうか。悠馬は訝しんだ。


「最後は悠馬さんです」


 神代に指摘され、自分の願いごとがなにに該当するのか考えた。

 物欲でも経験でもない。後悔とも違う。

 強いてジャンルを決めるとすれば、それは──


「僕の願いは……奇跡だ」


 まっすぐ神代を見つめて答えた。


「それが君に叶えられるのか?」

「さあ。どうでしょう。でもその前に悠馬さんが優勝しなければなりませんけどね」


 二人が静かに睨み合うと「あっそうだ!」と阿里沙が場違いなほどの大きな声を出した。


「肝試しって一人づつやるの?」

「いいえ。二人一組で行います」

「よかった。一人とかマジ無理だもん。どうやってペアを決めるの?」

「公平にくじ引きにします」


 神代はトランプを取り出し、ジャック、クイーン、キングを二枚ずつ抜き出した。


「同じ数字を引いた人がペアとなります」


 背中にカードを隠し、六枚のカードをシャッフルしながら神代が笑った。

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